約3万人が避難所に身を寄せる被災地・能登半島に、全国の市町のトイレトレーラーが続々と集まっている。一般社団法人・助けあいジャパンが中心になって進める「災害派遣トイレネットワークプロジェクト・みんな元気になるトイレ」による派遣で、1月9日時点で8台、今後さらに3~5台が現地入りの予定。
被災者の健康に直結する災害時のトイレ問題。断水が続き、深刻化する水不足を連携して乗り越えようとしている。
避難所の住民はトイレトレーラーの到着を待っていた
大阪府箕面市のトイレトレーラーは、1月3日12時42分に箕面市を出発し、同日夜9時18分に石川県七尾市立中島小学校に到着した。
箕面市市民安全政策室の山田博昭さんは、箕面市道路管理室の職員と2人でトイレトレーラーを運んで行き、設置した。その後、箕面市に戻った山田さんに現地の様子を聞いた。
「皆さん、待ってらした。設置している時もずっと見てはりましたし、避難所の責任者の方に使い方を説明する間も一緒に聞いていて、すぐに使い始めました」と山田さんは話した。
学校のトイレは水が流れないので、トイレトレーラーをどのように使っていくか、住民たちで話し合っているようだったという。「大はこっち(トイレトレーラー)にしよう、小は学校のトイレにしよう、というようなことを決められているんじゃないかと思います」(山田さん)。
トイレトレーラーの給水タンクには約400リットル以上の水が入り、汚水タンクがいっぱいになるまでに約1250回の使用が可能という。設置場所の状況により異なるが、汚物はまとめてバキュームで吸い上げるか、下水道に落とすなどの方法をとる。
1台のトレーラーに4つの個室が載る。個室スペースは案外ゆったりしていて快適。使用後にペダルを踏んで水を流す。脇に小さなシャワーがついていて、流し足りないところを流せる。手を洗うシンクや鏡もついている。
(左)君津市のトイレトレーラー、(右)内部は脇についている小さなシャワーできれいに保てるようになっている(撮影:河野博子)
照明とポンプに使う電気は、車体上部の太陽光パネルによる太陽光発電で充電可能なバッテリーを電源としている。夜間も明るく、安心して使用できる。
9日時点で、七尾市に京都府亀岡市、山梨県北杜市、大阪府箕面市の3台、能登町に奈良県田原本町、群馬県大泉町、新潟県見附市、群馬県の4台、輪島市に千葉県君津市の1台と、合計8台が設置されている。さらに3~5台が派遣される予定で、現在設置場所などの調整が行われている。
トイレトレーラーを見て「洋式ですか」と喜ぶ
奈良県田原本町のトイレトレーラーは3日午後2時45分に出発し、4日午前11時05分に能登町の能都中学校の避難所に到着した。トレーラーを牽引する免許を持つ田原本町の職員2人が2トントラックに乗り込み、直線距離で450キロ離れた被災地に向かった。
道路は陥没したり、亀裂が入ったりしていたが「スピードを落として慎重に前に進んだ」という。トラックの前と横には「災害派遣車両 奈良県田原本町」と印刷した紙が貼られ、時々電波が途切れるスマートフォンのナビを見ながら進んだ。
地図 トイレトレーラー「みんな元気になるトイレ」が置かれた8か所(助けあいジャパンの情報をもとにごん屋が作成)
目的地の能都中学校の避難所に着くと、担当の能登町職員から「洋式ですか」と聞かれた。「洋式です」と答えると、能登町職員の顔に笑みが広がった。この避難所には仮設トイレが4つほど設置されていたが、和式のトイレだったようだ。
能登町の能都中学校前に設置された奈良県田原本町のトイレトレーラー(提供:奈良県田原本町)
仮設トイレは最近のタイプは洋式のものも出てきたが、古いものでは和式が主流。中学生くらいの女の子や小学3~4年生くらいの男の子とお母さんが、待っていたようにトレーラーのトイレに入ったという。
田原本町の職員は「今の小学生くらいは、和式のトイレを利用したことがない子が多いのではないか。中学校のトイレは断水で使えず、仮設トイレも和式しかないと、かなりストレスになっていたと思う」と推測した。
トイレトレーラーに水を補給する別動隊も稼働
「災害派遣トイレネットワーク」に参加するのは、全国19の自治体(1県と18の市町)。2024年3月末までにさらに3つの自治体が加わる予定。
災害が起きると、静岡県御殿場市を拠点とする事務局が連絡調整を行う。被災自治体からの要請をもとに、トイレトレーラーと職員を派遣する支援側自治体と派遣先の自治体、設置場所となる避難所と連絡を取り、諸条件を整える。
