顔が溶ける病「水がん」患う少女に笑顔が戻った訳

「顧みられない熱帯病(NTDs)」と呼ばれる病気の一群がある。主に低・中所得国の熱帯地域を中心に蔓延し、毎年何百万人が罹患し、何十万人が亡くなり、そして約17億人が影響を受けている。

顧みられない(Neglected)病気

NTDsに罹患すると、命の危険があるばかりでなく、失明や歩行困難などの身体障害が残り、社会からの阻害や経済活動への支障を招いて、貧困から抜け出せない原因にもなる。だが、主に途上国の僻地や貧困層に蔓延する疾病であるため、予防・診断・治療法の研究開発が遅れ、まさに「顧みられない(Neglected)」でいる。

国境なき医師団(MSF)は、そんなNTDsに苦しむ人びとを目の当たりにしてきた。

1月30日の「顧みられない熱帯病の世界デー(World Neglected Tropical Diseases Day)」に向け、MSFのベヒシュタイン紗良(日本メディカル・アフェアーズ担当マネージャ)が、紹介する。

NTDsはWHO(世界保健機関)が定めたデング熱、アフリカ睡眠病、ハンセン病などを含む20の疾患群で、多くは、昆虫やダニなどに寄生する病原体を介して人に感染するものが多いが、毒ヘビにかまれた傷(ヘビ咬傷:こうしょう)も含まれる。

蔓延地域では脅威となる疾病でありながら、国際社会では製薬会社、政治からは顧みられなかった。さらに、新型コロナ感染症の流行拡大で、多くの国が自国の新型コロナ対策に予算を充てた結果、NTDs対策への資金が削減された。

例えば、NTDs対策に出資する数少ない国の1つイギリスは、2021年にNTDsへの出資を大幅に減らし、新型コロナや新興感染症への対応を優先した。これによりNTDs対策を進めてきた人びとは苦境に立たされた。

年間200万人が被害「ヘビ咬傷」

NTDsの中でもひときわ特殊で対策が難しいのが、ヘビ咬傷だ。

WHOによると年間約200万人以上が毒ヘビにかまれ、うち8万~13万人が亡くなる。また、その3倍近くが手足の切断など、深刻な後遺症を患う。アフリカ、アジア、南アメリカで多く発生し、女性や子ども、貧しい農村部の人々が被害に遭う。特に子どもは体が小さいため毒のまわりが早く、大人よりも深刻な結果になりやすい。

ヘビ咬傷は、適切な抗毒素で処置すれば死や後遺症を回避できるが、実際は多くの人が亡くなっている。

なぜならそれは抗毒素の値段が高いため、抗毒素を必要とする低・中所得国は高価な薬を買うことができないからだ。売り上げが伸びない製薬会社が、生産量を減らしたり製造を中止したりした結果、必要とされる地域に届かない事態となっている。

製薬会社で作られる質の高い抗毒素が手に入らない人々は、伝統的な治療に頼ったり、質の悪い抗毒素を使ったりして、さらなる健康被害を引き起こす悪循環に陥っている。


適切な抗毒素へのアクセスを妨げる悪循環(©MSF)

MSFは、アフリカのサハラ以南や中東の国々で、多くヘビ咬傷を治療している。

寝ているときに腕を毒ヘビにかまれた10歳の少女は、2つに切ったカエルを患部にあてたり、生卵と植物の種や葉を飲んで毒を外に吐き出したりするなど、伝統的な処置を受けたが効果がなく、叔父が背負って一晩歩き続け、MSFの病院にやってきた。

受診時には意識がなく、治療の遅れから命が危ぶまれる深刻な状態に陥ったが、3回分の抗毒素を投与したところ、5日後に目を覚ました。かまれた腕の筋肉はひどく損傷していたが、19回にもわたる手術を行い、腕を切断せずに回復できた。

このような幸運もあるが、多くの人はヘビにかまれた後、適切な処置が受けられず、命を落としている。


南スーダンの農村部で毒ヘビにかまれ、19回の手術を受けた10歳の少女(中央)と、彼女を担いで病院まで運んだ叔父(右)(©MSF)

十数年後に突然死をもたらす「シャーガス病」

シャーガス病は別名「沈黙の病」と呼ばれる。

クルーズトリパノソーマという寄生原虫が病原体で、サシガメという昆虫により媒介される。ほとんどの人が感染に気づかず、約30%の患者に心臓や食道、結腸などに損傷が表れ、5年~20年以内に突然死を引き起こす。

