東北の路線バス苦境「もう限界」 自前で運転手養成の動きも

東北の路線バスが運転手不足から厳しい状況にさらされ、各地で切実な声が上がっている。大規模な路線縮小に踏み切る福島県いわき市の事業者は「もう限界」と訴え、来年3月末に路線が廃止される岩手県金ケ崎町では通学に利用する高校生が「死活問題」と存続を求める。一方で運転手の確保に向け、研修センターを開設するなど事業者の新たな取り組みも始まっている。

福島・いわき「新常磐交通」 原発事故の影響で採用進まず…

 いわき市の新常磐交通いわき中央営業所。空が白み始めた11月下旬の午前6時過ぎ、バスの車内に明かりがともり、エンジン音が響いた。アルコールチェックを済ませた運転手の堀井和彦さん(58)はタイヤやオイル、ブザーなどを一つ一つ点検し、始発の停留所に向けて車両を走らせた。

 20年前、電子部品製造の会社を辞め、子どもの頃に憧れたバス運転手に転身した。東京電力福島第1原発事故時は市内にとどまり、新型コロナウイルスが猛威を振るった時も、感染の恐怖心を抑えてハンドルを握り続けた。

 同社の運転手は本年度上半期に138人いて約半数が60歳以上。基本は5勤1休で、1日13~14時間程度の拘束が多い。休憩中や休日に業務を頼まれることもしばしば。堀井さんは「年を取り、つらいときもあるが、われわれが走らないと市民が動けない」と語る。

 本年度は高齢や体調不良で運転手の退職が相次ぎ、現時点で30人が足りない。原発事故後、復旧工事に伴って運転手需要が高まったこともあり、採用は思うように進まず人手不足が深刻化。路線バスの運行を優先した結果、貸し切りバスの稼働率は3割に満たない。

 1966年に14市町村が合併したいわき市は、路線バスを取り巻く環境が特に厳しい。通勤・通学で路線バスを利用する割合はわずか2%で、自家用車の利用が80%を占める過度なマイカー社会。市町村をまたぐ運行を対象とした補助金もほとんど受けられない。

 かつてないほどの大規模な路線廃止を表明した11月は創業80年の節目だった。「歯を食いしばって路線を守ってきたが、これまでのやり方はもう限界」。門馬誠常務は苦しい胸の内を明かす。
(いわき支局・坂井直人)

岩手県・金ケ崎高 「路線存続を」生徒が署名運動

 「高校生にはバスさまさまだ」「廃線は死活問題」。岩手県交通(盛岡市)が来年3月末に廃止予定の「北上金ケ崎線」「水沢金ケ崎線」を利用する金ケ崎高(岩手県金ケ崎町)の生徒から切実な声が上がる。

 生徒122人の大半が北上市や奥州市など近隣から通い、バス利用者は冬季など多い時期で7割に上る。電車の最寄り駅が自宅から遠い生徒も多く、バスは通学の生命線だ。

 北上市から通う2年鈴木凛さん(17)は「通学路の国道は交通量や積雪が多く、自転車の運転は危険」と指摘する。町議会との「ほっとミーティング」では路線存続を訴え、校内外で署名運動を展開してきた。

 共に活動する今野聖音さん(16)は「アクセスが悪いと生徒の減少にもつながる」と危惧。佐々木華さん(17)は「バス会社と生徒が互いに納得できる方法はないか」と模索する。

 町は本年度、県交通の赤字補填(ほてん)に約1460万円を負担。北上、奥州両市と連名で、通学時間帯の運行維持を求める要望書を同社に提出した。町都市建設課の渡辺学課長は「広域路線を町単独で運行するのは難しい。せめて高校生の足だけでも確保したい」と話す。
(北上支局・江川史織)

仙台・宮城交通グループ 新入社員への研修を手厚く

 宮城交通グループ(仙台市)は今年4月、宮城県村田町に研修センター「Cocode(ココデ)」を開設し、運転手の養成に力を入れている。専用のコースや機器を備えた自社研修施設。新入社員らを対象に手厚い研修プログラムを用意し、人材確保や離職防止につなげている。

 今月8日、入社したばかりの新人運転手5人が、構内のコースでハンドルを握った。配送業のトラック運転手から転職した大崎市の伊藤憲(のり)さん(50)は「運転席がタイヤより前にあって内輪差も大きい。ぶつからないよう気を使う」と車体後方をミラーで確認し、慎重にS字カーブを抜けた。

 運転手は1カ月~1カ月半の研修後、県内の営業所に配属される。伊藤さんは登米市の佐沼営業所で、路線バスの運転に従事するといい「安心安全な運転で地域の足になりたい」と意気込む。

 研修センターには宿泊できる部屋もあり、業務経験のある運転手を含め、1カ月に50~60人を受け入れている。同業他社の運転手も対象としていく方針だ。

 宮城交通とミヤコーバスは慢性的な運転手不足を改善しようと、毎月5人程度を継続的に採用している。現在は約950人の運転手が在籍しているが、主力は50代。定年退職に伴う減員も見込まれる。

 佐々木和彦センター長は「新人でも中堅でも運転業務で不安を感じる瞬間はある。安心できるまでセンターが末永くフォローする」と強調。運転手の流出を防ぎつつ育成を進め、地域の交通網の維持に努める。
(報道部・小関みゆ紀)

山形県鶴岡・庄内交通 ワゴン車も導入、採用に活路

 庄内交通(山形県鶴岡市)は利用が好調な鶴岡市内の循環バス事業をPRし、運転手の確保につなげようとしている。2022年10月、車両を定員25人のバスから、定員12人のワゴン車に変えた。経験の浅い運転手でも運行しやすく、大型車の運転に向けたステップになるとして、採用活動でアピールポイントにする。

 循環バスの22年10月~23年9月の利用者は約6万8000人。ワゴン車を導入する前の前年同期と比べ3・9倍に急増した。高齢者が利用しやすいよう医療機関やスーパーを巡る経路に改めたほか、1日の便数を従来の4倍の48本に、停留所も3割以上増やして79カ所としたことが奏功した。

 23年に入社した運転手3人は今、全員が循環バスを担当。大型2種免許がなくても中型2種免許で運転できる利点がある。

 高橋広司専務は「ワゴン車から運転を始め、高速・貸し切りバスの業務にもつながるキャリアをPRし、採用を進めたい」と前を向く。(山形総局・小田島悠介)

盛岡・岩手県北自動車 過去最高の賃上げで待遇改善

 岩手県北自動車(岩手県北バス、盛岡市)は運転手の待遇改善を図りつつ、採用強化と社員の定着率向上を目指している。今年の春闘では過去最高3・4%の賃上げに踏み切り、若手の給与水準アップと初任給の見直しの検討も進める。

 採用活動も強化していて、昨年まで盛岡市で月1、2回開催だった説明会を盛岡、八戸両市で週2回、宮古、青森両市で週1回程度に増やした。

 新入社員に給付する支度金も昨秋から今春にかけて拡充した。大型2種免許の所有者は従来の20万円を30万円に増額し、新たに大型1種と普通2種の免許所有者にも10万円を贈る。

 鈴木拓副社長は「これまでは人員不足で働く人の負荷が増し、離職率が高まるといった負の連鎖が続いていた。(残業規制が強化される)2024年問題を機に『労働環境の改善と賃上げで定着率を上げ、きちんと稼ぐ』の好循環に切り替える」と将来像を語った。(盛岡総局・土屋聡史)

タイトルとURLをコピーしました