[情報偏食 ゆがむ認知]第5部 操られる民意<1>
SNSの普及やデジタル技術の向上を背景に、偏った情報を広げ、民意を操ろうとする動きが加速している。生成AI(人工知能)の登場により、その勢いは一気に増幅し、民主主義が危機に直面している。
処理水巡るデマ投稿、「記者」の発言を歪曲…台湾は総統選に影響与える「ディープフェイク」に刑事罰
証拠ないのに「米軍の攻撃実験」
<ハワイ火災には大きな陰謀がある>
国内最大級のブログ「アメーバブログ(アメブロ)」で8月、そんなタイトルの投稿が一斉に始まった。
「ハワイ火災」とは、米ハワイ州で同月8日に発生し、約100人が死亡した山火事のことだ。原因を<米軍が行った『気象兵器』攻撃実験>と断じ、<米軍は研究開発に巨額の資金を投じた>などと約2000字にわたって訴えていた。
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山火事の原因は確定していない。しかし、米軍が人為的に引き起こしたという証拠は一切ない。読売新聞が、投稿したユーザーアカウント群を分析すると、日常的にアメブロを利用するユーザーにはない、不自然な特徴が見つかった。
8月16日以降、日本語のタイトルで「ハワイ火災」を巡る偽情報を流していたアカウントは計139確認された。うち65はこの1本しか投稿しておらず、残る74は、東京電力福島第一原発の「処理水」海洋放出を巡る日本政府の対応を批判する投稿なども行っていた。全139アカウントの6割超が、中国語用に設定された書体を使っていた。
プロフィルの顔画像について調査会社に鑑定を依頼したところ、複数の顔画像が生成AI製とみられることも分かった。
「ピクシブ」や「はてなブログ」「楽天ブログ」「ライブドアブログ」「ニコニコ動画」「note」でも計29アカウントが同様の投稿をしており、国内の他のプラットフォーム(PF)でも活動が確認された。
機械翻訳されたような不自然さ
「日本で広がった投稿は、中国による偽情報キャンペーンだ」。米調査機関「ニュースガード」アナリストのマクリナ・ワン氏はそう強調する。
ワン氏らは、海外事業者が運営するX(旧ツイッター)やフェイスブックなど計14のPFで、「ハワイ火災」を巡って同様の投稿をしているアカウントを発見した。言語の数は、中国語、英語、フランス語など計16に上るが、最初の投稿は中国のPFに中国語で行われていた。これらのアカウントは中国の国益に沿った発信だけを行い、中国語以外は機械翻訳されたような不自然さがあった。
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読売新聞が11月、国内7社のPF事業者に取材を申し込んだところ、アメブロとピクシブ、はてなブログが投稿を削除。アメブロを運営するサイバーエージェント(東京)は「利用規約に違反していた」と理由を説明した。
ワン氏は、アメブロについて「確認したPFの中で、単一の言語で偽情報を広めたアカウント数が最も多かった」と述べ、「(投稿は)米国は悪の国だと日本の世論に働きかけ、日米関係にひびを入れようとする狙いがある」と指摘する。
「スパム」+「カモフラージュ」
「スパモフラージュ」――。PF上で、中国の国益に沿った主張を一斉に展開する組織的なキャンペーンはそう呼ばれる。英語の「スパム(迷惑)」と「カムフラージュ(偽装)」を組み合わせた造語だ。
動向を注視する「オーストラリア戦略政策研究所」アナリストのアルバート・チャン氏によると、活動は2017年頃から始まった。当初は香港の民主化デモなど中国の国内問題に焦点を当て、限られたPFで中国語や英語で発信していた。だが、昨年頃から多言語化し、日本を含む多くのPFで確認されるようになった。
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アカウントのプロフィル欄の顔画像をAIで作成している点も特徴だ。
中国発を含め、メタ(旧フェイスブック)が世論操作をしていると認定したアカウントで、AIによるプロフィル写真の作成は増加している。19年は数%だったが、22年は70%近くに上った。実在する人物による投稿を装い、信頼性を高めるのが狙いとみられる。
現時点では、スパモフラージュの手口は洗練されておらず、影響力は限定的だ。だが、野放しにしておけば、選挙や大災害、そして戦争が起きたときに一斉に偽情報が投稿され、一般ユーザーが信じ込んでしまう事態が懸念される。メタやグーグルなどが関連アカウントを相次いで削除する背景には、こうした危機感がある。
チャン氏はこう語る。「行動を起こさないPFは格好のターゲットになる。日本のPFは対策を急ぐ必要がある」