シャオミの新型EV『SU7』は電気自動車市場のゲームチェンジャーになるのか?

スマートフォンメーカーとして躍進する中国のXiaomi(シャオミ)がオンラインで新型電気自動車『SU7』のお披露目を行いました。初めて手掛けるEVとはいえ、航続距離や充電性能、インターフェースの操作性など、既存メーカーを凌駕するほどに魅力的なEVに仕上がった印象です。中尾真二氏のレポートをお届けします。

シャオミの新型EV『SU7』は電気自動車市場のゲームチェンジャーになるのか?

ロードマップを着実に実行していたシャオミ

日本時間、12月28日午後3時にXiaomi(シャオミ)がEVの発表を行うというアナウンスがSNSのTLに流れてきた。シャオミがEVを作ると発表したのが、3年前の2021年。その間、製品や開発状況に関するニュースもなく、中国で新興EVメーカーの苦戦が報じられるなか、忘れていた人も多いのではないだろうか。

発表イベントをオンラインストリーミングで視聴したので、速報の意味も兼ねてあらためてシャオミのEVと同社の戦略や市場へのインパクトを考えてみた。

シャオミは2010年創業の中国でも新興スマートフォンメーカーだ。比較的低価格ながらiPhoneやGalaxyのハイエンドモデルに並ぶ性能とデザインで若年層に人気のブランド。空気清浄機やキックスクーター、ボストンダイナミクスのSpotのようなロボット犬なども手掛けているが、ガジェットや黒物家電が多くハイアールやサムスンのように幅広い事業ポートフォリオを持っているわけではない。

そのシャオミがいきなり自動車に参入するとして、2021年の発表当時は日本でも一般メディアまでが取り上げるニュースになった。その後大きなアップデート情報もなく3年が過ぎ、シャオミEVはEVバブルがはじけた中国においてテスラやBYDになれなかった新興EVメーカーと同じ道を歩んでいるかに見えた。

ところが今回、「2021年の発表時には24年には市販車を市場投入するとしていたが、その前年ギリギリのタイミングでEVの発表イベント『STRIDE』を開催する」というアナウンスをシャオミが行った。

発表イベントでは、シャオミ創業者で会長のレイ・ジュン(雷軍)氏が24年半ばには最初のEVとなる『SU7』を発売すると明言した。価格こそ未発表だが「それほど高くはしない」とも述べた。

シャオミでは2021年の発表後、厳しい報道管制を敷き、あえてEV開発に関する情報を出さないようにしていたという。結果として、多くの人がアナウンスそのものを忘れてしまったかもしれない。しかし、一方で、メディアのノイズに惑わされることなく開発に集中できたのだろう。その結果が、発表時の計画通りといえる2024年のEV市販開始と、「STRIDE」で明かされたSU 7の性能に表れている。

チーフデザイナーは中国人

SU7は「SU」と名がつくがSUVではなくスポーツセダンだ。セダンにこだわったのは「セダンは基本であり多くの自動車メーカーもフラッグシップとしている(軍氏)」からだ。中国でも自動車は7年、10年と所有することが多く、いまのスタイルより7年後でも通用するデザインにこだわったという。

デザインは、欧州メーカーで経験のある中国人デザイナーを起用した。チーフデザイナーはBMWで初となる中国人グローバルデザイナー。BMW i Vision Circularのグリルデザイン、iX、7シリーズのデザインにも携わった人物。2021年の発表イベントのあとにヘッドハントしてSU 7のデザインを任された。

エクステリアデザイナーはメルセデスでコンセプトカーEQXXのエクステリアを担当した。インテリアデザイナーは、BMWでZ4、X1の内装を手掛けたという。中国EVブランドは、自動車メーカー系であっても海外の著名デザイナーに依頼、起用することが多いが、シャオミは基本デザインも中国人でまとめた。ただし、海外の目を排除したわけではない。BMWで17年以上の経験のあるデザインエキスパート(クリス・バンゲル氏)に、量産試作車を評価してもらっている。

