物価上昇で「生活苦」でも…ストライキすら起こせない“日本人の未来”が超ヤバい理由

日本でもインフレが顕著になってきたことから、国民の生活環境が大きく変化している。これまでの日本社会は我慢が美徳とされ、耐えることで何とかなった面も多かったが、インフレ時代にはその常識は通用しなくなる。新しい時代に向けた基本的な価値観の転換が必要である。 【詳細な図や写真】大抵の国では、不景気やデフレが進むと、どこかのタイミングで経済は反転するが……なぜ日本経済は30年間も停滞し続けているのか?(Photo:leungchopan/Shutterstock.com)

デフレは不景気の結果として生じる

 日本では30年にわたってデフレ時代が続いたため、若い世代の中にはインフレというものを直感的に理解できていない人が多い。中高年も似たようなもので、昔の記憶はとっくに忘れ去り、日本は半永久的にデフレが続くと信じ込んでいる人が少なくなかった。メディアでも「日本はインフレにならない国」など、経済学の常識ではありえないような主張がまかり通っていたのが現実である。  筆者は以前から経済の原理原則として、いつまでもデフレが続くことはありえず、日本の金融・財政状況などを考えると、いずれ円安に転じ物価上昇が始まると何度も指摘していた。だが筆者のような専門家は少数派であり、筆者らの指摘に対しては「分析能力がゼロ」「経済学を分かっていない」など罵詈雑言が浴びせられる始末であった。 生成AIで1分にまとめた動画  しかしながら、日本が他国と比べてインフレになりにくい体質というのは、まったくの嘘でもない。  なぜなら、上記のようなバッシングに代表されるように、日本社会は他人の行動を抑圧しようとする傾向が強く、これが国民生活を圧迫し、健全な経済活動を歪ませている現実について否定できないからである。  デフレというのは、(金利をいきなり10%や20%に引き上げるといった)急激な金融引き締めなどを実施しない限り、不景気の結果として生じる。日本の長期デフレも同じであり、バブル崩壊以降、日本企業の競争力が著しく低下し、企業の業績や賃金が上がらなくなったことが最大の要因である。  景気が上向かないので、物やサービスを販売する企業は値引きせざるを得ず、これが物価を押し下げ、さらに賃金の低下を招くという悪循環となっていた。「デフレマインド」など、得体の知れない「空気」によってデフレが引き起こされるのではなく、明確に不景気の結果としてデフレが生じていたというのが正しい分析と言えるだろう。  その意味で日本も他国と何ら違ったところはないのだが、デフレが発生した後の動きは国によって大きく異なっている。大抵の国では、ある程度まで不景気やデフレが進むと、どこかのタイミングで経済は反転し、景気拡大に向かうことになるが、日本の場合、30年間、一向にそうした動きが見られなかった。

日本では「ストライキはわがまま」

 これにはさまざまな理由が考えられるのだが、日本社会特有の息苦しい雰囲気や日本人の行動様式がデフレ長期化と関係した可能性はそれなりに高い。  一般論として、不景気で企業の業績が上がらず、賃金の引き下げが行われた場合、ある程度までなら労働者は受け入れる。だが一定の限度を超えると大抵の国の労働者は拒絶し、ストライキを起こしたり、より賃金の高い職場を求めて会社を辞めてしまう。  企業は労働者がいなければ業務を遂行できないので、不景気で経営が苦しくても、相応の高い賃金を提示する必要に迫られ、賃金は自然に上昇に転じる。ところが日本の場合、賃金の据え置きや引き下げが30年間にわたって継続し、多くの労働者が我慢して受け入れるという、他国では見られない特異な状況が続いてきた。  日本では賃上げ要求やストライキについて「わがままだ」と考える人が一定数存在しており、互いがこうした行動に出ないよう監視・抑圧している。企業にしてみれば、どれだけ賃金を下げても会社を辞めずに、文句一つ言わず仕事をしてくれるのだから、これほど都合の良い労働者はいない。こうした状況が30年にもわたるデフレの原因となった可能性はそれなりに高い。  日本経済が完全に閉じた状況で、外国との貿易がなければ、我慢に我慢を重ねる生活様式というのも、かなりの期間にわたって継続できる(江戸時代はまさにそうした状況だったと言えるだろう)。だが近代化以降の日本は、典型的な加工貿易の国であり、輸出入を通じた海外とのやり取りが存在しており、海外の経済状況から大きな影響を受ける。

本来なら日本のインフレはもっと激しい

 変化は大抵、外圧によって発生するというのが近代日本の典型パターンだが、今回もまったく同じである。「インフレにはならない」などと言われていた日本経済が大きく動くきっかけとなったのは、原油価格や食料価格の上昇という外的要因であった。  ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに原油や小麦の価格が上昇し、食料品を中心に国内では多くの商品の値段が上がった。同時に全世界的なドル高が進み、日本と米国の金融政策の違いから円安が加速。輸入物価の上昇にさらに拍車がかかり、とうとう日本でも本格的なインフレが発生した。  全世界的な資源価格の高騰と急激な通貨安というダブルパンチが生じていることを考えると、日本のインフレはもっと激しくなっていてもおかしくない。だが日本の物価上昇がこの程度で済んでいるのは、やはり国民の我慢体質が影響している可能性が高い。  先ほど、日本の労働者は賃下げを我慢して受け入れてきたという話をしたが、今回も物価上昇に追いつかない程度の賃上げしか行われていないにもかかわらず、会社に対して激しく賃上げを要求したり、見切りをつけて転職する人は少数派である。  海外でも似たような事例が存在しないわけではない。日本よりも状況がひどいトルコでは、激しい通貨安が発生しており、それに伴ってインフレが手がつけられない状況となっている。一時はインフレ率が90%に迫る状況であり、数字を見る限り、トルコ経済は大混乱となっているはずだ。実際、多くの国民が生活苦に陥るなど、大変な状況ではあるのだが、思いのほかトルコ国内の秩序は保たれている。  世界のエコノミストはトルコの状況に対して首をかしげているが、一部からはトルコ特有の労働環境や社会環境が影響しているとの指摘も出ている。

価値観の転換が必要

 トルコはイスラム教国ということもあり、欧米各国に比べると個人に対する社会的抑圧が強い。通常、インフレが進むと企業はコスト増加分を価格に転嫁するので、国民の生活は一気に苦しくなる。労働者は賃上げを強く求めるので、企業はこれに応じざるをえず、賃上げが進んでさらにインフレが加速するという循環に入ってしまう。  だがトルコの場合、コスト増加に苦しんだ企業は従業員の賃金を引き下げたり、弱い取引先を買い叩くといった形で辻褄を合わせようとする傾向が強いとされる。社会的な弱者に対してコストを押しつける形で処理するため、見かけほどインフレが進まず、何とか国内秩序が保たれた状況になっている。  日本とトルコを単純に比較することはできないが、経済が悪い方向に向かっているにもかかわらず、国民が我慢を受け入れ、それによってある程度の秩序が保たれるという点では共通項があると思って良いだろう。  だが、こうした我慢による対応もいつかは限界がやって来る。日本でも賃金低下がこれ以上進めば、生活が成り立たない人がさらに増えてくる。当初は家族や親戚などが肩代わりするという形で我慢を続けるだろうが、いつまでも継続できるものではない。  日本人は経済環境が180度変わったことを理解し、これからは我慢をやめる覚悟が必要である。  国民が我慢をしなければ、企業は従業員をつなぎとめておくため、より高い付加価値を生み出すための経営努力を行うようになるはずだ。こうした形で付加価値の高い製品やサービスを提供していくことでしか、インフレを抜本的に克服する方法はない。

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