今回の能登半島地震では上水道システムが壊れ、水の確保が難しく、どの避難所でもトイレの水が流せないという事態に陥っている。トイレトレーラーには満水にすれば約400リットル以上の水が備えられているが、大勢が繰り返し使えば流す水がなくなる。
事務局の矢野忠義さんは「トイレトレーラーに水の補給を行うことが、支援継続の生命線」と考え、派遣の調整と同時に自治体と連携して「給水オペレーション」を進めている。
それによると、たとえば6~14日は、群馬県給水チームが県の給水車により、8カ所(9日時点)のトイレトレーラーを巡回して活動。給水チームは富山県内に泊まり、富山県の協力自治体で補水し、石川県内を回って給水を行っている。給水チームは週替わりで、5日までは山梨県北杜市が担当していた。
事務局に届いた派遣要請は、深刻な状況を訴えて助けを求めるものが目立った。ある病院は「ポータブルトイレに袋を仕込んで糞尿が数人分たまったら廃棄している」として、「なんとかトイレトレーラーの派遣をお願いしたい」と連絡してきた。
矢野さんは「トイレに行きたくなるから食べたり飲んだりをがまんする、ということもすでに始まっているようです」と心配する。トイレをがまんすることにより体調を崩し、病気になり、ひいては災害関連死にもつながる、ということはよく知られる。
夜間に行われた山梨県北杜市の給水チームによる作業。トイレトレーラーのタンクの水を補充(提供:助けあいジャパン)
災害関連死が増える懸念
災害派遣トイレネットワークプロジェクトの発起人で、助けあいジャパンの共同代表理事、石川淳哉さんは、5日に静岡県御殿場の事務局を出発、同日夜に現地入りした。「状況は伝わっているよりはるかに最悪」と、気をもんでいる。
石川さんによると、余震のたびに道路で通れない箇所ができ、交通渋滞が発生。上下水道の復旧にも時間がかかりそうだという。「能登半島には平野がないので、仮設住宅を作る場所を確保するのが難しいのではないか。ということは、避難生活が長期化するということ。スペース不足で過密状態の避難所も多く、感染症患者も出ている」と石川さんは懸念する。
「災害関連死を減らしたい」という思いから始まった災害派遣トイレネットワークプロジェクト。2016年4月の熊本地震の場合、273人の死者のうち223人が災害関連死で、地震そのものによる死者数50人の4.46倍に上った。石川さんは「このままでは死者数だけでなく、災害関連死の数も熊本地震のケースを超え、死者数の十何倍にまでなってしまうかもしれない」と危機感を募らせる。
8日、被災地は雪に覆われ、凍るような寒さに包まれた。「これまでの復旧復興とは違ったアイデアや知恵、創造力が必要になっている」。石川さんは声を絞り出した。
災害派遣トイレネットワーク参加の自治体が現在保有するトイレトレーラーは20台。目標は「全国に1741ある自治体の数」(石川さん)という。
富山県魚津市と福島県棚倉町(たなぐらまち)には、今年3月にトイレトレーラーが納車される。費用はそれぞれ約2600万円かかるが、その約3分の2は、国の緊急防災・減災事業債という仕組みを使って起債し、後に地方交付税として算入されるので、実質3分の1が市町の負担となる。
といっても、市町にとって約800万円の支出は痛い。そこで、両市町はクラウドファンディングの仕組みを使い、今月末まで寄付を呼び掛けている。お金を出してくれた団体や人の名前が車体後部に並ぶ。
とてもひとごととは思えない
2011年3月の東日本大震災の際、棚倉町は東京電力福島第一原発に近い海沿いの地域から避難してきた住民を受け入れた。避難所となった体育館ではトイレ不足が問題になった。今回のトイレトレーラーの導入は、すでにトイレトレーラーを導入している自治体の長から話を聞いた湯座一平町長の強い思いで決めたという。
棚倉町住民課の緑川好浩さんは、「元日の緊急地震速報、大津波警報を聞いた時にはぞっとしました。13年前の東日本大震災級の災害が石川県に降りかかった。とてもひとごととは思えない。大変な状況とは思いますが、助け合いをお互いできれば」「支援の輪を広げていきたい。1台でも多く、ほかの自治体でも導入していただければと思います」と話している。
千葉県君津市のトイレトレーラーの車体後部には、導入費用を賄うためのクラウドファンディングに応じた企業、団体、個人の名前が並ぶ(撮影:河野博子)
(河野 博子 : ジャーナリスト)