忘年会シーズン真っ盛りだが、新型コロナウイルスが感染症法上の「五類」相当になったことから、今年は4年ぶりの職場の忘年会という人もいるのでは。過去3年間、忘年会がなかったことで「良い変化があった」と喜ぶ人もいる。 【写真】あれからもう7年…大ブームを巻き起こした登美丘高校ダンス部による「バブリーダンス」
とあるメーカー・A社の忘年会は、元々新入社員全員を含む若手社員が「出し物」「芸」を披露するのが恒例となっていた。だが、この3年間、すっかり忘年会のことなど忘れ去られており、その流れで2019年まで欠かさず行っていた出し物・芸を言い出すどころではなくなっているのだという。 出し物・芸をすると大声を出したりすることもあり、部門長もやるよう指示を出せないというのである。そもそも伝統が一旦途切れたため、出し物をするムードが醸成されなかった。そのため、今年の忘年会はチェーン居酒屋の大部屋で飲食のみで実施することになった。 「2019年の忘年会は今思い出しても理不尽なものでした」――そう語るのはA社の5年目社員・田中さん(仮名・女性)。 2017年、大阪府立登美丘高校ダンス部が、荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」に合わせて、バブル期の女性風衣装と髪型とメイクで披露した、一糸乱れぬ「バブリーダンス」が話題となった。この年の紅白歌合戦では荻野目との共演も実現している。
こっちのほうが大事だから
そのため、2018年と2019年の年末には、各社の忘年会での出し物・芸に「バブリーダンス」が採用されたのだ。動画を見ると分かるのだが、動きは激しいし、踊りの一体感も求められる。ダンス部員でさえ練習は大変だったというのに、ダンスの素人であるA社若手社員が容易にマスターできるものではない。 さらに、バブル時代の衣装を購入する必要がある。肩パッドが入った、原色系の派手な衣装だ。メイクも濃いアイシャドウやラメ、つけまつげなどが必要。さらに当日はウイッグを着けない人は、自前の髪の毛をワンレングスカットやスプレーで前髪を立てたヘアスタイルなどにバッチリ決めなくてはならない。これは男性も女装して参加したのだという。田中さんは準備の大変さをこう語る。 「バブリーダンスの衣装セットを通販で人数分購入し、11月の中旬からダンススタジオを毎週1回借りて計4回練習しました。皆、仕事があったのですが、上司が『こっちの方が大事だから練習をちゃんとするように』なんて言い、わざわざスタジオに来て点呼を取るんですよ。早く仕事を終わらせるため、定時の2時間前出社をする子もいました」
こんなご時世だから
幸いなことにこれら努力のお陰でバブリーダンスは大ウケしたようだが、とてもじゃないけれど労力と準備の大変さに見合うものとは思えなかったそうだ。田中さんは2020年も引き続き若手として出し物・芸をするよう上司から言われ、憂鬱な気持ちになっていた。そんな時にやってきたのが新型コロナウイルス。1月に国内発症第一例が報告され、2月に入るとクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」で集団クラスターが発生。学校の一斉休校が始まり、3月以降は「ステイホーム」「3密回避」「おうち時間」が叫ばれるようになり、自粛ムードが高まっていく 小池百合子・東京都知事は3月末に都が管理する人気花見スポットの上野公園、井の頭公園、代々木公園の園内の一部を立ち入り禁止にすると発表。花見の自粛をお願いし、「桜は来年もきっと咲きます。来年の桜も楽しみにとっておいていただきたい」と述べた。 そして、4月には埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県、福岡県で緊急事態宣言が発令された。そこから先は帰省の自粛、飲酒の時短、会食の人数制限などすっかり宴会ムードは消えて行った。飲み会をすることは悪事のように捉えられ、営業を続ける店には嫌がらせの貼り紙が貼られるなどした。 かくして当然この年の忘年会など大っぴらにやることはできなかったし、リモートワークが定着している会社の場合はもはや同僚と合わないことが「ニューノーマル」になっていた。当時の流行り言葉は「コロナが終息したら忘年会はやりましょう」「こんなご時世だから忘年会はやめましょう」というものだった。
こちらの方がいい
これが3年間も続いたため、すっかり出し物・芸が好きな上司達も「若手はバブリーダンスを踊れ」などと言えなくなった。田中さんはこの風潮を好ましく思っているし、同期も皆、ホッとしているという。 「コロナになって以来、会社でも無駄なことはカットする動きが出てきました。毎日の朝礼も今はやっていませんし、忘年会の芸もそう。私はこちらの方がいいです」 しかしながら皮肉なのは2021年3月23日、当時飲食店は21時までの時短営業を東京都から求められていたが、厚労省職員23人が送別会をしていたことが発覚。その内十数人は23時50分まで店に滞在。しかも、予め23時まで開いている店を予約するという周到さだった。主催した老健局老人保健課の課長は減給1ヶ月(10分の1)の懲戒処分を受け、大臣官房に異動させられた。感染対策の陣頭指揮を執るはずの厚労相職員が何をやっているのか……と呆れられた騒動だった。
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう) 1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。 デイリー新潮編集部