軍氏によれば「クリスはデザインと車両の完成度を高く評価してくれた。貴重なアドバイスも得た」という。評価の後、シャオミのデザイン顧問になってほしいとオファーしたところ、バンゲル氏は快諾してくれたそうだ。

全体のデザインはポルシェタイカンを彷彿とさせる。後述するスペックもかなりタイカンを意識しているが、シャオミがこだわりを見せたのは空力特性。Cd値は0.195と世界最高水準だ。7か所のダクト、17か所のベンチレーション、サイドミラー(カメラ式ではなくミラー)やルーフのLiDARの形状にシミュレーションと風洞実験を繰り返し、係数を1つずつさげていった。

ディメンションは、全長4997mm、全幅1963mm、全高は1440mm。BMW 5シリーズとほぼ同じサイズだという。ホイールベースは3000mm。最小回転半径は5.7mで、3車線(おそらく中国国内の車線幅)あればUターンできるそうだ。

CATLの麒麟バッテリーを採用

最大出力は495kW(673PS)、最大トルクは838Nm。0-100km/h加速は2.78秒。0-200km/h加速は10.67秒、0-400mは11.13秒。最高速度は265km/h。100-0km/hの制動距離は33.3m。ブレーキシステムは電子制御ブレーキ、機械式ブレーキ、回生ブレーキ、など4重の冗長化が図られている。どの数値もタイカンよりも上回っている。プレゼンでは、タイカンの性能とSU7の性能の比較表を見せてスペックをアピールしていた。スポーツEVとしてのベンチマークはテスラModel S Plaidではなくポルシェタイカンを選んだようだ。

バッテリーはCATLの麒麟バッテリーを採用した。CTB(Cell to Body)による一体構造とし、容量は101kWh。800Vシステムのパワートレインを駆動する。航続距離はCLTCで800km(EPA換算でおよそ600km)と発表された。充電性能は800V級の急速充電器の利用で5分充電で220km走行分、15分充電で510km走行分の電力が可能だと説明した。ただ、800V充電器の詳細定格が不明なので実際の性能は評価できない。

安全性能については、市販前の車両のため客観的な評価ではないが、2024年版のC-NCAP、2023年版のE-NCAP(に準ずるテスト:およそ40項目)で5つ星相当の性能を確認していると述べた。フレームの90%に2000Mpaのハイテン鋼を使い、リアフレームはギガキャストで製造される。フロントのアッパーフレームには一体成型のブレース様の構造材を持つ。この3つが中央のバッテリーフレームの前後に組み合わされる。CTBバッテリーは、フレーム両サイドの内部に補強の入った中空構造のサイドシルとクロスメンバーとともに固定される。このセンターフレームは820kNの強度を持つ。

5ディスプレイ・ローンチコントロールなどギミックも満載

ルーフに特注のLiDARが装着されているが、ADAS機能やソフトウェアの機能についての詳細の発表はなかった。軍氏は「市販までに他の発表もある」と述べていたので、最終的な仕様はまだ確定していないのだろう。ただし、歩行者、二輪、その他を含む16ものアクティブセーフティ機能テスト、300,000kmにも及ぶADAS、自動ブレーキのテスト実績があるとも述べた。車載OSは「Xiaomi HyperOS」となるはずだ。SoCはSnapdragon 8295チップセット。ADASや自動運転にはNVIDIA DRIVE Orinがデュアル構成で搭載される。どちらもオートモーティブグレードを謳うチップセット、GPUだ。

ディスプレイはコックピット正面のインパネ、センターのフローティングコンソール、HUDと、運転席と助手席の背中に後席用のインフォテインメントディスプレイと合わせると合計5つとなる。フローティングコンソールの中央には大きなダイヤルと物理スイッチが左右に並ぶ。センターコンソールにはエアコン関連のボタンとリアスポイラーとアクティブサスの操作ボタンが配置される。

