「水素エネルギー」を重視するヨーロッパ。グリーン水素、ホワイト水素、グレー水素の綱引きとは

脱炭素化を重視する欧州連合(EU)は、その戦術の一環として、水素エネルギーの活用を重視している。

EUの執行部局である欧州委員会は、2019年に発表した「欧州グリーンディール」構想(経済成長と脱炭素化の両立を目指す構想)に続き、翌2020年に「欧州水素戦略」を発表し、EUで水素の利用を進めていくことをうたった。

さらにEUは、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻したことを受けて作成した行動計画「リパワーEU」の中で、水素の利用を加速させるための計画(水素加速化計画)を発表し、2030年までにEU域内の水素供給量を2000万トン(域内生産が1000万トン、輸入が1000万トン)に引き上げるという数値目標を定めるに至った。

「欧州水素銀行」とは何か

もっとも、水素供給量を引き上げるためには、政策的な支援が不可欠だ。加えて、利用する水素は、生産の過程で二酸化炭素を排出することがない「グリーン水素」である必要がある。

そのため欧州委員会は2023年3月、グリーン水素の生産を引き上げることを目的とする政策文書(「欧州水素銀行」構想に関する政策文書)を公表した。

EUネットゼロ産業法と欧州水素銀行に関する記者会見に立つ欧州委員会のフランス・ティメルマンス欧州グリーン・ディール担当上級副委員長。2023年3月、ベルギーにて。© BUSINESS INSIDER JAPAN 提供

この「欧州水素銀行」とは、具体的には、グリーン水素の生産者に対して補助金を与える制度だ。2023年11月末、欧州委員会は総額で8億ユーロの補助金を給付するための競争入札を行った。応札した生産者のうち、グリーン水素の生産コストが小さい生産者から順に落札する仕組みとなっており、結果は2024年3月に公表される。

選定された生産者は、その後10年間にわたって補助金を得ることができる仕組みだ。

生産者に補助金というインセンティブを与えることで、グリーン水素の全体の生産コストを引き下げようというわけだ。それ以外にも、EUへの輸出を前提に、域外のグリーン水素の生産者に対する支援などを、欧州委員会は計画している。

水素関連プロジェクトを推し進める小国ブルガリア

ブルガリアの首都ソフィアの街並み© BUSINESS INSIDER JAPAN 提供

EU各国でも、水素関連プロジェクトを推し進める動きが広がっているが、ここで人口およそ690万人の小国ブルガリアのケースを見てみたい。国際通貨基金(IMF)によると、2023年時点で同国の一人当たりGDP(国内総生産)はおおよそ1万6000ドル(約230万円:1ドル=144円換算)と、日本の半分弱に過ぎず、EUの中では所得水準が最も低い国である。

そのブルガリアで、水素エネルギーの活用に向けたプロジェクトが続々と動いている。国営ガス会社ブルガルトランスガスは2023年11月28日、国内初となる水素輸送のためのパイプラインをギリシャとの間で建設すると発表した。欧州委員会による承認を受けたため、ブルガリア政府はこの計画へ直ちに補助金を給付できることになった。想像以上の値段で売れるかも

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またブルガリア政府は12月、同国の中南部の都市スタラ・ザゴラに建設中の水素バレー(研究から生産、消費までを一括した水素産業の集積地)に対して、EUからの支援に基づき、新たに820万ユーロ(約13億円)の補助金を給付すると発表した。なおこの水素バレーには、2023年1月にもEUからの支援で800万ユーロの補助金が給付されている。

さらに国営送電会社であるESO社は、国境検問所付近と主要都市の計11カ所に水素補給ステーションを建設する計画を立てている。電気自動車(EV)の充電ポイントの施設と合わせて、総工費は9300万ユーロ(148億円:1ユーロ=159円換算)と見積もられているようだが、これに関してもESOやブルガリア政府は、EUに対して補助を要請していると伝えられている。

要するにブルガリアは、経済の発展戦略の一環として、EUから多額の補助金を受けつつ、水素関連プロジェクトを推し進めている。むしろ多額の補助金が見込まれるからこそ、ブルガリアは水素関連プロジェクトを推し進めているという理解の方が正しいかもしれない。いずれにせよ、こうした水素関連投資はブルガリアのGDPを増やす方向に働く。

「グリーン水素」にこだわる欧州委員会、「グレー水素」を活用するポーランド

ポーランドで開かれる公共交通展示会「TRANSEXPO」で展示された水素バス。© BUSINESS INSIDER JAPAN 提供

確かに、水素エネルギーは多くの分野で活用が期待されるため、EUは供給サイドの支援を強めている。一方で、需要サイドに関しても、その掘り起しを進めていかないと、市場は拡大しない。ヨーロッパが念頭に置く水素需要は、主に産業用、特に鉄鋼業にある(図表)。鉄鉱石を還元する際、コークスに代わって水素を用いることができるためだ。

【図表】ヨーロッパで見込まれる産業別の水素需要(2030年時点)。© BUSINESS INSIDER JAPAN 提供

とはいえ、鉄鋼業以外の産業にも拡げていかないと、水素エネルギー市場の拡大は見込めない。水素エネルギーの幅広い活用に向けた社会実験を大国で行うことは非現実的なため、欧州委員会は、ブルガリアのような小国に委ね、その対価として潤沢な補助金を給付しているのだろう。

こうした点について、両者の関係はウィン=ウィンといえる。

中東欧でいえば、人口約3800万人を誇るポーランドも、水素エネルギーの活用に力を入れている。2023年末段階で、すでに11もの水素バレーを稼働させている同国だが、ポーランドで生産される水素のほとんどは、いわゆるグレー水素(化石燃料由来の水素)だ。欧州委員会が追い求めるのはグリーン水素であり、この点で両者は噛み合っていない。

他方で、欧州委員会の思惑通り、EUで水素エネルギーの需要が本当に高まっていくかは未知数である。

EUは再エネ由来のグリーン水素(再エネ発電に基づく電力で水電解を行って生産した水素)の活用に重きを置くため、生産コストが高くつく。EUはそれを補助金で引き下げているが、未来永劫にわたって補助金を給付するわけにはいかない。

EUの水素エネルギー戦略は花が咲くのか

東京の街を走る水素バス。© BUSINESS INSIDER JAPAN 提供

補助金に依存した産業は一本立ちができない。

徐々に補助金を減額し、市場での取引に委ねていく必要があるが、そのタイミングが難しい。産業の育成を考えた際、これは洋の東西を問わない課題だ。EUの場合、欧州委員会が事実上、水素を「再エネ由来のグリーン水素」に限定するなど、市場の裁定よりもルールを重視する傾向が強い。

そうした欧州委員会の理念の下、ブルガリアのような小国は経済発展の活路を見出している。実際、足元の経済成長にはつながっているようだが、出来上がった水素施設が、ブルガリアの持続的な経済成長につながるかは定かではない。

いずれにせよ、欧州委員会の思惑通りに、水素エネルギーの活用が広がっていくかは依然として未知数だ。

繰り返しとなるが、欧州委員会は「再エネ由来のグリーン水素」の活用に注力する。一方で、低コストで知られる「ホワイト水素」(地下に存在する水素で、従来は全く利用されていなかったもの)の採掘が進む期待もある。水素エネルギーの活用がグローバルに広がっていくとしても、そのけん引役を担うのは結局、ホワイト水素かもしれない。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

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