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電気自動車(EV)と聞いたときに真っ先に思い浮かぶ車種は何だろうか。日本におけるパイオニア的存在の日産リーフか、あるいは、近年この分野を牽引してきたテスラだろうか。だが、いま日本で最も売れているEVはそのどちらでもないようだ。 【画像】日本でもっとも売れている電気自動車
日本でもっとも売れたEV
日本の自動車メーカーと購入者は、EVへのシフトが遅れていることで知られているが、国内メーカーの予想外の奮闘ぶりは、異なる市場に合わせたEVの進展について、一つの手がかりを示している。 ブルームバーグがまとめたデータによると、2022年に発売された日産自動車の「サクラ」(三菱自動車との共同開発で生まれ、三菱では「eKクロス」の名称で販売)は、2023年に日本でもっとも売れたEVだ。2022年の「日本カー・オブ・ザ・イヤー」を共同受賞した両モデルは、日本におけるEV販売台数の約半数を占め、自動車業界団体のデータによると、2023年の売上台数は10月下旬時点で3万5099台に達している。 「軽EVを発売したのは、日本人の日常的なニーズや道路事情に適していると考えたからです」と、「サクラ」の国内事業を率いる日産のチーフ・マーケティングマネジャーのコンドウ・ケイコは説明する。
軽EVがマッチする日本独自の事情
「軽」(日本語で「軽い」を意味する)というクラスに分類される小さな箱型のEVは、日本の狭い道路を走行するのに最適だ。燃費が良く税金も安いため、公共交通機関が乏しい大都市以外の地域に住む労働者や家族に人気がある。 「サクラ」は電気モーター搭載で、従来の軽自動車を凌駕する加速とスピードを実現、普通車と変わらぬ軽快な走りを楽しめる。バッテリーの航続距離は約180キロと短めだが、家庭用コンセントに接続すれば一晩でフル充電が可能だ。 神奈川県藤沢市にある日産ディーラーの営業マンは、多くの人が近場の用事を済ませるための2台目として「サクラ」を購入していると話す。埼玉県に住むエバラ・タカトシ(59)は、子供が成長して大きな車が必要なくなったので、家族がセカンドカーとして使っていたハイブリッド車からサクラに買い替えた。 「妻の通勤距離はほんの6キロほどなので、サクラに買い換えました。私も乗っていますが、とても満足しています」
日本で普及が進まないEV
「サクラ」と「eKクロス」は、未だ低迷中のEV市場で先頭を走っている。2022年の日本における新車販売に占める完全電気自動車の割合は、わずか1.5%だった。 「サクラ」の価格は政府の補助金を利用すれば約200万円になるので、「誰にでも手の届くEV」だとコンドウは言う。郊外や地方でガソリンスタンドが減少傾向にあることも、EVの普及を後押しする。EVなら家庭で簡単に充電できるためだ。国内メーカーでは、スズキのほか、トヨタ自動車とその子会社のダイハツが、3月までに商用軽EVを投入する。ホンダも2024年に投入予定だ。 とはいえ、すべての自動車メーカーが軽自動車ブームにのっているわけではなく、より大きな利益を生む大型EV車の生産に注力する企業もある。それは「ジャパンモビリティショー」で展示されたモデルを見ても明らかだ。 また、日本での成功を海外での販売につなげるのも容易ではない。「サクラ」と「eKクロス」は、諸外国の衝突基準に適合しない、排気量や最高速度に規制があるなど、さまざまな理由で世界では販売されていない。「サクラ」と「eKクロス」の最高時速は130キロ程度だ。 軽自動車は米国の道路を走ることができないが、メルセデス・ベンツは「スマート」ブランドで小型車のジャンルに参入している。当初はガソリンエンジンを搭載していたが、現在は中国自動車大手の「浙江吉利控股集団(ジーリー・ホールディングス)」と組んでEVとして販売している。 日産はEVの販売に関して、今後も優位を保ち続けるだろうとコンドウは自信をのぞかせる。その理由に挙げるのが、日産のディーラー網とEV販売経験、特に2010年以来、世界の主要メーカーによる初のEV「リーフ」を販売してきた実績だ。リーフの世界累計販売台数は、7月25日時点で、65万台を突破している。 「日本のEV業界のパイオニアとして、2024年、そして2025年も、日産のEV販売台数ナンバーワンであり続けることを目指します」とコンドウは語る。日産は2030年度までに19車種のEVを発売し、2028年までに全固体電池の採用も開始する計画だ。
日本の課題
広い意味で、日本のドライバーをEVにシフトさせるにはまだ困難が待ち受けている。 S&Pグローバル・モビリティのアソシエイト・ディレクターであるカワノ・ヨシアキによると、高価格であること、充電インフラが未整備であること、ハイブリッド車の選択肢のほうが豊富であることが、日本で完全電気自動車が普及していない主な理由だという。 日本自動車販売協会連合会と軽自動車の業界団体である「全国軽自動車協会連合会」のデータによると、2023年9月に日本で販売された車の約半数がハイブリッド車だった。 「バッテリーEVに関しては、中国と一部のヨーロッパ諸国で巨大な市場が生まれるかもしれません」と、SBI証券のエンドウ・マサハル企業調査部長は語り、アメリカでは中国と欧州ほど普及しないだろうと付け加える。そして日本については、「少なくとも当面は、EVが市場シェアの5割を占めることはないだろう」と見通しを述べた。 サクラを購入したスワ・ヨシノリ(41)は、補助金と、福島の自宅での充電システムの設置を日産がサポートしてくれたおかげで、購入コストが中古車程度に抑えられたと語る。 「ランニングコストが安く、何より給油やオイル交換の手間から解放されたことが一番うれしいですね」
Supriya Singh