ついに「ディズニー離れ」がはじまった…「アナ雪」の制作陣による創立100周年記念大作が大ゴケした根本原因

■2014年以降、世界興収10億ドル超の作品がゼロになった

ディズニー映画の魔法は、解けてしまったのだろうか。今年公開された大型タイトルのほぼすべてが不調に終わっている。

ウォルト・ディズニー・カンパニーの創設100周年を記念し、『アナと雪の女王』スタッフが再集結した入魂の最新アニメーション映画『ウィッシュ(WISH)』。日本では公開3日間で興行収入6億円と、一見好調だ。

だが、本国アメリカで感謝祭のホリデーシーズンに迎えたオープニング初週末、感謝祭を含む5日間で3160万ドルという期待外れの興行成績に。米CNBCニュースによると、アナリストたちが4500万~5500万ドルを稼ぐと期待していたところ、大幅に下回った。対照的に、ライオンズゲートの『ハンガー・ゲーム0』は、4220万ドルで首位に輝いた。アップルとソニーのリドリー・スコット最新作『ナポレオン』が3275万ドルで続く。

ディズニーが今年公開した作品は軒並み、100周年の祝賀ムードに水を差す厳しい事態を迎えている。米有力エンタメ誌の『バラエティ』は、パンデミック期間を除く2014年以降で初めて、世界興収10億ドル超の作品を年間通じて1作も出していないと指摘する。CNBCは、ディズニーは「星に願いを」などと言っている場合ではない、と発破をかける。

■英紙は『マーベルズ』を「完全な大失敗」と酷評

『ウィッシュ』以外にも不調は続いており、業界で不動の地位を築いてきたディズニーの雲行きは怪しい。

黒人女性の主役抜擢で賛否両論を呼んだ5月米公開の『リトル・マーメイド』実写版や、若年層の集客に苦戦した6月の『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル(Indiana Jones and the Dial of Destiny)』など、著名ブランドを背負ったリメイクや続編でさえ厳しいパフォーマンスにあえぐ。根強いファンを持つインディ・ジョーンズさえ、最新作ではシリーズ最低の興収を記録した。

極め付きは11月公開『マーベルズ(The Marvels)』の不発だ。大手映画情報サイト「IMDb」傘下の興収情報サイト「ボックスオフィスMojo」によると、世界4000館以上で封切りを迎えた11月のオープニング成績は、4611万ドルに留まった。10億ドルの大台がはるか彼方に霞む惨状を、英ガーディアン紙は「完全な大失敗」であったとみる。

一方、ディズニー配給のピクサー新作『マイ・エレメント(Elemental)』は収益ラインを確保。また、人気作続編の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3(Guardians of the Galaxy Vol. 3)』は唯一といえる大成功を収めた。後者は10億ドルを射程圏に入れる8億4500万ドルと健闘したが、全体の落ち込みを相殺するには至らなかった。

『バラエティ』誌は、ディズニーの黄金期は2019年であったと指摘。長く続いたスーパーヒーロー・シリーズを大団円へ導く『アベンジャーズ/エンドゲーム(Avengers: Endgame)』や、1シーンを除き完全3DCGで名作をリメイクした『ライオン・キング(The Lion King)』を筆頭に、実に7作品もが10億ドルを突破していたと振り返る。苦戦の今年とは雲泥の差だ。

Disney+

写真=iStock.com/David Peperkamp

※写真はイメージです – 写真=iStock.com/David Peperkamp

■「ディズニープラス」独占公開の落とし穴

不振連発のディズニーに、同社の方向性と戦略に対する懸念が高まっている。アナリストたちは、パンデミック中に誤った戦略を採用したことなど、複数の要因を指摘する。

ディズニーはパンデミック中、劇場への足が遠のいたことから、最新作を直ちに同社のストリーミング・サービス「ディズニープラス(Disney+)」で独占公開する戦略を採った。外出控えが何年続くとも知れなかった当時、劇場依存からの脱却は、やむを得ない方針だったともいえる。

だが、これが映画の“安売り”につながった。米調査企業のアナリストは、『バラエティ』誌に対し、映画鑑賞という体験価値の切り下げにつながったと指摘する。業界全体が「短期的思考」に走った結果、観客がストリーミングにより慣れ親しみ、大スクリーンへの関心が低下したとの分析だ。

CNBCニュースによると、ディズニーのCEOに返り咲いたボブ・アイガー氏も、おおむねこの分析を追認している。ニューヨーク・タイムズ紙主催のイベントに出席したアイガー氏は、家庭での鑑賞環境が向上していると前置きし、次のように続けた。

「そして、考えてみれば、これはお買い得です。ディズニープラスのストリーミングは、月7ドル(日本では月990円~)で視聴できます。家族全員で映画を観に行くより、ずっと安い」「だから、家から出て映画館に足を運んでもらうためには、ずいぶんとクオリティのハードルが上がったように思います」

■映画館の大画面より、スマホの小さな画面で十分

パンデミック中、劇場公開のフェーズを飛ばし直接ストリーミングで配信されたディズニー作品には、2020年の実写版『ムーラン(Mulan)』などがある。所有するピクサーブランドからは、音楽教師が不思議な世界へ迷い込む2020年の『ソウルフル・ワールド(Soul)』、良い子を演じ続けた少女の身体が異変に見舞われる同年の『私ときどきレッサーパンダ(Turning Red)』、海の種族がイタリアの港町を冒険する2021年作品『あの夏のルカ(Luca)』など、良作が続々と映画館公開を断念。安価なストリーミングでの封切りという憂き目に遭った。

