2月24日にTSMC熊本工場が開所式
2021年10月に発表されたTSMC熊本工場の開所式が今年2024年2月24日に行われる(日本経済新聞、2023年12月11日)。この工場では今年末までに、12インチのシリコンウエハで月産5.5万枚の規模で、28/22~16/12nmのロジック半導体が生産されることになっている。総工費は86億ドルで、その約半分の4760億円を日本が補助金として支出する。
また、前掲の日経新聞には、6nmの先端半導体を生産する第2工場が計画されていることも記載されている。この第2工場は、今年4月に建設着工し、来年2025年に建屋が完成、翌2026年末までに生産が開始される見通しである。そして、日本からは7500億~9000億円もの補助金が支出されると報道されている。ということは、TSMC熊本工場には、合計で1.3兆円以上の補助金が投入されることになる。
巨額な補助金投入には反対
これに対して、筆者は一貫して、TSMC熊本工場に税金を原資とした巨額の補助金を支出することに反対してきた。その理由は2つある。
第1に、TSMC熊本工場は、日本向けの半導体を優先してつくることにはなっていない。そして、日本のシェア向上も、あまり見込めないからだ。
というのは、設計を専門に行う半導体メーカー、ファブレスが米国に約500社、台湾に数百社、中国には2800社もあるが、日本には10社程度しかないからだ。となると、前工程の製造を専門に行うファウンドリーであるTSMC熊本工場に生産委託する日本のファブレスは極めて少ないため、この工場は主として海外向けの半導体を生産することになるだろう。このような工場に巨額の補助金を投入するべきではない。
第2に、TSMC熊本工場ができても、日本政府が主張するところの経済安全保障が担保されないからだ。その根拠は、TSMC熊本工場ができても、回路の原板であるマスクの設計と製造は台湾のTSMCが行う上に、後工程も再び台湾に戻ってASEなどのOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test、後工程専門の半導体メーカー)が行うからだ。つまり、TSMC熊本工場ができても、マスク設計と製造、前工程、後工程は、日本で完結しないのである。したがって、経済安全保障は何も担保されない。
さらに、最近になって、TSMC熊本工場で、果たしてつくるものがあるのだろうか、という疑問が湧いてきた。本稿では、その詳細を論じたい。
その前に、なぜTSMCが熊本に進出して28/22nmをつくることになったのか、その後、16/12nmが追加されたのはなぜなのか、さらに6nmの第2工場が計画されたのはなぜなのかを分析する。
なぜTSMCが熊本に進出して28/22nmをつくることになったのか
時計の針を2021年に巻き戻してみよう。コロナ禍の2021年のお正月明け早々、半導体不足でクルマがつくれないという事態が起きた。その結果、クルマを国の基幹産業としている日米独は、台湾政府を経由してTSMCに車載半導体の増産を要請することになった。
その後、車載半導体だけでなく、PC、スマホ、TVやゲームなどのコンシューマー機器、ウエアラブル端末など、ありとあらゆる電子機器が半導体不足でつくれなくなった。その不足は、ほとんどが28nmのロジック半導体に集中した(図1)。
図1 半導体のテクノロジー・ノードとトランジスタの構造(28nmに多くの電子機器用の半導体が集中している)
出所:Joanne Chiao(TrendForce),“Wafer Shortages Drives the General Growth of Foundry Capacity in 2022”,Memory Trend Summit 2022“の発表を基に筆者作成
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なぜ、28nmに多くの電子機器が集中するのか? それは、トランジスタの形状、性能、半導体のコストに関係がある。28nmまではプレーナ型と呼ばれるトランジスタが使われていたが、16nm以降は3次元のFinFETと呼ばれるトランジスタに変わる。ここで、FinFETの方が半導体の性能が上がるが、ダブルパターニングという技術を使うためコストも上がる。
最先端のPCやスマホは、コストが上がっても、より高性能なトランジスタを使った半導体を必要とする。しかし、クルマを含めた多くの電子機器は、それほど高性能は必要がない。それより、コストパフォーマンスに優れた半導体を使いたい。そのため、多くの電子機器が28nmに集中していたのである。そしてコロナ禍で、各種電子機器が爆発的に売れたため、この28nmが不足した。
