希代のプロフィギュアスケーターによる言動が波紋を呼んでいる。五輪連覇を成し遂げた「絶対王者」が大いに憤っているのだ。憤怒の矛先は本誌(「週刊新潮」)を含むメディアに向けられたが、それは「王様は裸だ!」と指摘する者が、周囲に皆無であることを示してはいないか。
***
【写真を見る】取材に重い口を開いた末延さん 楽器にキャリーケースという大荷物で移動中だった
競技選手を引退してから1年半、プロフィギュアスケーターとなった羽生結弦(29)の闘争心は、今なお健在のようである。
昨年12月26日、羽生は自身の公式SNSで、こんなメッセージを発した。
〈酷い“妄想”とか、“想像”や“嘘だけ”で記事になっててびっくりします すごいですね 訴訟して勝ってもなにも良いことないのでしませんが〉
さらに彼の公式インスタグラムでは、以下の直筆メッセージが投稿されたのだった。
〈10代の頃からずっと、嘘や妄想や、出会ったことすらない関係者さんの話で記事が出ますが…面白いですね ありったけの体力と精神と技術と、自分を、スケートに込めていきます。〉
この直筆メッセージの左上をよく見れば、幾つかのボツにしたと思われる紙が、クシャクシャに丸まった状態で捨てられている。
前妻・麻裕子さんが語った決意
ボクは怒りに打ち震えている――。そんな心象を演出するあたりに表現者としてのこだわりも感じるが、ここまで羽生が負の感情をあらわにするのは珍しい。なぜ自身のさっそうとしたイメージを覆すほどの挙に出たのか。どの記事に不快感を抱いたのかは記していないが、その答えは明らかだろう。
羽生が一連のメッセージを発したのは、奇しくも本誌と「週刊文春」が羽生のスピード離婚についての1月4・11日号の特集記事を、各々ウェブ上で「速報」した直後だったのである。
まず本誌は、結婚から離婚後に至るまで、長く沈黙を貫いてきた羽生の前妻であるバイオリニストの末延麻裕子(すえのぶまゆこ)さん(36)の初の肉声を掲載した。離婚について彼女は「私から何もお話しすることはできないんです……」という苦しい胸の内と、アーティストとして音楽活動を今後再開していくことについて「考えています」と話し、「それぞれ別の未来」への決意を明かしてくれた。
片や「週刊文春」は、末延さんを公私ともに支援してきた後見人が「羽生のうそは許せない」と実名告発。離婚理由は一方的に発表されたとし、バイオリニストの道を捨ててまで彼の故郷・仙台に嫁いだ末延さんを、羽生一家は厳しい制限下に置き「守ってやれなかった」と暴露したのだ。
“他人に責任転嫁している”という声も
振り返れば、羽生は昨年11月17日、自身の公式SNSで離婚を発表したが、
〈様々なメディア媒体で、一般人であるお相手、そのご親族や関係者の方々に対して、(中略)誹謗中傷やストーカー行為、許可のない取材や報道がなされています〉
とつづった上で、
〈現状のままお相手と私自身を守り続けることは極めて難しく、耐え難いものでした〉
などと記して賛否両論を招いたのは周知の通りだ。
芸能デスクが解説する。
「当初はSNSで熱狂的なファンが“羽生擁護”の論陣を張りましたが、世間一般からすれば、結婚発表から105日という早急な離婚宣言だったことや、肝心の離婚理由も不自然で、“もっと他に講ずべき手段があったのでは”“他人に責任転嫁している”などという声が目立つようになりました」
そうした疑問がくすぶる中、本誌が先の記事で指摘したのは、羽生が首尾一貫して妻の存在を公にせず、離婚時に「一般人」としたことへの違和感である。
“敵に勝つ”というメンタル
4歳の頃からバイオリンを始めた末延さんは、音楽界の名門・桐朋学園大を卒業後、都内の芸能事務所に所属。X JAPANのYOSHIKIや矢沢永吉といった大物と共演し、ジャンルの垣根を越えた音楽活動で注目を集めていた。
そんな彼女を、羽生は〈一般人であるお相手〉として頸木(くびき)にはめてしまったことが離婚の背景にあるのではないか。そうした報道が出た直後、羽生は冒頭のメッセージで不快感をあらわにするどころか、訴訟をちらつかせるなど挑発的な行動に打って出たわけである。
「羽生さんはアスリートでいらっしゃるので、“敵に勝つ”というメンタルが強くあるのかなと思います」
と話すのは、コラムニストの辛酸なめ子氏。
