「いきなり緊急動議が出されて、目の前にいた社外取締役は全員が賛成の手を挙げていた。一瞬の出来事で、何が起きているのか全然理解ができなかった」 【図表で見る】群馬テレビの売上高はジリジリと低下していた 群馬県地盤のローカルテレビ局、群馬テレビの前社長である武井和夫氏は、2023年末に自身に降りかかった突然の解職劇をそう振り返る。 2023年12月22日、群馬テレビの代表取締役社長を務めていた武井氏が取締役会での決議により解職された。群馬銀行出身の武井氏は2014年から群馬テレビの社長を務め、間もなく10年目を迎えるタイミングだった。
■解職を決議した取締役会は16分で閉会 同日午前11時に始まった取締役会には、取締役16人が出席(1人欠席)。緊急動議の決議に当たり、武井氏は特別利害関係人に該当するという理由から、冒頭の通り賛成多数によって議場を退出させられている。 残った取締役の過半数の賛成によって武井氏の解職が決議され、武井氏が再入室した後、専務兼報道局長だった中川伸一郎氏の代表取締役就任が決議された。 当日の話題のために別の原稿すら用意していたという武井氏にとっては、まさに寝耳に水の展開。呆気にとられる武井氏を尻目に、取締役会の議事は淡々と進行し、その他の報告事項も含めてたった16分で閉会となった。
「ニュースなんか1つも流さなくたってよい」「(金銭で)協力しない市町村は取材に行く必要はない」「スポンサーは『ポチッとくん』(群馬テレビのマスコットキャラクター)が踊ってさえいれば気にしない」――。 これらは、武井氏が社長在任中に社内で発言したとされる内容の一部だ。解職の引き金となったのは、強引に進められた業務の内製化や頻繁に繰り返される人事異動、さらにはこのような武井氏の数々の発言により、現場の我慢が限界を超えたことだった。
同社関係者が「労働組合員だけでなく、管理職や取締役の中にも、誰も(武井氏の)支持者はいなかった」と話すように、この急展開を迎えるまでに武井氏に対する不信感は会社全体に広がっていたようだ。 ■昨年8月に組合が要求書を提出 テレビ広告の出稿が落ち込み、売り上げが減少傾向にある中、とくにコロナ禍以降、武井氏はニュース番組の時間短縮による取材費削減や、制作会社などへの外注削減といったコストカット策を急速に推し進めてきた。
「社員数が減っていく中で、全員が(複数の役割をこなせるような)ユーティリティプレーヤーになっていかないといけない」という方針の下、人事異動も頻繁に繰り返されていたという。 事態が動き出したのは、2023年8月30日に労働組合が会社に対する「要求書」を提出してからだ。 組合は会社に対し、「県の取材なんか全部シャットアウトしたらいい」などといった武井氏の数々の発言に対する見解や、過度な外注削減による社員負担増の是正、頻繁に繰り返される人事異動の適正化を求めた。
組合の前島将男委員長によれば、「人事異動は従来1年に1回だったが、(武井氏の)社長就任2~3年目から2回、3回と徐々に増えていき、最終的には毎月人事異動があった」という。 組合の要求に対し、会社側は約1カ月後の9月27日に次のような回答を提示した。 「利益確保を目的に一定の個別採算や将来の取引期待等も念頭に取材活動を行うことは必然」 「(外注削減による)内製化は経費削減策の代表的手段であり、社員のいっそうのスキル向上にもつながる」
「人事異動を『業務負荷が荷重となる』等々否定的な面だけをとらえず、前向きなチャンスとしてとらえる発想に変えることができれば、仕事をいっそう楽しむことができる」 一方的とも受け取れる内容の回答を受けとった同日夜、組合は会社との臨時団体交渉に臨んだ。組合側によればこの交渉も社長の「独演会」状態で、議論は空転したのだという。 ■「膠着状態」に取締役も危機感 組合は最終的に不誠実交渉に該当するとして、10月18日に群馬県労働委員会への不当労働行為救済申し立てを実施した。同日に記者会見を開き、ここで初めて、社長の問題発言などが表沙汰となる。
その後も約2カ月にわたり組合と社長による抗争状態が続いていたが、ついに12月22日、取締役会で武井氏の解職が決議されることになった。 組合が労働委員会に救済申し立てを行った場合、労働委員会が労使の間に入る形で仲裁を行い、紛争解決に導くのが通常だ。しかし今回のケースでは、県の仲裁を待つ前に、取締役会が社長を解職させる事態に発展した。 新社長に就任した中川氏は「組合の要求に対し、(武井氏)本人が答えようとせず膠着状態に陥った。私も(武井氏に)意見を申し上げたが、本人は『直接答える機会は作らず、このまま進めよう』という考えだった」と話す。こうした状況に取締役の間でも危機感が募ったことが、解職の緊急動議へとつながったようだ。
解職された武井氏を含め、群馬テレビではこれまで、大株主である群馬銀行の出身者が社長を務めるのが慣例となっていた。1986年に群馬テレビに入社した中川氏は、生え抜き組として初めての社長となる。 中川氏は、武井氏の進めてきた経営方針を全面否定しているわけではない。 「前社長の取り組んだ『業務効率の改善』自体は功罪で言えば功であり、良かった部分は引き継いでいく。問題だったのは、急激な改革を誰にも相談せず、いきなり明日からやろうとした手法だ」(中川氏)
この数年の間に人材流出なども深刻化し、当面は事業の継続に向けた基盤固めが優先される。中川氏は「外注先は切るところまで切ってしまっていて、もうこれ以上切りようがない。社員数もここ3年で大幅に減っており、このままでは事業が立ちゆかなくなる。安定的な採用計画を作るために、今動き始めている」と語る。 ■若手社員の能力を引き出す環境を コスト削減や業務効率化、新規事業の創出などは、どのローカルテレビ局も直面している共通の課題だ。あるローカル局の幹部によれば、キー局のネットワーク系列に属さない群馬テレビのような独立局では、トップダウン型で改革などが進められる傾向がある。「今回のケースは、それが悪い方向に働いていたのではないか」(同)。
「今後はボトムアップ型で、若い社員の考え、センスを引き出し、彼らが自由にのびのびと仕事をできる環境を作るのが私の仕事。当社には若くて優秀な人材がいて期待している」。中川氏はそう力を込める。 配信サービスの普及に伴うテレビ離れが進む今、ローカル局の衰退は著しい。設立から54年を迎える群馬テレビは、社長交代を経て、いかに荒波に立ち向かうのか。本当の戦いはこれからといえる。 (※解職された武井前社長のインタビューを1月26日配信予定)