日本の「半導体産業」復活へ大チャンス到来!サムスンやTSMCが日本に投資する納得のワケ

韓国サムスン電子が半導体の研究開発拠点を神奈川県横浜市に新設すると発表し、話題だ。先端半導体の製造技術を日本の企業や大学と共同開発するためで、400億円超を投じる計画。他方、北海道はラピダスの工場建設を機に道内の半導体関連出荷額を2033年に1兆1000億円まで引き上げるとの目標をまとめた。生成AIの登場や地政学リスクの高まりで世界の半導体競争は新たなステージに突入している。(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)

ChatGPTが変えた半導体の需要

 米国の人工知能(AI)研究機関であるオープンAIが、ChatGPTを公開(2022年11月30日)してから早一年。情報の検索・分析や文書作成など利用範囲は圧倒的に広がり、AIに対する需要は急拡大している。

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 これに伴い、米エヌビディアが先行する「画像処理半導体」(GPU)など、AIの深層学習などに用いられる高性能な半導体の需要も急増している。軟調な地合いが続いたメモリー半導体市況にも、ようやくリバウンドの兆しが表れた。データの一時保存に用いられるDRAM、その中でも最先端のメモリーチップの価格が下げ止まり始めている。

 データ転送スピードが速い「広域帯メモリー」(HBM)など、高付加価値型のDRAM需要は急ピッチで増えている。DRAMの世界最大手である韓国サムスン電子、第2位のSKハイニックスの業績が底入れするとの見方も増えた。また、半導体の設計などの分野には、新規参入も増え始めている。

 AI利用範囲の急拡大は、わが国の半導体産業にとっても大きなチャンスになるだろう。AI対応チップの製造、関連部材などで積極的に設備投資を積み増す企業が増えるか否かが、中長期的なわが国経済の展開に大きく影響するはずだ。

AI利用急増と半導体市況の変化

 ChatGPTの利用を皮切りに、世界経済のあらゆるところでAIの利用が急増している。総務省の『令和5年版 情報通信白書』は、2030年の世界のAI市場規模(売上高)は1兆8470億ドル(約260兆円)に増加すると予想する。また、国連貿易開発会議(UNCTAD)は、同年のAI市場規模を9兆5000億ドル(1350兆円程度)と予測する。

 成長期待の高さを認識するきっかけの一つは、米エヌビディアの決算だった。23年5月の決算で、純利益の伸びが事前予想を上回った。その後も、エヌビディアの収益は高い増加率を記録した。米国の先端分野の半導体に関しては対中規制強化があるにもかかわらず、世界全体でAIの利用は勢いを増している。精度の高いAI対応チップの供給は需要に追い付かない状況だ。

 GPU需要の拡大を追いかけるように、過去2年程度の間、市況が軟調に推移したメモリー半導体分野にも、変化の兆しが出始めている。23年7~9月期、韓国2大メモリー半導体メーカーの業績悪化ペースが鈍化したのだ。

 業績を下支えしたのは、AIに対応した高価格帯のDRAM需要の増加だ。特に、SKハイニックスはAIの深層学習を支えるHBMなど、より高性能なDRAMの研究開発や生産体制を強化した。その結果、同社はライバルのサムスン電子に先駆けて、エヌビディアのGPUの処理速度に対応したメモリー半導体の製造に成功した。

 そしてサムスンも、SKハイニックスを追いかけるように、HBMなどの製造体制を強化している。スマホやパソコンの需要が飽和し市況が軟調なNAND型フラッシュメモリーとは対照的に、AI利用急増を支える先端分野のメモリーデバイス分野では、韓国2大メーカーによるHBM開発競争が激しさを増している。

 23年10~12月期、SKハイニックスの営業損益が黒字転換するとの期待が高まっている。サムスン電子の半導体事業も、24年1~3月期には黒字を確保するとの予想が増えた。AI利用範囲の急拡大により、厳しい状況が続いた世界のメモリー半導体市況の一角で、成長の萌芽(ほうが)が膨らみつつある。