リアスポイラーは展開すると最大130kgのダウンフォースを発生させる。アクティブサスの操作ボタンは車高の上げ下げができる。段差やスロープを通過するときに利用する。もちろん走行中のうねりやコーナリングもアクティブサスの介入(自動制御)が行われる。

ギミックとして、ローンチコントロールシステム、ブーストモードが実装される。ブーストモードは20秒間だけパワートレインの出力をブーストさせる。

SU7のスペックは確かにすごい。だが、スペックだけならタイカンやテスラが次のモデルかアップデートでSU7を超えてくるかもしれない。あるいはリマックなど他のベンチャーが別のモンスターEVを出してくるだろう。

シャオミの戦略は水平分業か?

シャオミの発表で注目すべきは車両のスペックだけではない。今回は詳細発表されなかったインフォテインメントシステム、ADAS、自動運転機能の詳細がまず気になる。シャオミはSTRIDEで、同社のスマホ「Xiaomi 14」と「Xiaomi Watch」の限定モデルを24年に発売すると発表した。SU7に用意された3色のボディカラー(アクアブルー、ミネラルグレー、バーデンとグリーン)に合わせている。

まずはカラーコーディネートモデルだが、シャオミの狙いが、アップルが目指し攻めあぐねている、パーソナルデバイスとしての自動車だとすると、アプリ連携、クラウドサービス連携の広がりが期待できる。STRIDEでは、軍氏は「我々は車だけでなくエコシステムを作る」とも述べている。

異業種や新興メーカーの自動車市場への参入として見たときも、シャオミの戦略は独特であり今後の新しいビジネスモデルになる可能性がある。シャオミは小規模ながら自動車製造ラインを持つので純粋なファブレスに分類できないかもしれないが、自動車製造に関しては大規模な工場ラインを持たない新しい完成車メーカーのモデルを構築するかもしれない。

EVやCASEによって、OEMを頂点とするピラミッド構造が崩れるという話があった。しかし、BYDもテスラも成功しているEVメーカーは垂直統合モデルを踏襲している。厳密にいえば、バッテリーやEVプラットフォーム、統合ECU、ソフトウェアなど、EV、SDVのコアとなるコンポーネントを内製化し、それ以外は柔軟な調達を可能にする戦略だ。日本式のケイレツが強いサプライチェーンとは微妙に異なるが、ファブレスの身軽さより重要部分を手の内化して量産効果・品質向上を高める。

シャオミの工場は、2023年11月に北京で稼働を開始すると発表されている。北京工場は北京汽車傘下の企業。規模的に大規模な量産はできないとされている。今後の生産計画や工場展開に注目する必要がある。

第三の勢力として注目すべき企業

一説によると日本の新車開発にはおよそ1000億円の投資が必要だという。シャオミは自動車事業参入時の2021年に10億元(現在のレートで200億円弱)の資本金を投資している。さらに10年間で1兆円以上(発表当時の為替レート)の投資計画も発表している。今回の発表をみる限りスペックはグローバルで市販されている車両と遜色のない性能を実現できているようだ。

こういった新興勢力を否定することは簡単だが、完成車メーカーもサプライヤーも頭を切り替えれば、彼らと協力することで新しいラインを稼働させることができる可能性がある。高性能・高品質なパワートレイン、バッテリー、サスペンションは実績のある大手にこそノウハウが集中している。ファブレスに対してそれらラインや製品を提供することが、水平分業のエコシステムである。OEMのプライドが許さないかもしれないが、プロセッサのインテル、AMD。GPUのNVIDIA、半導体のTSMCなどなど。ものづくり市場で鍵を握るのは、消費者フロントエンドにいる企業だけではない。

シャオミが水平分業モデルに進むのか、それが成功するのか、新しい業界モデルの先駆けになるのか。これはまったく未知数だが、近いポジションとしてはソニーホンダモビリティがある。Turingのような企業にも参考になる部分がありそうだ。彼らは、レガシーモデル、テスラ・BYDモデルとは違った第三の勢力と見るべきだろう。

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