年金の受給年齢が65歳に引き上げられ、「60歳以降も働きたい」と考える会社員が増えている。60歳以降の雇用継続は基本的に企業の財政難などもあり賃金の引き下げが行われることも多いが、そんなときは「高年齢雇用継続給付」に頼りたい。ところが2025年度からの「縮小」が決まっているという。
現場からは元上司が部下として戻ってくることに壁を感じる。縦社会がしみ込んだ日本企業で”かつての部下”の部下になったことを頭では理解できても、プライドなどが邪魔して体はなかなか順応できない。定年再雇用で新人時代の部の上司を今は部下として持つことになった大手メーカーの40代課長は、命令口調だったり、勝手に判断して指示を出したりする元上司に頭を抱える。「いつまで上司づらしているつもりなのか…」と漏らす。
人事ジャーナリストの溝上憲文氏が、変わりゆく「高齢社員の働き方」を解説する。
再雇用制度が多い中、大企業は継続雇用制度を導入
昔と違い、今では60歳を過ぎても働くのが一般的となった。公的年金が支給されないだけではなく、退職金も年々減少し、老後の生活を守るには働かざるを得ないのが現実だ。
それでも60歳以降はいったん退職し、元の会社と有期労働契約を結んで再雇用で働く人が圧倒的に多い。厚生労働省が12月22日に公表した2023年「高年齢者雇用状況等報告」によると、65歳までの雇用確保措置の内訳は、定年制の廃止が3.9%、定年の引上げが26.9%、継続雇用制度の導入が69.2%。継続雇用制度とは、本人が希望すれば引き続いて雇用する「再雇用制度」などであるが、再雇用の導入割合が圧倒的に高い。企業規模別では従業員301人以上では継続雇用制度の導入企業が81.9%と、大企業ほど継続雇用制度を導入している。
再雇用制度を選択する企業が多いのは、現役時代の給与を下げることができるからだ。最近は人手不足の企業を中心に65歳定年制を導入する企業も増えているが、定年が延長されると、賃金体系も変わらず、給与も減額されない。しかし大多数の再雇用社員は給与が下がる。
継続雇用者(フルタイム)の年収の平均は約375万円
再雇用社員の賃金は60歳前の5〜7割下がるのが一般的だ。パーソル総合研究所の調査(2021年5月28日)によると、定年後再雇用者の約9割が定年前より年収が下がり、全体平均で年収が44.3%も下がっている。50%以下に下がった人は27.6%であり、約5割の人が定年前の年収の半分以下になっている。
実際に60代前半(60歳以上64歳以下)の継続雇用者(フルタイム)の年収の平均は374.7万円。「300万円~400万円未満」が32.3%、次いで「400~500万円未満」が20.4%だが、「200~300万円未満」が16.5%の割合で存在する(労働政策研究・研修機構「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」2020年3月31日発表)。400万円以上もらえる人は恵まれた人であり、300万円前後の人も少なくない。実際に大手通信企業グループには年収300万円未満の再雇用者もいる。
年収が下がるだけではない。当然、管理職だった人は役職も外れ、一プレイヤーとして働くことになる。職場も元の部署で働く人が多いが、人員の関係で他の職場に異動する人もいる。サービス業の人事部長は「原則として同一の部署で働くことになっているが、よその部署に引き取ってもらう人もいる。元の部署だと人間関係もできており、気も遣ってくれるが、よその部署に行くと悲惨だ。お殿様扱いされることはなく、若い社員と同じようにこき使われ、仕事がきついと愚痴をこぼす社員もいる」と語る。中には、デジタル機器を使えずに「いらない」と言われ、1年で異動の憂き目に遭った人もいるという。
2025年から「高年齢雇用継続給付金」が縮小することが決定済み
慣れない仕事をフルタイムで働く一方で、給与は半分しかもらえない。働きがいが感じられずにモチベーションが下がる人も少なくないはずだ。
実は再雇用社員には、さらに追い打ちをかける事態が待ち受けている。前述の労働政策研究・研修機構の年収調査には、公的給付の特別支給の老齢厚生年金と高年齢者雇用継続給付が含まれている。
特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)は、男性の再雇用者は64歳から受け取れるが、1961年4月2日以降に生まれた人から廃止され、2025年度までに終了する。
また、定年前に比べて給与が減った場合に支給される「高年齢雇用継続給付金」が2025年からの縮小が決まっている。高年齢雇用継続給付金は、60歳到達時点の賃金より75%未満に低下した状態で再雇用される労働者に毎月支払われた賃金の最大15%の給付金を支給する制度だ。それが25年4月から10%に縮小され、さらに廃止を含めて検討される予定になっている。
高齢社員はますます能力にばらつきが出てくる
つまり、公的年金がなくなり、雇用継続給付金が縮小されると、年収はさらに下がり、大多数が年収200万円台に突入することになる。年収が下がると、社員のモチベーションが低下し、生産性にも影響を与えるなど、企業にも影響を与える。一部の企業は対応を進めている。例えば人手不足や技術継承、後進の指導などの必要性からシニア社員の活性化に向けた取り組みを進め、具体的には60歳から65歳への定年の延長や、再雇用期間の評価のメリハリを付けようとする動きもある。
企業の人事制度に詳しい人事コンサルタントは「定年後は一律の低い処遇での再雇用というケースが多いが、高齢になっても現役時代と変わらずに働ける人もいれば、年齢とともに気力・体力が落ちてくる人もいるなど能力にバラツキが出てくる。個別の人事管理が必要になるが、処遇においてはペイフォーパフォーマンスが基本になる。
40~50代は教育費や住宅ローンなど生計費を考慮し、ある程度処遇の安定性を確保する必要があるが、高齢期はペイフォーパフォーマンスを許容できると思う。報酬体系としては基本のベース給は低く設定し、その分パフォーマンスを上げている人はきちんと評価し、大きな額を支払っていくような設計が良いのではないか」と指摘する。
企業にとっての最大の問題は「バブル期入社組」の再雇用社員が大量に増えること
つまり一律定額の賃金体系から評価によって給与を増減させる仕組みだ。一方、企業にとっての最大の問題は、今後バブル期入社組の再雇用社員が大量に増えることだ。全員が会社の成長に貢献してくれるならよいが、そうでなければ人件費負担だけがのしかかる。その対策の1つが週休3日や隔日勤務制の導入だ。
前出の人事コンサルタントは「軽くなった責任や新たに生じた時間的・精神的ゆとりを学び直しなどのセカンドキャリアの準備も可能になる。企業の中には60歳以降の社員に限定して、副業を解禁したり、週4日の短日勤務や短時間勤務制度などの選択肢を提供したりする企業も増加している。60歳以降のキャリア自立という視点では働く人にとっても有効ではないか」と語る。
もちろん定年後は余裕を持って働き、趣味や起業の準備ための時間をつくりたい人にとってはありがたい仕組みかもしれない。しかし、週休3日や隔日勤務になれば、その分、年収が下がることになる。そうした人たちはフルタイムで働き、かつ成果を出さないと給与が上がらなくなる。逆に成果が低いと、これまで以上に給与が下がる可能性もある。再雇用社員の給与が今後、大きく変動していく時代を迎えることになる。