そして、28nmが製造できるファウンドリーは、TSMC、韓国サムスン(Samsung)、台湾UMC、米グローバルファウンドリーズ(GlobalFoundries、以下GF)、中国SMIC、中国HH Graceの6社あったが、ファウンドリーのシェアの過半以上を独占していたTSMCに生産委託が集中した(図2)。しかし、当時5nmを大量生産し、3nmの開発を進めなければならなかったTSMCに、改めて10年前の技術の28nmの工場を立ち上げる余裕は無かったと思われる。
図2 ファウンドリーの売上高シェア予測(2021年、2022年)
出所:Joanne Chiao(TrendForce),“Wafer Shortages Drives the General Growth of Foundry Capacity in 2022”,Memory Trend Summit 2022“の発表を基に筆者作成
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そのような時に、日本政府から半導体工場誘致の打診があった。聞いてみると、設備投資は半額補助してくれるし、土地、水、電気などの準備も協力してくれるという。TSMCとしては願ったり叶ったりというわけで、2021年10月に、熊本に進出して28/22nmのロジック半導体のファウンドリーを建設することにしたのだろう。当初は月産4.5万枚の規模だった。
なお、TSMCにとって、22nmは28nmの改良品なので基本的に28nmと同じである。
なぜ16/12nmもつくることになったのか
その翌年の2022年2月15日、TSMC熊本工場には、ソニーが20%、デンソーが10%出資することになった(日経XTECH、2022年2月15日)。そして、28/22nmに加えて、トランジスタがFinFETとなる16/12nmも製造することになり、製造キャパシティも月産5.5万枚に引き上げられた。なお、TSMCにとって、12nmは16nmの改良品であり、基本的に16nmと同じである。
さて、なぜ、TSMC熊本工場は、コスパの良い28/22nmだけでなく、性能も上がるがコストも上がる16/12nmをつくることにしたのだろうか?
筆者は、当時を振り返ってみて、次のように考えている。前述したように、2021年に世界的に28nmが不足した。そして、その28nmの生産委託はTSMCに殺到していた。そのため、TSMCはもちろんのこと、サムスン、台湾UMC、米GF、中国SMIC、中国HH Graceが全力で28nmの増産を行った。その結果、2022年には、28nmの不足が解消してしまったのである。
すると、28/22nmを想定していたTSMC熊本工場は、つくるものが無くて、ラインに閑古鳥が鳴く可能性がある。そこで、28/22nmの一世代先の16/12nmもつくることにしたのではないだろうか。つまり、TSMCとしては当初の計画が狂ってしまったため、ラインを埋めるために止むを得ず16/12nmをつくることにしたと考えられる。
ところが、TSMC熊本工場では、さらに先の世代の6nm用の第2工場が建設されることになったようだ。それはなぜだろうか?
TSMCにとって稼ぎ頭の7nm(6nm)
図3に、TSMCのテクノロジーノードごとの売上高の推移を示す。この図から、TSMCの独特のビジネスモデルが見て取れる。
TSMCは一旦立ち上げたテクノロジーノードの半導体工場を、よほどのことがない限り立ち下げない。そのため、最もレガシーな0.25μm以上から、最先端の3nmまで、まるで地層を重ねるように、各テクノロジーノードの売上高が加算されている。
図3 TSMCのテクノロジーノード別の売上高(~2023年Q3)
出所:TSMCのHistorical Operating Dataを基に筆者作成
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ただし、2017年後半に立ち上がった10nmは、2019年には消えていった。このように稀に、出来損ないのテクノロジーノードが消えていくことがある。そして、TSMCには10nmが無いから、16/12nmの次の世代は7nmということになる。
この7nmが立ち上がったのが2018年第3四半期(Q3)である。その翌年の2019年Q3には、世界で初めて最先端露光装置EUVが量産適用され、そのテクノロジーノードを7nm+と呼んだ。当初は、7nmの製造キャパシティ月産15万枚のうち、僅か1万枚程度だったが、その後、7nm+が主流になっていき、それを6nmと呼ぶようになっている。つまり、TSMC熊本の第2工場は、EUVを使う6nmを想定している。
そして、2019年以降は、TSMCの売上高の半分を7nm(6nmを含む)と5nmが占めるようになっていく。TSMCは、7nm以降をアドバンステクノロジーと呼んでおり、それが稼ぎ頭となっていったわけだ。その稼ぎ頭の6nmを、日本の補助金を使って、熊本の第2工場でつくろうと目論んだわけだ。
では、28/22~16/12nmの第1工場、および、7nm(6nm)の第2工場は、TSMCの想定取りに量産し、利益を上げることができるだろうか?
