「退職した社員」の顔写真掲載は法律上許されるか? 企業のソーシャルメディア活用に潜む落とし穴

ソーシャルメディアの発達によって、誰でも自由に、かつ安価に情報発信が可能になった時代。企業の広報やマーケティングでも、当たり前にソーシャルメディアが使われるようになっている。

しかし、そこには落とし穴もある。個人情報保護や著作権、ステルスマーケティングなど、「やってはいけない」ことを行い、炎上したり、指弾されるケースが増えてきている。近著『デジタル時代の 情報発信のリスクと対策』を上梓し、企業の危機管理に詳しい北田明子氏が、いまビジネス現場で頻発している、ソーシャルメディア活用で法律違反となる事例を紹介する。

ソーシャルメディア活用に潜む落とし穴

外食チェーンで、アルバイト従業員が厨房のシンクに座り込んだり、冷蔵庫に体を入れたりした様子をSNSで公開して大炎上する。いわゆる「バイトテロ」が多発したことは記憶に新しいところです。

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2023年1月には、回転ずしチェーン大手「スシロー」で、少年がしょうゆ差しの注ぎ口を舐めたり、レーン上のすしに唾液をつけたりする動画を拡散させ、問題になりました。

これらは、スマートフォンが急速に普及し、全国各地どこでも高速通信網が整ったことで、誰もがたやすく動画をソーシャルメディアに公開できるようになったために起こった出来事です。

情報発信によって目立ちたい。そんな悪意の薄い「少年の悪ふざけ」であっても、多額の賠償責任を負いかねないことが世に知られたことで、このような不祥事は減っていくでしょう。

しかし、問題はその先にあるのではないでしょうか。

つまり、ソーシャルメディアを広報やマーケティングに積極活用している企業もまた、情報発信のリスクを十分に理解しているわけではない。そのため、思いもよらぬトラブルに見舞われる企業が続出する恐れがある、ということです。

例えば、こういうことが起こり得ます。

企業が採用ホームページを使って人材の募集をするのは、企業の大小を問わず、広く行われている手法です。そこに現職の社員が顔写真入りで登場し、自分の職場の魅力について語る、というのも当たり前の手法になっています。写真のキャプションに本人の氏名、入社年、所属部署名などが明記されることも普通です。

ところが、ある会社では、情報が公開されてから間もなく、ホームページに登場した若手社員が退職する、という事態が起こりました。その社員は、「採用ホームページに掲載している私の写真とコメントを削除してほしい」と申し出てきたのです。

このケース、企業はどのように対応するのが正しいのでしょうか。

肖像権侵害のリスク

弁護士の見解は「肖像権侵害のおそれがある」というものです。

「肖像権」とは、裁判所が解釈によって導き出した人格的権利の1つであり、「私生活上の自由の1つとして、何人も承諾なしに、みだりにその容貌・姿態を撮影されない自由」「自己の容貌等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益」などと定義されます。

人には「写真を撮影されない/公表されない自由」があるわけですから、この事例のように、写真の公表を望まない人がいる場合には、写真を削除するのが原則になります。実際に肖像権が問題となった事案において裁判所は、「侵害行為の差し止めを求めることができる」と判示しました。この事例で言えば、元社員からの請求があれば、会社は許諾のない写真の掲載を終了せざるを得ないでしょう。

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法律上保護されるべき他者の権利を侵害した場合、損害賠償の責任を負います。この事例で言えば、会社は元社員の反対にもかかわらず写真を公開し続けることで、元社員に慰謝料を支払う必要が生じると考えられます。

一方、ホームページの掲載された本人のコメントについては、個人情報保護の観点で問題があります。生存する個人に関する氏名、生年月日、住所、顔写真などにより特定の個人を識別できる情報は「個人情報」といい、個人情報保護法によって保護されています。個人情報を取り扱う企業は、この法律を理解して運用していく必要があります。

社員をPRに使うことが難しい時代に

このようなリスクを回避するためには、どうすればいいでしょうか。

まず、大前提は従業員本人の明確な同意を得ることです。その際、たとえば「在職中/退職後6カ月間はホームページへの写真掲載を認める」というように、お互いに無理のない合意をする努力が必要でしょう。

また、社員個人が特定されるレベルの写真を使う必要があるのかどうかも、検討の余地があるでしょう。

たとえ社員といえども、その個人情報を会社側が勝手に公開することは許されません。社員を企業 PR や求人目的などのために起用し、顔出しや個人情報を公開する場合は、必ず本人と条件などを協議して、同意のうえで掲載しなければなりません。

今は終身雇用時代のように一生ひとつの会社で働く人は減っており、短期間で退職するケースが増えています。そんな、社員の流動性が活発な時代にあって、社員をPRに使うことは難しくなっているのです。

(構成:間杉俊彦)

北田 明子:広報・PR、危機管理広報アドバイザー

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