高齢者の健康によい食生活とはどのようなものか。医師の和田秀樹さんは「アメリカの受け売りの医学情報として『日本人の高齢者は粗食にしたほうがいい』と伝えてしまうのは間違いだ。朝はごはんにみそ汁、納豆、漬けものといった低カロリーの粗食ではたんぱく質が不足し、見た目年齢を上げ、健康を害してしまう」という――。 【この記事の画像を見る】 ※本稿は、和田秀樹『60代からの見た目の壁』(エクスナレッジ)の一部を再編集したものです。 ■「高齢者は粗食にしたほうがよい」は大間違い 今の高齢者は、自分の興味がある分野なら、本を積極的に読む人たちです。老後の生き方や、健康についてはとくに関心が高いので、私の本は売れるのだと思います。 健康分野の本は確かによく売れるようです。ところが、その内容が玉石混淆で、しかも「石」のほうが圧倒的に多いことが問題です。 健康分野の本は、医者が著者になっているものが多いのですが、その大半が「高齢者は粗食にしたほうがよい」といった誤った情報を流しています。 しかも、著者である日本の医者のほとんどは、アメリカからの受け売り医学情報をそのまま流し続けているので、読者もそれが正しいと信じています。 アメリカのようなとんでもない肥満の人がいっぱいいる国が、心筋梗塞で死ぬ人を減らすために、低カロリーの食事を勧めるのは正しいと言えます。 ところが、たいした肥満でもない日本人に低カロリーの粗食を勧めたら、栄養不足になってしまいます。 また、日本の医者は老人をちゃんと診ていません。老人をやせさせると寝たきりのリスクが高くなるのに、それがわかっている医者はほとんどいません。 私のように高齢者を専門に診たことがある医者が少ないから、今の高齢者の現状を知らない医者が多いのでしょう。
■粗食は見た目年齢を上げ、健康も害す 一方で、そうした健康分野の本を読みたいと思っている高齢者たちは、書かれたものを素直に信じ込みます。 例えば、「高齢者は粗食にしたほうが健康によい」と書かれていたら、それを実行してしまうのです。 皮肉にも、『ニッポン無責任時代』という映画で植木等が演じた昭和1ケタ生まれの平均(たいらひとし)以降の世代は、それ以前の高齢者よりも知的レベルが高く、戦後の科学万能信仰で育った世代でもあるがゆえに、ニセ科学にもだまされやすいということになるでしょう。 ここで言う粗食とは、朝はごはんにみそ汁、納豆、漬けもの。昼はそばかうどん、夏ならそうめん。夜は焼き魚と野菜の煮物、冬なら鍋もの、といったイメージです。 こういう食生活が「健康によい」と信じている人も多いと思います。でも、このような食事を続けると、見た目年齢を老けさせることになってしまうのです。 今例にあげたメニューは、たんぱく質が圧倒的に不足しています。見た目年齢が老けている人はたんぱく質が足りていないのです。 ■肉を食べないと身長が伸びない たんぱく質を摂らないと身長も伸びません。明治、大正の頃、一般庶民は肉を食べる機会があまりありませんでした。だから欧米に比べると、体が小さかったのです。 日本人が肉食を始めたのは、明治時代からだと言われていますが、明治期に栄養に関して、こんな論争がありました。 一方の論者は文豪・森鴎外(本名・森林太郎)。陸軍の軍医でもあった森は、東京帝国大学を出て、ドイツに留学して医学を学びました。 もう一方の論者は、高木兼寛という海軍の軍医で、彼はドイツではなく、イギリスに留学して医学を学んでいます。 森と高木が論争になったのは脚気(かっけ)の原因は何かということでした。 現在では脚気はビタミンB1欠乏症で起こることがわかっていますが、当時は原因がまだ特定されていなかったのです(鈴木梅太郎がビタミンの存在を発表したのが1911年、明治44年)。 脚気は重症化すると、心不全や末梢(まっしょう)神経障害を起こす病気です。明治時代の軍隊には、多くの脚気患者がいて、全兵士の3~4割が罹患(りかん)していたと言われています。 高木はイギリスで臨床医学を学びながら、イギリス人が肉をいっぱい食べていることに注目しました。 イギリス人の体が大きく、脚気も結核も少ないのは、肉を食べているからに違いないと考えたのです。