「プロに転向して他人と競(せ)ることがなくなった今、余計に気持ちが高ぶって戦闘モードのスイッチが入ったようにも見えます。純粋な怒りなのか、“報道はデタラメ”と主張するためなのかは分かりませんが、互いに好きで結婚したはずなのに、こんな状況になってしまったのは、羽生さんを応援してきた身としても、寂しいです。ファンもマスコミも静かに見守って、平和を願うしかないのでしょうか……」
「チーム羽生」を忖度する空気
たしかに冒頭に紹介した一連の「羽生メッセージ」には、約5万もの「いいね!」がついてはいるものの、羽生の公式SNSのフォロワー数は約25万を誇り、件の投稿は1200万回以上も閲覧されていた。辛酸氏のような思いを抱く人が、少なからずいる様がうかがえる。
ファンの中にも首をかしげる者が出るほどの痛烈なメディア批判。それを偽らざる本音として発信した羽生は、礼賛記事しか掲載されない海の向こうの王朝のごとく、自らの王国を築いてきた自負があるのだろう。
本誌1月4・11日号で報じたように、現役時代から羽生を支えてきた母や姉らは「チーム羽生」としてメディア対応にあたってきた。たとえばスポーツ紙の取材で意に沿わないものがあれば、競技に関係ないとしてはねつける。
メディア側も需要の高い羽生にインタビューなどの取材ができなくなることを恐れて、いつしか「チーム羽生」を忖度する空気が生まれていたという。
「大人の流儀」
離婚時に羽生が発したメッセージに疑問を呈し、注目を集めたジャーナリストの江川紹子氏に聞くと、
「羽生さんが離婚した際に〈許可のない取材や報道〉という言葉が独り歩きして、“マスコミけしからん”との声が一般の人たちのSNSなどから随分と発信され、報道のあり方について誤解が広まる危惧を覚えました。メディアは異なる立場の人の意見を聞いて、世間が何を信用するか判断材料を提供しているわけです。取材に許可が必要となれば、メディアは相手の都合のいい話しか報じられない広報媒体と化してしまう。羽生さんのメッセージを見る限り、自分の望む通りにメディアや世間一般を染め上げたい印象を受けますが、それは非常に危ないことです」
そう指摘した上で、江川氏はこうも言う。
「しかも今回、末延さん側に立った報道に対して〈うそ〉や〈妄想〉などというのは失礼な言葉です。『お相手を守るため』に離婚しながら、相手側を否定するのは言行不一致ですし、事実でないならハッキリとこの部分が違うと主張するのが大人の流儀ではないでしょうか。羽生さんの発信は〈10代の頃からずっと〉と匂わすだけで、どんな被害を受けたのか、具体的に何の報道か明確に指摘しない。メディア全体への不信をばらまくばかりで、残念ながら幼さを感じてしまいました」
母子密着型の親子
国民栄誉賞まで授かったヒーローに似つかわしくない発言を、周囲は止められなかったのか。
家族問題評論家の池内ひろ美氏は、こう指摘する。
「羽生さんは離婚時に〈お相手と私自身を守り続けることは極めて難しく〉と言及されましたが、『私たち夫婦』と言わなかったことで、やはり自分自身のことが大事だったのかという本音をさらけ出した気がします。過去のインタビューで彼は“唯一、ずっと一緒にいてくれる存在”と口にしていましたが、幼い頃から母親が栄養面や衣装作りのサポートをこなし、強い愛と絆で結ばれた母子密着型の親子に見えます。こうした密な関係が大人になってまで続くと、結婚した息子が『夫』『父親』という新たな役割を引き受けられず『息子』のまま年を重ねるというケースも多々見られます。特に王子様、王様のように育てられた男性が母親と親密だとお嫁さんが居場所をなくし、円満な夫婦関係を築くのは難しくなるのです」
改めて羽生の代理人弁護士にSNS発信の真意について尋ねると、
「メッセージ以外に申し述べることはありません。なお発信した当時、新潮の記事は承知しておりませんでした」
アンデルセンの童話「裸の王様(皇帝の新衣装)」は、異を唱える者が周囲にいない皇帝が、自身の本当の姿、実力を把握できなくなり国全体が不健全に進む様を描く。新しい装いでアイスショーに挑んでいる羽生には、己の姿がどう映っているのだろうか。
週刊新潮 2024年1月18日号掲載
特集「〈一般人〉は『羽生家』は嵌めた“頸木” 『羽生結弦』は裸の王様」より