クマ被害急増ついに八王子にも出没?「人間がクマのすみかを奪っている」は間違い 専門家が語る本当の理由

市街地へのクマの出没が相次ぎ、人的被害も過去最多に上った今年。12月7日には東京・八王子市の市役所近くで目撃され、住民を震撼させた。人の生活圏に来るクマが増えている理由について、「山にエサがない」「すみかを人間に奪われている」などと言われているが、むしろクマにとって「住みやすい環境」が増えていると、森林の専門家は指摘する。そしてクマはさらに街に近づき、やがて緑の多い大都市圏にも出没するようになると予測する。 【写真】史上最悪の被害となったヒグマ事件の生々しい画像はこちら *   *   *  環境省の統計によると、1980年代のクマによる人的被害は多い年でも20人前後だった。しかし、2000年代に入ると被害は急増し、少ない年で50人前後、多い年は150人前後になっている。 「90年代までは、クマも含めた野生動物を山中で見ることはほとんどありませんでした。動物たちの足跡を見つけるだけで感動するほどでした」  3年前に『獣害列島』(イースト・プレス)を出版した、森林ジャーナリストの田中淳夫さんは、こう証言する。  59年生まれの田中さんは大学時代、ツキノワグマの冬眠穴を調査した経験がある。当時、クマは「幻の存在」だった。ところが、90年代に入ると、林業関係者から「クマが増えている」という話を聞くようになった。 「最初は半信半疑でした。クマが増える要素なんて、ないと思っていましたから」  クマは、その体を維持するために大量のエサを必要とする。国内の山林は戦後、スギやヒノキを盛んに植えた結果、クマのエサとなるドングリが実る広葉樹が減ることになった。  仮に産まれる子どもの数が増えたとしてもエサが不足するため、生き残れる個体数は自然と「抑制」されるはずだ。 「森を人工林ばかりにしたら、クマのエサがなくなってしまう、人間がクマのすみかを奪っていると思い込んでいました」  

■「真っ暗」ではない人工林  ところが、林業関係の仕事で全国の人工林を歩くようになると、その考えが間違いであることに気づいた。 「人工林というと、林床が薄暗くて草も生えない『森林砂漠』のようなイメージを持つかもしれませんが、実際にはスギやヒノキだけの人工林は全体の2~3割しかありません」  植林が盛んに行われたのは昭和30~40年代。森林の成長に応じて、樹木の一部は伐採される。これを「間伐」という。間伐が行われると日光が地表に届くようになり、幹や根が太く成長する。さらに下草が生い茂り、土砂の流出を防ぐ。 「全く間伐が行われなかった森の中は『真っ暗』という感じになりますが、よく目にするのは植林して10~20年くらい間伐を行った後、放置された人工林。そこにはスギやヒノキ以外の木がいっぱい生えている」    林野庁によると、高度経済成長期の1960年に1万2000円だったヒノキ中丸太は80年に約8万円、1万1300円だったスギ中丸太は約4万円に上昇した。しかし、最近はピーク時の3分の1から4分の1程度の価格で低迷。苦労して木を育てても割に合わないために間伐をやめてしまい、人工林の多くが放置されることになったという。  間伐された人工林には、ヤマブドウやノイチゴなどの植物が生い茂る。さらにその状態が放置されると、針葉樹と広葉樹がまざった林へと変わっていく。  そんな林が、クマにとってはが絶好のすみかになった。   ■クマにとって「豊か」な里山  さらに中山間地では、林業の衰退とともに高齢化、過疎化が進んだ。  人里近い森林は、かつては建築材や燃料にするため、明治以降は西洋式の植林や戦争のために頻繁に伐採されていたため、野生動物にとって住みよい環境ではなかった。  それが現在は耕作放棄地となり、やぶになり、森林になっていった。 「収穫されずにほったらかしにされたカキやクリがクマを誘因すると言われますが、竹やぶになった耕作放棄地も多い。クマはタケノコを好んで食べます。動物目線で農山村を歩くと、エサが十分にあることを感じます」  

 クマにとって豊かな森が増え、その結果としてクマが増え、獣害も増えてきていると田中さんは推測している。    一方、クマの被害が増えている理由の一つによく挙げられるのが、狩猟者の高齢化と減少だ。しかし、狩猟者数のピークは1970年代の約50万人で、50年代は約10万人。現在の約20万人よりも少なかったこともあり、田中さんの見方は懐疑的だ。   ■「緑の回廊」はクマの道  人口が密集している市街地に出没する「アーバンベア」も問題になっているが、いずれは大都会にもクマが現れると、田中さんは警告する。 「すでに札幌や秋田、盛岡、仙台などの市街地にクマが出てきている。そのうち東京23区内に現れても不思議ではありません。足立区ではシカやイノシシが目撃されました。順番からいえば、次はクマだな、と思うんです」  都市部に自然公園が整備され、川べりの堤防に木が植えられると、野生動物はそれに沿いながら移動し、都市に入ってくるようになる。 「人と野生動物の共存を目指す『緑の回廊』という言葉はきれいですけれど、あれはまさにクマの通り道でもあるわけです」    自然への愛着と敬意を持つ森林ジャーナリストとして田中さんは、野生動物とどう向き合うべきか、真剣に考えるときが来ていると訴える。 「都市の住民がクマを単に『かわいらしい動物』ととらえて、のほほんととしていると、そのうちガツンと痛い目に合うような気がします」 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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