世界自然遺産の登録から11日で30年となる白神山地で、ニホンジカが近年急増し、食害により森林生態系に影響を及ぼす恐れが出てきた。白神山地の周辺では2022年度、前年度の3倍以上のニホンジカが確認され、専門家らは危機感を強めている。(青森総局・竹内明日香)
22年度目撃頭数は3倍超 生態系に影響する恐れ
東北地方環境事務所のまとめによると、22年度に白神山地と周辺地域で確認されたニホンジカは過去最多の229頭に上る。これまで最多だった21年度の70頭を大きく上回った。
環境省や林野庁、青森県が設置した計101台のカメラで撮影された姿などを元に頭数を算出。同じ個体が複数回写っていても、それぞれ1頭と数えた。229頭のうち1頭は、秋田県側の世界遺産「核心地域」で確認された。
繁殖期などに鳴き声を録音する咆哮(ほうこう)調査では、白神周辺の17地点のうち、12地点で108回の咆哮が記録された。4地点で47回だった21年度に比べ、大幅に増えている。
環境省西目屋自然保護官事務所の斎藤純一統括自然保護官は「頭数が増えたのは、カメラの設置場所を工夫し、調査精度が上がったこともあるが、ニホンジカの頭数そのものが増加傾向にある」と話す。
ニホンジカは青森県では明治時代、駆除によりいったん絶滅。白神周辺では10年ごろから目撃されるようになった。林床のブナの芽生えなど多くの植物を食い尽くすため、森の保水力の低下や生態系への影響が懸念される。
白神では現在、目立った被害はないが、東北森林管理局津軽白神森林生態系保全センター(青森県鰺ケ沢町)の高木善隆所長は危機感をにじませて言う。「捕獲について、具体的に対応を考えなくてはならない」
だが、捕獲の対策は一筋縄ではいかない。センターでは昨年、さまざまな餌をわなに仕掛け、ニホンジカをおびき出す実験をしたが、人間を警戒するためか寄りつかなかったという。
猟銃を用いた駆除についてもハンターの人手不足や高齢化の問題が横たわる。高木所長は「国や県などが連携し、どのような手続きを踏み、どんな方法で駆除するか検討の必要がある。対策は待ったなしだ」と強調する。
悠久の森 守り触れ合う 保全と観光活用の両立 課題
青森、秋田両県にまたがる白神山地が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界自然遺産に国内で初めて登録されてから、11日で30年となる。ブナ原生林が残る白神の森を次世代にどうつなげるのか。自然環境の保全と観光資源としての活用の両立が、課題として浮上している。
白神山地は、東アジアで最大級の原生的なブナ林と多様な動植物の生態系が高く評価され、1993年に屋久島とともに世界自然遺産に登録された。
約13万ヘクタールの広大な山岳地帯のうち、登録対象地域は約1万7000ヘクタール。保全のために歩道などを整備しない「核心地域」と、周囲の「緩衝地域」で構成する。
80年代初期、青森県西目屋村と秋田県八峰町を結ぶ「青秋林道」建設の反対運動をきっかけに、白神山地保護の機運が高まり、世界遺産登録につながった。
注目を集めた一方、入山者数は伸び悩んできた。核心地域は、青森県側では事前届け出をすれば指定ルートで入山できるのに対し、秋田県側は原則禁止。白神山地は「入れない山」とのイメージがつきまとう。
2004年に約8万1000人いた入山者は、集計を取る観測地点が2カ所増えたにもかかわらず、22年は約1万6000人に減少。地域ではインバウンド(訪日客)を含む観光客の誘致策が模索されている。
青森県は来年1月20日、弘前市の弘前文化センターで、登録30周年を記念したシンポジウムを開く。白神山地について学ぶ地元小学生による創作劇や、現役のマタギや宮下宗一郎知事らによるパネル討論がある。