ドナルド・トランプ前米大統領は2020年春、新型コロナウイルス感染症の予防と治療で抗マラリア薬「ヒドロキシクロロキン」の使用を推奨した。効果も安全性も証明されていなかったにもかかわらず、繰り返し服用を米国民に勧めた。査読医学誌「Biomedicine & Pharmacotherapy」の最新号に発表された研究によると、米国など6カ国で、ヒドロキシクロロキンの服用に関連した新型コロナ患者の死亡例が推定で計1万7000人近くにのぼることがわかった。
ヒドロキシクロロキンは長年、抗マラリア薬として知られていたが、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)の第1波が起きた時に「臨床上の有用性を示す証拠がないにもかかわらず」(研究チーム)、一部の医師によって患者に処方された。
今回の研究では、ランダム化比較試験を行った44のコホート研究をメタ解析した。すると、米国、フランス、ベルギー、イタリア、スペイン、トルコで、新型コロナの入院患者計1万6990人が、ヒドロキシクロロキンを服用した結果死亡したと推定された。この薬は新型コロナ患者の死亡率を11%高めていた。新型コロナ患者での有害性は心臓への重篤な副作用などに起因するという。
トランプはパンデミック初期の2020年春、ホワイトハウスの新型コロナ・タスクフォースによる記者会見を仕切り(編集注:タスクフォースのトップはマイク・ペンス副大統領が務めていた)、新型コロナの予防と治療でヒドロキシクロロキンの使用を一貫して支持した。食品医薬品局(FDA)や疾病対策センター(CDC)をはじめとする米政府の公衆衛生当局の見解とは、まったく相いれない主張だった。
当時、臨床研究者も、同タスクフォースのメンバーだったアンソニー・ファウチ国立アレルギー感染症研究所長(当時)ら政府の公衆衛生担当の高官も、ヒドロキシクロロキンは新型コロナウイルスに対する有効性は実証されておらず、効果より害が大きい恐れもあると警告していた。
トランプが米国民に医学的根拠のない助言をした例はこれにとどまらない。2020年4月、新型コロナ対策には漂白剤などの消毒剤が役に立つのではないかとの考えを示唆したのは悪名高い。米中毒対策センターによれば、米国内では同年春、漂白剤など家庭用洗剤の摂取による中毒事故が前年の2倍に急増した。
トランプ政権の新型コロナ対策には、官民の連携でワクチンや治療薬、診断法の開発、製造、配布を促進する「ワープスピード作戦」をはじめ、評価できるものもあるのは確かだ。この作戦は、ワクチンや治療法の開発や実用化のスピードという点で非常に大きな成功を収めた。
しかし、トランプが医学的に根拠のない主張を繰り返したのは大いに問題だ。疾病対策に関する政府の勧告や助言は厳しく管理されるべきだし、必要な専門知識がある者だけが行うようにすべきだ。
医療専門家による発信の仕方など、米国の公衆衛生当局にも改善すべき点がないわけでなない。それでも、政府から国民にメッセージを発するのはやはり、確かな専門知識をもつ当局者であるべきだ。公衆衛生当局者も間違いを犯すことはあるかもしれないが、医師の資格、あるいは臨床科学のバッググラウンドをもっている。
トランプはそうではない。トランプは、証明されていない治療法や危険な物質を米国民に喧伝すべきではなかった。
この話の教訓は、医学的な専門知識のない大統領が公衆衛生当局の見解に従わない場合、厄介な事態が予想されるということだ。トランプのように、厳格な訓練を受けた医療専門家たちに実際の判断や指導を一任するのではなく、自分が誰よりも目立とうとする大統領の場合は、それとくに懸念される。