バイデン米政権の看板政策である電気自動車(EV)普及策が早くも曲がり角を迎えている。2023年には初めて年間の販売台数が100万台を超えたもようだが、ここにきて売れ行きが急失速している。購入補助金の支給や充電インフラの整備が一部の高所得地域に偏り、恩恵が行き渡っていないためだ。各地で「EV砂漠」と呼ばれる普及の空白地帯が広がりだしている。
高校生でもEVブーム
23年12月、米テスラのお膝元である西部カリフォルニア州。流行服を競って買うように、若者の間でEVブームが巻き起こっている。ロサンゼルス近郊のオレンジ郡に住むジェームズさん(27)がカラクリを教えてくれた。
「友人らがEVが安いと話題にしていた。国だけでなく州の補助金もあって助かったよ」。ジェームズさんは8月、テスラの多目的スポーツ車(SUV)「モデルY」を通常の3割引きとなる実質3万3000ドル(約480万円)で購入した。
連邦政府と州独自の補助金制度を二重に使う。「高校生ですら、テスラ車に乗っている」。IT(情報技術)関連企業で働くジェームズさんの周囲では、補助金を使って子どもにEVを買い与える同僚も多いという。自身も乗り遅れまいと購入を決めた。
もちろんこのような環境は当たり前ではない。データをつぶさに見ると、EV人気がいびつな制度に支えられている実態が浮かんでくる。
補助金8万件を解析
日本経済新聞はカリフォルニア州の公開データを使って、EV補助金の支給状況を調べた。2021年1月から23年3月に8万件あまりの利用があったが、補助金の支給先は高所得者の多い地域に集中していることがわかった。
1人当たり支給額が最も多かったのは、州中部のマウンテンハウス地区だ。世帯年収の中央値は16万5000ドルと、州全体と比べて2倍近い。州でも屈指の豊かな住宅地だが、ほかの地区に比べて7倍ものEV補助金を受け取っていた。
より広い郡単位でみても、映画関係者が多く住むハリウッドを含むロサンゼルス郡、アップルやグーグルなど有力企業が拠点を置くサンタクララ郡で支給が多かった。
ジェームズさんもそうした恵まれた一人だ。給料が比較的高い情報技術者で、住むオレンジ郡アーバインも高級住宅街で知られる。
カリフォルニア州は全米でもエコカー先進地とされ、23年はEV購入者に最大7500ドルの補助金を提供してきた。連邦政府のインフレ抑制法(IRA)と併用すれば、EVを最大1万5000ドル安く買える。
モデルYは通常価格が4万5000ドル〜6万ドルと比較的高い。それが普通のガソリン車並みに下がるだけに、効果は大きい。実際、支給された補助金8万件のうち66%はテスラ車が対象だった。
しかし肝心の利用が偏っている状況が見えてきた。
EV格差の実態
カリフォルニア州にある58の郡単位別では、格差がより鮮明となる。平均所得が10万ドルを超える郡は5万ドル未満の郡に比べて約3倍ものEV補助金を出していた。
出遅れた地域はますますEV化の波に取り残されつつある。
農業が盛んな州北部ストックトン市。現地を訪れると、ガソリンで走る大型のピックアップトラックが目立って増え出す。IT大手が集まり、EVが新車販売の3割を占めるサンフランシスコ市からほど近いが、まるで別の州に来たかのようだ。
ストックトンは州が「恵まれないコミュニティー」に指定し、優先的に環境投資を回している。それでも地域を走るEVはごく少数だ。同市の世帯年収の中央値は7万1600ドルと、州全体の中央値より2割強少ない。
郡によってEV普及の明暗が分かれる大きな要因が充電インフラだ。
充電インフラで明暗
ストックトンで低所得層向けにEVのカーシェアを提供する非営利組織(NPO)ミオカーのグロリア・フエルタ氏は訴える。「EVの普及には公共の充電器が足りない。置いてあっても故障していることが多い」
高所得の郡は人口1500人に1カ所程度の密度で充電器を設置している。これに対し、低所得の郡では7800人に1カ所だけと5倍以上の開きがあった。ストックトンのあるサンホアキン郡は6500人に1カ所だった。
米エネルギー省の充電器設置データを調べて割り出した。
相対的に貧しい地域は高価なEVを買える住民が少ない。さらに充電器の数も不十分で、EVの利用が進まないという負の循環が続いている。関係者らがEV砂漠と表現する、車の電動化に乗り切れないエリアが次々と生まれている。
「補助金なしでもEVを買える豊かな層が不釣り合いに大きな恩恵を受けている。不公平なだけでなく逆進的だ」。カリフォルニア州立工科大のケビン・フィンガーマン准教授は連邦政府や州の資金が富裕層に流れる現状を批判する。
健康問題に影響も
EV砂漠は住民の生活環境にも影響しかねない。
南カリフォルニア大のエリカ・ガルシア助教授らは13〜19年の州内のEV普及状況と健康への影響度合いを調べた。人口1000人あたりのEV保有台数が20台増えると、その地域はぜんそくにかかる割合が3.2%下がる結果になった。
「車移動が多いカリフォルニアでは、大気汚染による健康への悪影響が特に低所得地域で大きい。EV化で最も恩恵を得るはずの地域社会が取り残され、不公平が続く恐れがある」。ガルシア氏は指摘する。
EV補助金事業を運営してきたカリフォルニア州大気資源局(CARB)は、公平性に重点を置いてこなかったのは意図的だと反論する。
あえて富裕層優遇の弊害
同州は10年から購入補助に累計12億ドルを出してEV普及に取り組んできた。新技術は「アーリーアダプター(新しい物好きの消費者)」から徐々に広まる。そうした理論を参考に、EV比率が新車販売の16%に達するまでは、あえて富裕層優遇を続けてきたと関係者は明かす。
バイデン政権の政策にあわせたカリフォルニア州のEV補助金も資金が底を突き、23年11月8日に利用者からの応募を打ち切った。多くは中高所得層向けに流れたとみられる。
「経済状況や交通事情など、住民の需要に基づく補助制度に全面移行していく」。CARBの担当者、リサ・マキュンバー氏は今後の補助金のあり方について話す。
カリフォルニア州はかつてハイブリッド車(HV)の普及で先行し、厳しい環境規制やエコカーを奨励する取り組みは全米各州の模範となってきた。
EVも同様に足元の販売比率が20%強と、全米平均の約8%を大きくリードする。バイデン政権は2030年までに新車販売の半分をEVなどの電動車にする目標を掲げる。すでに12州がカリフォルニアの制度を参考に補助金の仕組みを取り入れたとされ、出遅れていた東部メーン州なども導入に動き出した。
だがその実態は持てる層に優先して資金やインフラを回すという急場しのぎの政策だった可能性がある。持たざる層を取り残したままでは、EV普及に急ブレーキがかかるだけでなく、社会の分断を助長しかねない。バイデン政権が命運を託す目玉政策が逆にアキレス腱(けん)となるおそれがある。
(シリコンバレー=山田遼太郎 ニューヨーク=朝田賢治、野一色遥花)