ミューズ細胞の使用権 三菱ケミカルから発見者の東北大・出沢真理教授に返還 東北大主体で実用化へ

多能性幹細胞「Muse(ミューズ)細胞」を用いた再生医療製剤の製造を巡り、三菱ケミカルグループが保有していたミューズ細胞の独占使用権が、細胞発見者の出沢真理東北大大学院教授(再生医学・幹細胞生物学)に返還されたことが分かった。東北大も同社保有の複数の関連特許を取得した。ミューズ細胞を使った再生医療の研究開発は今後、東北大主体で展開される。

[ミューズ細胞]人体の骨髄や末梢(まっしょう)血、臓器の結合組織などに存在する幹細胞で、多種多様な細胞になる能力がある。腫瘍化リスクが小さく、患者は免疫抑制剤の投与が要らないなど安全性や実用性が高いとされる。2010年に東北大の出沢真理教授が発見。三菱ケミカルグループが開発主体となり、同細胞を用いた再生医療製剤による治験を18年以降、7疾患で実施していたが、23年2月に同社が製剤の開発中止を発表した。

開発仕切り直す形に

 東北大や複数の関係者によると、同社が独占的に再生医療製剤を製造できる許諾契約が8月31日付で終了したのに伴い、出沢教授が第三者に製造実施を認めることを含め、ミューズ細胞に関する基本特許を自由に取り扱えるようになった。東北大も同社保有分の特許を譲り受けたことで、ミューズ細胞に関連する特許の大半が東北大に集約された。

 ミューズ細胞を巡り三菱ケミカルグループは2月、経営上の理由で、2015年から続けてきた再生医療製剤の開発中止を発表した。これに対し、出沢教授や製剤を使った治験に協力した医師らは治験で証明された治療効果を同社が過小評価した疑いがあるとして、独占使用権の返還を求めていた。

 東北大は以前からミューズ細胞に関する特許を多数有し、研究実績もあったことから、独占使用権の返還交渉に主体的に関わったとみられる。

 三菱ケミカルグループの撤退により、心筋梗塞や脳梗塞など七つの疾患の治験で使われた製剤は開発途上で廃止された。製剤を引き継げなかったことで、東北大は実用化に向けた開発を仕切り直す形になる。

 東北大は独占使用権返還の詳しい内容や経緯について「(三菱ケミカルグループとの)契約事項であり、コメントは差し控える」とした上で、「国内外の大学や企業と連携し、研究開発をさらに推進したい」としている。

 出沢教授は河北新報の取材に「実用化を目指し、研究を続ける」と語った。

東北大がミューズ細胞製剤で治験 脳梗塞患者に効果

 東北大大学院の遠藤英徳教授(神経外科学分野)と新妻邦泰教授(神経外科先端治療開発学分野)らの研究グループは26日までに、多能性幹細胞「Muse(ミューズ)細胞」の再生医療製剤を脳梗塞患者に投与する治験で、投与から12週後に4割の患者が自立した日常生活が送れるまで運動機能が回復したとの研究結果を発表した。

 製剤の開発主体だった三菱ケミカルグループは2月に経営上の理由で開発中止を表明したが、東北大がミューズ細胞関連特許の大半を保有することになった。製剤は治療の有効性に加えて安全性も確認されており、研究グループは臨床試験を重ねて新たな製剤の開発と実用化に生かす考え。

 研究グループは2018年9月~20年12月、手術や投薬など標準的な急性期治療の実施後も身体機能障害が続く亜急性脳梗塞(発症後2~4週)の患者35人への治験を東北大病院(仙台市)で行った。

 ミューズ細胞の製剤を25人の静脈内に点滴し、プラセボ(偽薬)の10人と比較しながら、52週にわたり体調や運動機能の変化を追跡調査した。

 結果は表の通り。製剤群の25人は「寝たきり」「歩行に介助が必要」など脳血管障害の7段階の障害レベルで重度から中等度(5~3)だったが、10人(40・0%)が投与から12週後に「症状はあるが障害なし」「日常生活は自立」の軽度以下(2~1)に改善した。52週後には軽度以下が15人(68・2%)まで増えた。

 一方、重度から中等度(5~4)のプラセボ群の10人中、投与から12週後に軽度以下まで改善したのは1人(10・0%)のみ。52週後の軽度以下は3人(37・5%)にとどまった。

 製剤の投与期間中、副作用か疾患由来か判別できない「てんかん重積」の症状が出た1人を除き、副作用はなかった。治験中に製剤群の1人が死亡したが「誤嚥(ごえん)性肺炎によるもので、製剤との関連はない」と結論付けた。

 新妻教授は「超高齢社会を迎え、脳梗塞患者が増加の一途をたどる中、脳自体を再生させる治療法に期待が集まっている。治験で亜急性脳梗塞患者の治療手段としての安全性や有効性が確認された」と説明した。

 研究グループは今後、実用化に向けた100人以上の大規模な治験計画を進める。

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