ダイハツ不正の真因は「技術力不足」、トヨタ出身経営者が見抜けぬ訳

 結論から言えば、ダイハツ工業が不正に手を染めた真因(問題を引き起こした本当の原因)は「技術力不足」にある。それを許したのは管理職の機能不全およびリスクに対する経営陣の機能不全だ。そして、少なくとも34年間、不正を継続し隠蔽し続けても問題にならなかったという現実が、同社の不正行為を正当化した──。これが専門家への取材を通じて得た、ダイハツ工業の不正問題の「真相」である(図1)。

 改めて、第三者委員会による調査報告書(以下、報告書)の見方は表層的なものにすぎないと指摘しておく。そのわけは、社員が「本当の事」を言えない点を見抜けなかったからだ。自動車を開発する企業としては、技術力が不足しているという現実を直視する、あるいは公にするのは難しいのだろう。この点を第三者委員会は見落としたのだ。

 ダイハツ工業に限らず、この種の報告書は社員へのアンケートが主体となっている。すなわち、自分が不正を犯した、もしくは誰かの不正行為を目の当たりにしたという正直な告白がベースとなって調査が行われる。社外の人間が自力で不正を見いだすのは極めて難しい。ましてやクルマづくりの門外漢であればなおさらだ。不正の証拠となり得る試験データや試験成績書、技術報告書、図面などを見るだけでは、不正を見抜くことはまずできないからである。

 だが、クルマづくりの現場の実態に詳しい専門家の目をごまかすことはできない。彼らの知見を踏まえて分析すれば、ダイハツ工業が不正を行った動機から管理職や経営陣の思惑までが見えてくる。

短期開発が原因との見方に疑問符

図2 報告書のうち不正行為の直接的な原因を示した箇所(赤線の枠)

図2 報告書のうち不正行為の直接的な原因を示した箇所(赤線の枠)

短期開発の日程の厳しさが認証業務の担当者を追い込み、不正を行ったと指摘している。(写真:日経クロステック)

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 報告書は不正の直接的な原因として、「短期開発」の存在を挙げている。これが「過度にタイトで硬直的な開発スケジュールによる極度のプレッシャー」(報告書)を生み、それが不正につながったというのだ(図2)。社員からも「短期開発プロセスの納期順守が一番の原因だと思」(同報告書)うという声が上がっている。報告書の見方はこうだ。

 2005年に当時トヨタ自動車の副社長だった白水宏典氏がダイハツ工業の会長に就任。恒常的な赤字体質に苦しむ軽自動車事業の収益性の改善を目指し、構造改革を打ち出した。その施策の1つが「短期開発 予算制思想の定着(以下、短期開発)」だった。

 そして、この施策に基づいて同社は軽自動車「ミラ イース」を開発し、2011年9月に市場投入する。開発リードタイムを大幅に短くしつつ、燃費をJC08モードで30km/Lにまで高めながら、価格を79万5000円からと安価に仕上げた。ハイブリッド車(HEV)並みの低燃費でありながら、最廉価グレードが80万円を切るという低価格でミラ イースはヒット。これが「ダイハツとして大きな成功体験となった」(報告書)という(図3)。

図3 軽自動車「ミラ イース」とその技術の優位性を伝える記事

図3 軽自動車「ミラ イース」とその技術の優位性を伝える記事

エンジンの改良にアイドリング・ストップ機構の採用、車両の軽量化を進め、従来の軽自動車「ミラ」に対して燃費を約40%向上。30km/L(JC08モード)の低燃費を実現した。車格は違うものの、ガソリンエンジン車でありながら、当時HEVの代表格だったトヨタ自動車の3代目「プリウス」の燃費であった32.6km/L(同モード)に近づいた。価格も最廉価のタイプで80万円を切り、ヒット車種となった。(出所:日経クロステック、記事:『日経ものづくり』,2011年11月号,p.35、写真:ダイハツ工業)

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 ところが、この「成功体験」が足かせとなる。以降のクルマづくりにおいて短期開発が必須となったからだ。結果、販売に大きく影響する外観デザインと性能(設計目標値)を実現するための設計変更に時間をかける分、法規認証業務(以下、認証業務)に割ける時間がなくなったので不正を行った──というのが報告書の分析である。

スピード開発の導入は必然

 だが、「短期開発だから不正が起きた」という見方は早計だ。なぜなら、開発リードタイムの削減を目指すスピード開発は、他の自動車メーカーも取り組んでいた施策だからである。スピード開発を実現すれば、市場(顧客)のニーズにいち早く応えることができ、クルマが売れる確率が高まるのだから当然だ。

 そのため、各自動車メーカーはシミュレーションを駆使する、モジュラー設計を導入する、試作車を減らす、フロントローディングを実施するといった様々な工夫を講じて、特に派生車において大きな成果を上げていた。ミラ イースも軽自動車「ミラ」の派生車の位置づけである。

 例えば、マツダはデジタル技術を活用した開発「マツダデジタルイノベーション(MDI)」に比較的早い段階から着手し、開発リードタイムの短縮の成果をメディアなどでアピールしていた。ダイハツ工業の親会社であるトヨタ自動車も「積極的に取り組み、開発リードタイムの短縮を実現していた」(元トヨタ自動車の開発設計者)。他社も進める中で、ダイハツ工業が短期開発を導入するのは自然な流れだ。

 しかも、先の通り同社は軽自動車事業の赤字体質に苦しんでいた。比較的安価な軽自動車で利益を生み出すのは簡単ではない。事実、SUBARU(当時は富士重工業)は2008年に軽自動車の開発・生産から撤退している。むしろ、当時そのまま何も手を打たなければ、ダイハツ工業の軽自動車事業もジリ貧となっていた可能性は十分にある。

 問題は、短期開発を推し進めたことではなく、そのスピード開発に応えられる技術力をダイハツ工業が十分に備えていない点にあると見るべきだ

* ここでは絶対評価としてダイハツ工業の技術力が低いとは述べていない。同社の技術力は日本企業全体から見れば高いと言える。ここでは、自社が狙ったスピード開発の成果の高さに対し、相対的に技術力が追い付いていないという意味である。

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