■米食より洋食で脚気が改善 高木は帰国後、脚気はたんぱく質が少なく糖質が多いときに起こると主張し、これを確かめようとしました。 そこで海軍の脚気患者10名の半分を米食中心、もう半分は肉を含む洋食にしたところ、洋食群の脚気が改善しました。 さらに、遠洋航海に出る兵士でも、同様の試験を行ったところ、今までの食事をしていた戦艦では25名が亡くなったのに対し、洋食を食べさせた戦艦では1人も死亡者がいませんでした。 これらの結果から、1883年(明治16年)、高木は脚気の「栄養原因説」を提唱したのです。 これに反論したのが森です。森が留学したドイツでは、細菌学の研究が盛んで、脚気も伝染病の1つだと考えられていたため、森も脚気は感染症だと疑いませんでした。 そして、高木の説は、統計の取り方などに不備があるなどとして認めようとせず、陸軍では今までどおりの米食を続けさせました。 高木と森の論争は決着がつかなかったため、その直後の日清戦争(1894年、明治27年)や日露戦争(1904年、明治37年)において、陸軍では約29万人が脚気になり、約3万人が死亡しています。 文豪・森鴎外が、医者としては自らの説をガンコに貫いたが故の大失態として、よく知られているエピソードです。 一方、森の反論により高木説が主流派にならなかったため、せっかくのチャンスだったのに、日本人の体格は向上しませんでした。 だから当時の日本軍の兵士は小さかったのです。 シベリア出兵(1918年~1922年、大正7~11年)で、米英中国など各国の兵士と一緒に日本兵が映っている写真が歴史の教科書などにも載っていますが、もっとも背が低いのが日本兵です。 ネットで見ることができるので、興味のある人は検索してみてください。 ■昔から日本人は肉を食べていた 先に日本人が肉を食べるようになったのは、明治時代からだと言いました。文明開化で何でも西洋に習おうと、肉食を始めたとされています。 一方、日本は仏教が伝来してから肉食をやめて、明治になるまでは一切肉を食べていなかったというのが表の歴史として伝えられていますが、実はしっかり食べていました。 もっとも肉を食べていたのは戦国時代です。戦国武将はけっこう体が大きい人が多かったといわれています。彼らは肉もしっかり食べていたと想像できます。 ただ、庶民は肉を食べていないので、平均身長は低いままでした。庶民も肉を食べるようになって身長が伸びてきたのは、戦後になってからです。 敗戦直後は、食べるものがなかったので栄養状態も悪く、子どもたちもやせほそっていました。 子どもはたんぱく質が不足していると、成長できません。 そこで、国連児童基金(UNICEF)が、学校給食を通じて脱脂粉乳の配布を開始しました。そのおかげで、子どもたちがたんぱく質を摂れるようになったわけです。 戦後、学校給食を食べていた子どもということは、35~40年(昭和10~15年)くらいに生まれた人。 昭和1ケタ生まれの人たちは、10代後半か20代になっているので、それより少し後の世代ということになります。
■カレー、鶏のからあげ、ハンバーグ…昭和の子供たちは肉が大好き 実際、昭和10~15年生まれくらいから、小さい人がすごく減ってきました。 それまでの日本人の身長は、男性で150cm台が普通でしたが、脱脂粉乳を摂るようになってから身長が伸び始めたのです。 たんぱく質が重要であることがわかってから、日本人も肉を積極的に食べるようになってきました。 昭和(昭和24~53年。1949~78年)生まれの「小学生が好きな食べ物ランキング」というのがあるのですが、ベスト3は1位から、カレーライス、鶏のからあげ、ハンバーグとなっています。 昭和の子どもたちも肉が大好きだったのです。 家庭での肉食があたりまえになってくると、日本人の平均身長はどんどん伸びていきました。 私が生まれた頃(60年、昭和35年)からは、男子は170cmくらいになりました。 