AI対応チップ分野への新規参入が急増

 また、米国などでAIに対応したチップの設計・開発に参入する企業が急増している。HBM需要も拡大し、関連する製造装置や半導体部材の引き合いも増えるだろう。これまでスマホがけん引した世界の半導体産業は、次の新しい局面を迎えつつある。

 23年11月、エヌビディアは「H100」改良版のチップである「H200」を発表した。H200は、従来のチップよりAIの開発、利用に必要なデータの処理ペースが速い。アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、グーグル(アルファベット)やオラクルのクラウドコンピューティングサービスがH200を採用する方針だ。

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 シェア拡大を目指すエヌビディアに対抗する企業も急増している。12月6日、米アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)は、「MI300」と呼ばれる最新のAI対応チップを発表した。発表の場でリサ・スーCEOは、「今後4年間でAI半導体業界の市場規模が4000億ドル(約57兆円)超に達する」と発言。従来の同社の予想は1500億ドルだったので、大幅に増えた。

 AIは、情報収集、業務運営の省人化・自動化、生産設備の最適な配置、素材や新薬開発に至るまで、私たちの生活に革命というほどのインパクトを及ぼし始めている。一方、企業はより多くのビッグデータを獲得し、蓄積し、AIに学習させようとしている。

 そのため、AIに対応したデータセンターの構築も急務である。エヌビディアやAMD以外にも、マイクロソフト、インテル、グーグル、アマゾンなどの米国企業、中国のアリババなどがAIチップなど関連需要の取り込みを急いでいる。

 スマホ、パソコン、データセンター用の高性能コンピュータなどに搭載される、AI対応チップの先端半導体の需要は増えこそすれ、減少することはないだろう。AIチップ需要の高まりを追い風に、多くの半導体メーカーは先端分野の高価格帯メモリー製品分野で設備投資計画を上方修正することが予想される。

日本の半導体産業が復活のチャンス

 AI利用の増加は、わが国の半導体産業が復活するチャンスになるはずだ。日本経済の実力である潜在成長率の上昇にも大きく影響することが期待できる。

 24年にかけて米国経済が多少減速したとしても、エヌビディアやマイクロソフトなどはAI関連チップの開発や利用の手を緩めることはない。今後もAI分野での事業運営体制を強化する戦略を明確に示しているからだ。知的資源集約型のソフトウエア開発が、米国で集中的に進められるだろう。

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 一方、製造拠点は分散が急務である。特に、台湾辺境の緊迫化はインパクトが大きい。IT先端企業は地政学リスクの分散に取り組みつつ、安定的なAI対応チップの調達を確立する必要がある。そこで、重要性が高まるのがわが国だ。

 今のところ、日本を取り巻く地政学リスクは大きくはない。人材は不足しているものの、水の利用に関して深刻な問題は顕在化していない。そして、半導体製造装置や、超高純度の関連部材分野では世界的な競争力を発揮する日本企業がいくつもある。

 この点に着目し、TSMCや米マイクロン・テクノロジー、台湾PSMCなど、世界の大手半導体メーカーが日本への直接投資を積み増している。熊本県ではTSMCが回路線幅3ナノメートル(ナノメートルは10億分の1メートル)の先端製品の生産を検討している。北海道ではラピダスが米欧企業などと連携し、回路線幅1ナノメートルのチップ製造を目指している。いずれもAIの利用に欠かせないものだ。

 AI関連分野での需要を取り込み、成長につなげようとする国内企業も増えている。半導体製造装置の分野では、研究開発を強化し、製造設備への投資も積み増す企業が増えている。その上で、ラピダスなどが先端チップの供給を実現できれば、わが国の経済にとって自動車に続く新しい産業の柱を育成できるかもしれない。

 世界経済の減速に懸念が高まる中、わが国の半導体関連企業は人材の獲得と育成を加速し、持続的かつ加速度的に製造技術に磨きをかける必要がある。政府がしっかりと民間企業のリスクテイクを支援することができれば、日本が潜在成長率の向上を目指すことは可能だ。

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