主に中南米で蔓延し、約700万人の患者がいると推測されるが、「人道援助コングレス東京2023」における吉岡浩太准教授(長崎大学)によると、日本にも約2000~4500人の患者がいると推計されている。

早い段階で治療すれば完治するが、比較的高度な血液検査のできる施設でなければ診断が難しい。輸血による血液感染や、母子感染も確認されており、世界で治療を受けているのは1%未満だ。

MSFはメキシコのシャーガス病が蔓延する地域で、プライマリーヘルスケア施設でシャーガス病の診断・治療を現地の保健当局とともに実施した。現地の医療機関の医療スタッフへの技術支援や、診断薬や心電図検査機器の寄付、地域コミュニティにおける啓発活動なども行った。

現在では、顧みられない病気の新薬開発を行う研究開発組織「DNDi」 が中心となり、日本の製薬会社も関わって、新しい診断薬や治療薬の開発に力を入れている。


英語では”kissing bug”とも呼ばれるサシガメ。夜間に寝ている人の顔などを吸血することで感染する(©Seamus Murphy/VII)

顔が溶けるおそろしい「水がん」

2023年12月、MSFが待ち望んでいたニュースが届いた。水(すい)がんがWHOのNTDsの公式リストに加わったのだ。

口内炎の一種で、細菌感染により顔の組織が破壊され、「溶けた」ようになる水がんは、栄養失調など免疫が低下している子どもに発症しやすい病気だ。適切な時期に治療すれば完治するが、治療が遅れるとわずか数週間で顔の皮膚と骨が破壊され、約90%が死に至る。命が助かっても、顔の変形や痛みにより、差別や生活上の困難に直面することも少なくない。

MSFは2014年からナイジェリアのソコト水がん病院を支援しており、外科チームによる顔の再建手術、栄養や心のケアなどを実施してきた。

ソコト病院を訪れた7歳の水がん患者は、顔の一部が壊疽(えそ)を起こして穴が開いていた。「私の顔、治せる?」と、担当の医師に聞いた少女は、病気にかかって以来、周りの目を恐れて学校にも行けず、外でも遊べなかった。

顔の再建手術により、少女は「また学校で学べるようになる」と喜んだ。水がんの治療は命だけではなく、患者の未来も救うことを意味している。


ソコト水がん病院で顔の再建手術を受けた7歳少女(右)と母親(左)。学校に行くのを楽しみにしている(ⒸFabrice Caterini/Inediz)

過去3年にわたり、ナイジェリアの保健省とともにこの病気をNTDsのリストに加える活動を続けてきたMSFは、WHOの発表を歓迎する。それとともに、このリスト入りによって水がんの原因究明や、研究の促進、病気の啓発活動による死亡率の引き下げなどにつながる政策や、資金投入が今後拡大されることを希望している。

マラリアの次に死亡例が多いカラアザール

MSFは1989~2020年で約15万人のカラアザール患者を治療してきた。

カラアザールはサシチョウバエが媒介する寄生原虫で、特に貧困や紛争によって移動を強いられる人々の間や、栄養失調の人々、医療が十分に届かない地域にいる人々の間で感染が広がる。

感染すると、発熱や体重減少、肝臓・脾臓の肥大、貧血や免疫不全などの症状が見られ、適切な治療を受けなければ95%の確率で死に至る。HIV/エイズとの二重感染も問題になっており、毎年5万~9万件の新規感染が報告されている。

カラアザールは長年にわたる啓発・提言活動、製薬会社による診断ツールや治療薬の研究開発、資金拠出国による支援により、国家的な対策プログラムが拡大し、治療を受ける状況が飛躍的に改善した。

特に東南アジアではMSFから現地の当局が引き継いで活動できる程度にまで症例数が減少した。一方、アフリカの国々、特に紛争の影響下にある国ではまだMSFの診療は継続しており、さらなる研究開発やWHOの主導による対策が必要とされている。

MSFは過去30年以上にわたり、NTDs患者を治療してきた。現在はWHOによりロードマップが作成され、2030年までに「1つ以上のNTDsを100の国から撲滅し、NTDsにより医療を必要とする人の数を90%下げる」をターゲットに多くの政府、団体、企業、アカデミアが尽力している。

世界的な新型コロナの蔓延が落ち着いた今、遠い国で苦しむ人びとを「顧みる」社会になればと願う。

(国境なき医師団 : 非営利の医療・人道援助団体)

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