● 中国国内のカフェ店舗数は世界一 5、6年ぶりに深センを訪ね、ホテルは素泊まりにした。深センに泊まった翌日の朝、ホテルの駐車場にいた警備員に、「近くに朝食も食べられるカフェはありますか」と聞いたら、「近くに火鍋を食べられる店が一軒くらいあるのは知っていますが、コーヒーが飲める店はあまり聞いたことはありませんね」との回答が戻ってきた。そんなはずはないと思い、自分で探すことにした。 道路の裏側にすこし行くと、警備員が教えてくれた火鍋の店が見えた。さらに奥に行くと、マンションに囲まれた小さな広場のような空間があり、そこにスターバックスを含め、カフェは2軒ほどあった。深センの友人や企業関係者との午後の会合の場所も、そのカフェに指定した。 これまで中国国内を回るとき、「コロナ禍が終息してから、一番、市場が広がったのはカフェかペット業界だ」といった話は何度も聞いていた。だから、住宅街の奥まったところにもきっとカフェはあるだろうと信じ、あえて勘を頼りにして探してみたかいがあった。 中国から日本に戻った数日後、あるニュースに目がくぎ付けになった。中国国内のカフェ店舗数が米国を抜いて世界一になったと報じられたのだ。
● ラッキンコーヒーとコッティコーヒーの拡大 ニュースソースは、世界のコーヒー産業関連の情報を提供するプラットフォーム「ワールド・コーヒー・ポータル」の調査によるものだ。その躍進を大きく支えたのは、1万3000店あまりの店舗数を擁する中国最大のコーヒーチェーン・瑞幸珈琲(ラッキンコーヒー)と中国の新興カフェチェーン・庫迪珈琲(コッティコーヒー)だと説明されている。 瑞幸珈琲は、3年前に粉飾決算問題で米証券市場から追放された。詳しくは筆者が書いたリポート『中国で恐れられる『上場企業の殺し屋』と呼ばれる投資家の正体』(2020年4月9日)を見てほしい。当時、「中国でスタバをも凌駕(りょうが)するコーヒーショップの仮面躍進」に問題を感じ、正面から切り込んだ記事だった。 一方、庫迪珈琲は規模こそ瑞幸珈琲に及ばないが、成長スピードは驚異的なものだ。同社は22年10月に中国1号店を開業して、1杯9.9元(約200円)という低価格で中国のコーヒー市場に進出した。23年8月8日、同社は、わずか10カ月で店舗数がすでに5000店を突破し、中国全土をカバーするコーヒーブランドになり、世界5位の規模に食い込んだと対外に発表した。 庫迪珈琲は、創業して間もない時点からすでに日本、韓国、インドネシア、カナダへの進出を発表していた。後に、ドバイ、ベトナム、タイ、マレーシアなどの国々にも出店する計画を作成した。 実際、23年8月、庫迪珈琲は韓国のソウル市江南区にはじめての海外店を開き、その海外進出をスタート。さらに、日本1号店となる東大赤門店は8月26日にオープンし、続けて池袋店、早稲田大学店がオープンした。インドネシアでは、23年に少なくとも400店舗を開くと鼻息が荒い。 10月16日には、カナダのトロントにあるFairview Mall店がオープンし、庫迪珈琲の6000番目の店舗となった。この開店スピードを見ると、平均して毎日16店舗ほどの店がオープンしている計算になる。しかも、これまでの閉店数はわずか21店で、閉店率は0.4%に過ぎないという。 庫迪珈琲の開店スピードや経営方針などを見ると、瑞幸珈琲のやり方を連想してしまうところが多い。それも実は無理もない話だ。
● ファストフード的に楽しむ中国のカフェユーザーたち 庫迪珈琲の創業者は、陸正耀(チャールズ・ルー)氏という人物だが、彼はかつて瑞幸珈琲の創業者で会長でもあった。 しかし、20年4月に粉飾決算が発覚し、退任に追い込まれた。瑞幸珈琲でのつまずきから学んだ陸氏は、庫迪珈琲に新しい事業の夢を懸けた。今の庫迪珈琲の快進撃はまさに陸氏の捲土重来(けんどちょうらい)の夢を背負っている。 ワールド・コーヒー・ポータルは、中国のカフェ市場急成長の背景には消費者の急増もあると説明している。 中国のカフェを利用する4000人を対象とした調査で、90%以上が週1回ホットコーヒーを、64%が少なくとも週1回アイスコーヒーを飲むと回答したという。さらに、瑞幸珈琲や庫迪珈琲によって、中国ならではの新しいコーヒー文化も作られ、次第に形づけられてきた。 また、調査に協力した回答者の85%以上が過去1年でコーヒーショップのデリバリーサービスを利用したことがあり、57%がデリバリーを好んで利用している。中国でのコーヒーの消費は、カフェで時間をかけて楽しみながら過ごすというスローフードのスタイルではなく、デリバリーを好むというファストフード的な傾向をもっている。 ● チェーン店の進出によって、おしゃれなカフェストリートが打撃 上海には「永康路」という600メートルしかない短いストリートがある。上海に住む外国人が好むバーが集中していたので、以前は「バーの永康路」と呼ばれていた。バーのブームが去った今は、自家焙煎(ばいせん)にこだわったおしゃれなカフェがあちらこちら点在していることで、カフェストリートとして知られている。 瑞幸珈琲や庫迪珈琲によって作られるコーヒー1杯の単価が10元(約200円)代というファストフード的なコーヒー消費文化は、コーヒー単価が30元(約600円)以上もするこのカフェストリートを直撃した。 『2023年中国都市におけるコーヒー発展報告』という調査リポートによれば、21年1月から23年4月まで、上海のコーヒーショップは6545軒から8530軒へと増えたが、独立系のカフェは元の64.8%から逆に55%へと下がった。 存続の危機を覚えた永康路のカフェは、これまでの各自の独立した抵抗を捨て、ストリート全体を束ねた対外アピール作戦に切り替えた。各カフェで飲めるコーヒーの飲み歩き券の発行やカフェストリートとしての町の面白さとユニークさの広報宣伝などを通して、カフェ文化の多彩化を人々に印象付ける作戦を展開するようになった。 この集団広報作戦が成果を上げた。作戦に参加したカフェのそれぞれの負担金は1000元(約2万円)未満だったが、各カフェの売り上げは平均して15~20%増を実現できたという。 中国のコーヒー消費文化は、これから開花期を迎えるだろう。果たしてどのような消費文化になるのか。これからの楽しみにしたい。 (作家・ジャーナリスト 莫 邦富)