ラムサール条約の登録湿地に近い鶴岡市加茂地区で10月、風力発電所の建設計画が中止となった。市内で稼働中の鶴岡八森山風力発電所の風車に絶滅危惧種クマタカが衝突して死に、逆風が強まった。同じ事業主体が同じ尾根に計画したのに実現せず、再生可能エネルギーの利用を促進する区域と制限する区域の線引きの難しさを浮き彫りにした。(酒田支局・梅木勝)
制限区域 具体的な範囲や距離があいまい
八森山風力と同じ尾根に計画されたのが、ラムサール湿地の大山上池・大山下池に隣り合う(仮称)加茂風力発電所と、南寄りの(仮称)三瀬矢引風力発電所。いずれも事業主体は再生エネ開発のジャパン・リニューアブル・エナジー(JRE、東京)で、実現すれば風車が約12キロにわたって連なるはずだった。
加茂風力に関し「野鳥の楽園に悪影響を及ぼすのは必至」と、地元の自然保護団体が昨年11月に反対を表明した。鶴岡市も今年2月、「国際的な貴重湿地に近く(建設適地を示す)市のガイドライン上望ましくない」と中止を求めた。
一方、賛成派住民は「建設に伴い林道が整備されるなど、風力開発による恩恵も大きい」と、荒廃する里山の再生を託した。賛成派が調査継続を求める中、八森山風力付近で6月、クマタカの死骸が見つかった。
JREは10月、加茂風力からの撤退を表明。翌月には環境省がクマタカに関し「風車と衝突した可能性が高い」と断定した。JREは改善措置を求められ、年明け以降に対策を講じる。
2012年の再生エネ固定価格買い取り制度創設以降、太陽光発電と並んで風力発電が拡大。日本風力発電協会(東京)によると、国内の風力発電導入量は22年末時点で10年前の倍の480万キロワットに達した。日本海側の強風地帯を抱える東北は全体の38%を占め、特に目立つのが青森、秋田だ。
近年は、景観上の理由や環境上の懸念から地元が風力発電計画に反対する例が相次ぐ。鶴岡市でも20年、山伏修験で知られる羽黒山周辺に浮上した計画に山形県などが反対し、事業者が撤回した。市はこれを教訓に、出羽三山周辺など設置を認めない制限区域をガイドラインに盛り込んだ。
ただ制限区域も具体的な範囲や距離はあいまい。市が参考にした県再生エネ利用可能性調査報告書(12年)の記述も、ラムサール登録湿地は「法規制により禁止」だが、近傍地は「望ましくない」とあるだけだ。
JREは加茂撤退の理由について「渡り鳥の飛来が予想以上に多かったため」とし、八森山のクマタカ事故とは直接関係ないと説明している。2年後に稼働を予定する三瀬矢引風力に関しては「生態系に悪影響がないよう整備するのが大前提。今後内容を詰める」と推進姿勢を崩していない。
八森山では準備段階でクマタカのつがいが5組見つかっていた。風車を9基から5基に減らし、建てる場所も変える措置を取ったが、衝突は防げなかった。
出羽三山の自然を守る会(鶴岡市)の佐久間憲生代表は「八森山の事前調査は自然環境を過小評価した。人間が考え得る対策で衝突は防ぎきれない」とみる。
その上で「加茂風力は登録湿地に近いという一点で計画を阻止できたが、自然環境との調和を求める県条例や市ガイドラインも絶対的な歯止めにならない。行政は計画段階から主体的に関わり、トップは問題があれば再考を迫る政治決断が求められる」と指摘する。