TSMCの各テクノロジーノードの売上高
前掲の図3では、テクノロジーノードごとの売上高を積算してグラフ化した。今度は、各テクノロジーノードの売上高を見てみよう(図4)。この図を見ると、TSMC熊本の第1工場も第2工場も、その未来は絶望的である。
図4 TSMCの各テクノロジーノード別の売上高の推移(~2023年Q3)
出所:TSMCのHistorical Operating Dataを基に筆者作成
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まず、28nmは、確かに2021年Q3頃から売上高が増大していたが、2023年Q1でピークアウトして減少している。また、16/20nmも、2020年Q4から売上高が増大したが、2022年Q2以降減少に転じている。なお、TSMCの20nmの売上高はかなり小さいので、16/20nmのグラフは、「ほとんど16nm」と思っていただいて間違いない。
このように、28nmも16nmも、TSMC台湾工場での売上高が減少している。この状態で、果たして、TSMC熊本の第1工場でつくるものがあるのだろうか?
次に、稼ぎ頭だったはずの7nm(6nm含む)はもっと悲惨だ。2018年Q3以降、売上高が急拡大していたが、2022年Q2に54.5億ドルでピークアウトし、その後、急激に減少して2023年Q3にはピーク時の約半分の27.6億ドルまで落ち込んでしまった。このままいくと、10nmのように消滅してしまう可能性がある。
そして複数の情報筋から、TSMCの7nm(6nm含む)のラインの稼働率は50%以下(もしかしたら30%?)まで落ち込んでいると聞いた。つまり、世界的に7nm(6nm含む)の需要が無くなってきていると言える。
そのような7nm(6nm含む)の第2工場を熊本に、7500~9000億円もの補助金を投入して建設するというのは、もはや自殺行為だろう。即刻、中止すべきである。
今後もファウンドリーの稼働率は元に戻らない
さらに追い打ちをかけるように、悲観的な予測が出てきた。2023年12月14日、台湾の調査会社トレンドフォース(TrendForce)のセミナー「産業フォーカス情報」が東京ベイ有明ワシントンホテルで開催された。そのセミナーで、トレンドフォースのアナリストのJoanna Chiao氏が、「TSMCの世界戦略と2024年半導体ファウンドリ市場の展望」の発表を行った。その中のファウンドリーの稼働率の予測を図5に示す。
図5 ファウンドリーの稼働率の予測
出所:Joanna Chiao(TrendForce)、「TSMCの世界戦略と2024年半導体ファウンドリ市場の展望」(TreendForce産業フォーカス情報、2023年12月14日)のスライド
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各ファウンドリーの稼働率は、2022年Q4から2023年Q2にかけて大きく落ち込んだ。TSMCも、99%から76%まで落ち込んでいる。そして、2024年も稼働率は、少しは上向くが元には戻らないと予測されている。もっと大きく回復するTSMCでさえ、2024年Q4に85%にしかならない。サムスンに至っては僅か67%に留まるという予測である。
このように、世界的にファウンドリーの稼働率が低調な中で、TSMC熊本の第1工場が操業を始めることになる。TSMCの台湾の本体でさえ85%の稼働率である。一体、TSMC熊本の第1工場は、つくるものがあるのだろうか? さらに、前述したように、世界的に7nmの需要が無くなっている中で、第2工場などをつくるべきではないだろう。
これまで日本の半導体産業においては、経済産業省などが政策を決めたら、その政策がおかしいものであっても、一旦決まったものは一切変更されず実行されてきた。その結果、日本の半導体産業政策は全て失敗に終わってきたという事実がある。
TSMC熊本工場においても、これだけマイナスの要因が明らかになっている。今までの歴史から学ぶのなら、一旦決めたことであっても、「変更する勇気」が求められると思う。今からでも遅くはない。
【筆者からのお知らせ】
4月17日(水)にサイエンス&テクノロジー主催により『エヌビディアGPU祭りと半導体不況本格回復への羅針盤』と題するセミナーを行います。詳細はこちらをご参照ください。