ディズニープラスで公開となったこうした作品の一部には、一般的な劇場作よりも質で劣るものがあったと指摘される。しかし、それを差し引いても、ディズニープラスならばわずか月7ドル払うだけで、家のリビングに集まった家族全員が見放題だ。圧倒的なコストパフォーマンスに誘導され、多くの観客は大スクリーンへ足を運ぶ意義を見失った。

一方、ヒーロー作品で人気のマーベルブランドでは、長く引っぱりすぎたストーリーが重荷となった。「アベンジャーズ」「アイアンマン」「スパイダーマン」などそうそうたるシリーズがそろい踏みするマーベル作品群は、「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」と呼ばれる独自の世界観が複雑に交錯する。時間軸とキャラクター同士の関係性が作品を超えて作用し合うストーリーラインは、予想を超えた連携と深みでファンに嬉しい驚きを与えた。

パリのウォルト・ディズニー・スタジオの入り口

写真=iStock.com/Razvan

※写真はイメージです – 写真=iStock.com/Razvan

■観客の「スーパーヒーロー疲れ」も一因

その半面、スタート地点となった2008年の『アイアンマン(Iron Man)』公開から実に15年が経過したいま、肥大化したバックストーリーに観客は疲れを感じている。映画・ドラマ情報誌の米スクリーン・ラントは、宿敵との長い争いに一定の結末が描かれた2019年黄金期の『アベンジャーズ/エンドゲーム』を最後に、カジュアル層はMCUへの興味を失ったと指摘。量産されるヒーローにより、観客は「スーパーヒーロー疲れ」に苛まれていると論じている。

作品テーマの不在も問題だ。MCU作品群で「史上最もディズニーらしい」と評される『マーベルズ』だが、決して褒め言葉ではない。ディズニーのアニメーション作品で好評のミュージカルシーンをマーベル世界に持ち込んだ結果、本作には「大胆だが見当違いな一歩」との酷評も寄せられている。

本家ディズニーブランドでも、ノイズが問題だ。100周年記念の最新作『ウィッシュ』は、ファンサービスとばかりに、ディズニーが生み出したありとあらゆるアニメーション作品のオマージュを盛り込んだ。ガーディアン紙は、『ウィッシュ』は100年分のディズニー・アニメーションのイースター・エッグ(隠し要素)を織り交ぜようとした結果、テーマとなるメッセージを伝えるのに苦労する雑然とした物語になった、と不満を述べる。

■娯楽作品なのにお説教臭い…ファミリー層に響かなくなった

いわゆるポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)への積極姿勢も、少なくとも興行収入の面では、現在のところ良い結果を招いていないとの批判がある。ポリコレは、差別表現や不快感のあるコンテンツを生まぬよう意図した、人種・宗教・性的指向などにおける公正な配慮を指す。

ディズニー作品の例では、原作で白人だった主役を実写版で黒人女性に変更した『リトル・マーメイド』や、有色人種を含む3人の女性を主役に迎えた『マーベルズ』などが論争を呼んだ。反発心の強い特定のネットユーザー層から反感を買っているほか、本来ディズニーがターゲット層としているファミリー層にも、施策のねらいがいまひとつ響いていないとの見方がある。

スクリーン・ラントやガーディアンなどが揃ってこうした傾向を指摘したほか、米ニュースサイトのハフポストも『マーベルズ』苦戦の理由のひとつに挙げている。

もっとも、著名レビューサイト「ロッテントマト」におけるスコアは、『リトル・マーメイド』、『マーベルズ』とも一般の観客に好評だ。

通例、作品の意義やメッセージ性に強く反応する批評家によるスコアは、両作とも60点台と低調。これに対し、娯楽性に大きく反応する傾向のある観客スコアは、それぞれ94点、83点の高水準となっている。よって、爆発力のある興収を実現できなかった要因は、必ずしも作品の内容だけではないだろう。すっかり根付いてしまったストリーミング配信での視聴習慣が、劇場への足を遠ざけているといえそうだ。

■強気の値上げを続けるテーマパークとは真逆の結果に…

100年続いたディズニーの魔法がいま、徐々に輝きを失おうとしている。パンデミックのやむを得ない施策だったとはいえ、魔法の中核である大スクリーンをディズニーは安売りしてしまった。映画館で過ごす特別だった2時間に、観客がまた価値を見出す未来は訪れるだろうか。

ある米アナリストは『バラエティ』誌の取材に、「ディズニーは今でも、ほとんどのスタジオが夢見るような方法で消費者とつながっています」と、ブランドの不動の地位を強調する。米ABCやESPNなどのメディアネットワークや、テーマパーク部門などを幅広く所有する強みを生かし、グループの総合力で回復の道をたどれるか。

パンデミック中も高付加価値路線を突き進み、2021年10月に強気の値上げを実施したテーマパーク部門とは裏腹に、映画部門では製作コストを下げ鑑賞体験の安売りを推進してしまった。映画製作に関してアイガーCEOは、質より量を重視する姿勢が続いていたことを認め、ストーリー性と品質への回帰を打ち出している。

誰もが夢中になった良質なディズニー映画が、今後も子供たちに受け継がれるよう、力強い具体策が待たれる。ディズニーの歴史は、次の100年へ踏み出したばかりだ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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