その後も肉食がずっと続いていれば、今頃は日本人も欧米人と同じくらいの平均身長になっていたかもしれません。 ■昭和50年代から肉を増やすのをやめた ところが、75年(昭和50年)くらいから、身長の伸びも頭打ちになってきました。それは決して、栄養状態がピークに達したからではありません。 同じ頃に言われ出したのが「肉の食べすぎは体によくない」でした。肉を摂りすぎると、心臓や血管にダメージを与えると言われるようになってきたからです。 そこから、「肉は減らそう」と言われるようになってきたのです。この根拠とされたのが、アメリカでの研究でした。 その頃のアメリカ人の食生活というと、300g以上の牛ステーキを平気でペロリと平らげているような時代です。 それに対し、日本人は1日70gぐらいしか肉を食べていません。私に言わせれば、むしろ日本人はもっと肉は食べないといけなかったのです。 それなのに、日本の医者たちも、「アメリカの医学の最新研究が肉を減らせといっているんだから、日本人も減らすべきだ」と言い始めたので、もうそれ以上、食べる肉の量が増えることはあまりなくなってしまいました。 今も変わっていませんが、日本ではアメリカ医学は何でも正しいということになっています。日本の医学は、いまだにアメリカ礼賛なのです。
■肉を食べないとがんのリスクが上がる アメリカ人と日本人では、もともとの体質も食生活も異なります。寿命を延ばすための対策も違って当然です。 何しろ日本人の死因の1位はがんなのに対し、アメリカ人の死因のトップは心筋梗塞などの虚血性心疾患です。 日本はがんで死ぬ国なのに、心筋梗塞で死ぬ国のデータを持ってきても、あてになるはずがありません。 アメリカが心筋梗塞で死ぬ人がもっとも多いのは、肥満が多いからです。それも日本人の感覚からしたら超肥満です。 BMI(肥満指数)という値があります。体重(kg)を身長(m)の二乗で割って求められる数値ですが、これが25以上だと日本では肥満ということになっています。 ところが国際的には30以上が肥満となっていて、この基準にあてはまる肥満がアメリカでは30%以上もいるのに対し、日本で同じ基準の肥満の人は3%しかいません。 BMI30がどのくらいかというと、身長が170cmの人なら、89kgで30を超えます。アメリカではこのくらいの肥満の人が、10人のうち3人もいるわけです。 このデータが日本人にあてはまるわけがないでしょう。 このような肥満の人はコレステロール値が高くなって、動脈硬化が進みやすく、心臓の血管が詰まって心筋梗塞を起こしやすいとされています。 ■コレステロールを無理に下げると免疫力も下がる 一方で、コレステロールは体になくてはならない物質で、免疫細胞をつくる材料になるもの。 つまり、コレステロールを無理に下げると、免疫力が下がってしまうのです。 免疫力と関係が深い病気ががんです。人体は細胞分裂しながら、新しい細胞と入れ替わっています。その際、古い細胞の遺伝子がコピーされて、新しい細胞がつくられます。 このとき、ミスコピーが起こることがあります。 これは人体ではしょっちゅう起こっていることで、ミスコピーされた細胞は、免疫によって駆除されます。 しかし、免疫力が低下していると、免疫の監視の目をかいくぐってミスコピーした細胞が増殖を始めます。これが大きくなったものががんです。 前述したように、コレステロールは免疫細胞の材料ですから、これが少なくなると免疫力も低下します。 だから、がんで亡くなる人を少なくしたいのであれば、過剰なコレステロールの抑制は、ほとんど意味がありません。 いずれにしても、日本人の肥満はさして深刻な問題ではありません。それよりも、もっと肉を食べてコレステロールが減らないようにしたほうが、がん対策にはなるのです。 ———- 和田 秀樹(わだ・ひでき) 精神科医 1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」 ———-
精神科医 和田 秀樹