もはや日本は最貧国… 輸入大国なのに岸田総理の円安放置で物価はさらに上がる

仕事柄、外国人と接する機会が少なくないが、みな一様に、日本の物価安への歓迎の弁を口にする。過去に訪日経験がある人は、以前の訪日時にくらべ、おのずと買い物の量も増えるようだ。しかし、日本に在住するわれわれ日本人は、物価高に日々あえいでいるのが現状である。これはなにを意味するのか。 【写真】円安直撃で1日2食 タイで年金暮らしする日本人(79)の苦境

 岸田文雄総理は11月2日の所信表明演説をはじめ、事あるごとに「経済」「経済」と強調し、「この政権はなによりも物価高対策、そして経済対策を重視している」と訴え続けている。そして、まずはそうした対策を盛り込んだという13兆2000億円もの補正予算案が、11月29日の参院本会議で可決された。  そこには、住民税非課税世帯を対象に1世帯あたり7万円を給付するための1兆592億円や、電気やガス代の価格を抑制するための7948億円が盛り込まれている。いうまでもないが、補正予算の7割は国債でまかなわれる。すなわち、いまの物価高の影響を多少なりとも緩和するために、将来にツケを回して借金をするという話だ。  さらに来年6月、1人あたり4万円の定額減税が実施される予定だが、いみじくも鈴木俊一財務相が、財源とされている税収増の分は「すでに使われている」と答弁しており、減税のために借金するという本末転倒が行われる可能性が濃厚である。  いや、たとえ借金をしても、岸田総理がいうとおり、「来年の夏の段階で、賃上げと所得減税を合わせることで、国民所得の伸びが物価上昇を上回る状態」が、ほんとうに実現するならいい。しかし、現状では、その実現可能性はないに等しい。それは多額の借金をして莫大な金額を「物価高対策」に注ぎ込みながらも、物価高を引き 起こしている原因にはいっさいタッチせず、放置し続けているからにほかならない。

輸入大国ニッポンでは円安なら物価は高止まり

 物価高の原因。それはひとえに円安である。日本はわれわれの身の回りのあらゆるものが輸入製品で賄われている輸入大国なのだから、円安になれば物価は上昇する。きわめて単純な話なのだ。  国産品に囲まれた生活をしている、という人もいるだろう。しかし、たとえば肉や卵の飼料は輸入、野菜の肥料は輸入、衣服は国産でも羊毛や綿糸は輸入。そして電気やガスは、もとになるエネルギーがほとんど輸入されている。日本で国産に頼った生活をすることなど、仮にどんなに自給自足の生活を心がけたところで、絶対的に不可能なのである。  具体的に見ていこう。日本の食料自給率はカロリーベースで38%にすぎない。これはG7諸国のなかで最低で、それも僅差ではない。G7の平均は102%で、日本は群を抜いて低いのだ。唯一、米だけは輸入依存率が3%にすぎないが、ほかは大豆93%、小麦87%、砂糖69%、果実57%、エビ92%、魚介類46%、肉類45%……。また、肉類などの飼料としてのトウモロコシは、国産が多少増えているようだが最近まで100%だった。  衣類の輸入依存率は97%で、素材となる綿花や羊毛は100%。住宅や家具に使われる木材は、木のぬくもりが日本の伝統のように語られるが、輸入依存率は70%に達する。鉄鉱石は100%である。また、原油やLNG、LPGなどのエネルギーの輸入依存率は88%におよぶ。なんらかの事業をするにも、一個人が生活するにも、エネルギーが根幹になる。それをほとんど輸入に頼っている以上、円安状態が続いているかぎり、物価高が緩和されることはありえない。  購買力平価という言葉がある。ある国の通貨での購買力が、ほかの国でも同等の水準になるように為替レートを定めた際の値のことだ。OECDの指標では、2021年時点での購買力平価は1ドル100.4円だった。すると、1ドルが150円前後で推移している現状では、日本人は多くのものを標準の1.5倍の価格で買わされているということになる。われわれの生活の過半が輸入に依存している以上、円高に誘導するほかに、物価を下げる方途はない。  ところが、岸田総理は為替についていっさい言及しない。物価高の抑制こそが岸田内閣の最重点課題だと認めながら、円安の問題についてはなぜか触れようとしない。この大本の原因を放置したまま、借金をして金をばら撒くという愚策に対し、野党も的を射た追及がまったくできない。将来にツケを回すだけの補正予算案に賛成した日本維新の会や国民民主党は論外だが、政権の隙を突く好機が到来したはずなのに、立憲民主党も共産党も、肝心の円安問題を避けているのは、謎だとしかいいようがない。

円安を放置するうちに最貧国の仲間入り? 

 2023年3月期、過去最高益を上げた企業が続出し、株価も堅調に推移している。そうした報道を見て、日本経済の状況は悪くないと錯覚する人も多いと思うが、そこに落とし穴がある。最高益を更新する企業の多くは、いうまでもなく輸出企業である。あるいは、商社は三菱商事や三井物産をはじめ多くが過去最高益を上げたが、簡単にいえば、彼らの取引はドル建てなので利益が出るのである。  しかし、仮にこうした企業が利益を従業員にしっかりと還元したところで、われわれの生活の過半が輸入頼みである以上、輸入品の物価上昇に追いつかない。ましてや、輸入が多い企業にとっては逆風が吹き続けているのだから、異常な円安を放置しているかぎり、岸田総理がいう「国民所得の伸びが物価上昇を上回る状態」など、実現できるはずがない。  円安の原因をつくったのは、2012年12月に発足した第2次安倍晋三内閣が掲げたアベノミクスで、いわゆる「3本の矢」のうちの「金融政策」である。安倍元総理の肝いりで日銀総裁に就任した黒田東彦氏が、異次元の金融政策としてゼロ金利を打ち出すと、1ドルが80円程度だった円の価格は急降下し、輸出企業の利益は大幅に増加。株価も上がった。  それが一時的な策ならいいとしても、黒田氏は今年4月に退任するまで異次元緩和策を継続し、代わって就任した植田和男氏も、いまなおこの政策を改めない。こうしてこの11年余り、輸出企業を中心に多くの企業が濡れ手で粟の利益を得て、過去最高益を次々と更新している。それがどういう状態かといえば、なんら技術革新をせずとも、異次元緩和のおかげで円安が続くかぎり、黙っていれば利益が上がる、ということである。利益を享受している側にすれば、異常な円安の状況を変えたいと思うはずがない。  政府も日銀も、そして野党も、そのあたりに遠慮があって、日本人が貧しくなる根本的な原因を見て見ぬふりをしているのだろうか。そうだとしたら、あまりにも罪深い。いま「見て見ぬふり」といったが、円安がもたらしている負の効果に気づいていないとしたら、それはもっと問題である。  冒頭で、訪日する外国人が円安を歓迎している旨を述べた。しかし、それは、われわれが欧米に行くと、面食らうほどの物価高に出会うということである。私が今年、ヨーロッパに数度行った際の実感でいえば、飲食費も交通費も宿泊費も日本の1.5倍から2倍である。海外に行くと、あたかも最貧国から来たような錯覚に陥る。いや、もはや日本が最貧国だという印象は、錯覚といいきれないのかもしれない。 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。 デイリー新潮編集部

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