みんな「値上げ」しているのに、なぜマックは「もう行きません」と叩かれるのか

「もう行きません、さようなら」「値上げをしてもクオリティーが上がっていない」「同じような金額を払うならモスやバーガーキングに行ったほうが絶対にいい」――。

 1月24日から、日本マクドナルド(以下、マック)が全メニューの約3割に相当する商品の店頭価格を10~30円値上げすることを受けて、ネットやSNS上では厳しい意見が飛び交っている。

マクドナルド(提供:ゲッティイメージズ)

1月24日以降の主な価格(出典:日本マクドナルド)

 これまでもマックが値上げをするたびにネットやSNSは荒れに荒れてきた。メディアも面白がって「値上げに悲鳴」「客離れ」「もう気軽に行けない」なんて感じで煽(あお)ってきた過去もある。そういう意味では、「毎度お馴染みの光景」ではあるのだが、個人的に不思議でしょうがないのは、「なぜそこまでマックだけを目の敵にするのか」ということだ。

SafeFrame Container

 「2022年以降、全国の店舗で一斉に値上げするのは4回目だ」(日本経済新聞 1月12日)とのことだが、今のご時世、値上げをしているのはマックだけではない。例えば、「ライバル」として何かと比べられることの多いモスバーガー(以下、モス)も21年4月から3回の値上げに踏み切り、従来価格から比べるとかなり割高になっている。

 分かりやすいのは定番の「モスバーガー」だ。パティとミートソース、輪切りのトマトからなるシンプルなこのバーガーは21年4月以前は370円(イートインは377円)だった。それが390円になり、410円となり24年1月現在は440円まで上がった。では、マックでは同価格帯でどんなハンバーガーが買えるのかというと「ビッグマック」だ。

 マックは地域や時間帯で価格が変動するが、これまでビックマックは「450円~」。今回の値上げで「480円~」になる。空腹時の学生やビジネスパーソンに「どちらがコスパがいい?」と質問をすれば、ボリューム感から「ビックマック!」と答える人もかなりいるのではないか。

 しかし、ネットやSNSでは、何か恨みでもあるのか執拗(しつよう)にマックの値上げや品質を叩く人がいる。いわゆる「アンチ」と呼ばれる人々だが、実は彼らの存在はかなり大きくて、メディアの「偏向報道」のトリガーになることがある。

メディアが組み立てた「ストーリー」

 例えば、今回もメディアがうれしそうに報じている「マックが相次ぐ値上げで客離れ?」「マックからモスに客が流れるのでは?」というニュアンスのタイトルを付けた記事も、とにかくマックの悪口を言ってスッキリしたい人のニーズに応えた「偏向報道」だ。

 マックは23年1月、全体の約8割の商品で10~150円の値上げを実施した。7月には東京都や大阪府、愛知県など3大都心部を中心とした184店舗で最大90円値上げしている。

 この2回の値上げで一気に客が離れ、そこに今回の値上げがダメ押しになる、というのがメディアが組み立てている「ストーリー」だ。確かにセールスリポートを見ると、22年12月までは順調に前年比プラスで推移していたのが、23年度第1四半期(1~3月)になると前年比プラス0.1%となり、第2四半期にはマイナス3.5%と大きく客数を下げる。そこから少し持ち直したが、最終的には23年度は「マイナス1.5%」で終わっている。

マクドナルド四半期動向 23年度(前年比、出典:日本マクドナルド)

 確かに、ここだけ見ると「マックは調子に乗って、値上げを続けたことで客離れが起きている」というストーリーが成立するような気もする。

SafeFrame Container

 ただ、他を見ても同じようなものだ。モスは23年3月に値上げを発表してから4月の既存店客数が前年比97.4%に落ち込んだ。その後も前年比マイナスが続く。上期(4~9月)は同100.5%に到達したが、現時点で下期は同97.4%だ。

モスバーガー24年度3月期売上(前年比、出典:モスフードサービス)

定番の「モスバーガー」(出典:モスフードサービス)

 しかし、「モスは値上げで客離れ」という話はほとんど聞かない。ライバルで同じような現象が起きているのにこちらはスルーで、なぜマックだけは鬼の首を取ったかのように批判されるのか。

 そのあたりのメディアの不平等さについては、筆者は以前より指摘させていただいており、5年くらい前には「モス食中毒は静観!?マック異物混入は叩いたマスコミ『豹変』の理由」(ダイヤモンドオンライン 18年9月20日)といった記事も書いている。

忘れてはいけないマックとモスの事件

 忘れている人も多いだろうが、14年末にマックの異物混入事件が世間を騒がした。全国の店舗で、チキンナゲットなどの商品にビニール片や人の歯などの異物混入が続発した騒動だ。

 発覚から2日後に役員が「謝罪会見」を催したが、マスコミからはやれ「態度が悪い」「なぜ社長は出てこない」とボコボコに叩かれた。ネットやSNSでは「食の信頼を大きく裏切った」「怖くて子どもを連れていけない」なんて厳しい意見が飛び交い、株価もガクンと落ち込んだのはご存じの通りだ。

 ただ、この騒動、被害としては「アイスを食べた客がプラスチック片で口の中を切った」というもので、騒がれたわりには小さいものだった。それでもマックは社会的制裁を受け、業績も低迷した。

異物混入騒動で叩かれたマック(画像はイメージ)

「ビッグマック」(出典:日本マクドナルド)

 ファストフードであっても「食の安全」をないがしろにする者は万死に値する。そんな常識が広がってから数年経過した18年9月、今度はライバルのモスから食中毒の被害者が出た。

SafeFrame Container

 長野県の「アリオ上田店」で4人が腸管出血性大腸菌「O121」に感染したと公表したかと思いきや、あれよあれよと被害者が増えていった。わずか2週間弱の間に、関東甲信の19店舗を利用した客の中に、28人のO121感染者が確認された。チェーン本部が納入した食材が原因だったと思われる。

 ご存じのように、食品を提供する店が、食中毒を発生させるのは一発「アウト」だ。行政から処分や指導を受けるのは当然だが、世論の目も厳しく、ネットやSNSも容赦なくボロカスに叩いて、社会的制裁を下す。

お咎めなしでも叩かれた「異臭マフィン騒動」

 分かりやすいのが、ちょっと前に大きな話題になった「異臭マフィン騒動」だ。都内の焼き菓子店がイベントで販売したマフィンについて、一部の購入者が食後に気分が悪くなったと声を上げた。SNSでは「糸を引いていた」「ヘンなにおいがした」などの指摘が相次ぎ、腹痛や嘔吐を訴えた人もいた。

 店主が謝罪文などを出したが、謝罪のトーンや説明に納得いかない人々がネットやSNSでボロカスに叩いた。結局、保健所が体調不良を訴えた7人の便を調査したところ、食中毒の原因となる菌が検出されなかったことで、この焼き菓子店はお咎(とが)めなしだった。だが、世論の「市民裁判」では、実名アップや人格攻撃で徹底的に制裁を下されたことは、ご承知の通りだ。

 そういう正義の日本人たちの「食の安全を揺るがした焼き菓子店」への激しい怒りを鑑みれば、28人もの食中毒被害者を出した外食チェーンも「大罪人」のはずだ。しかも、こちらは食中毒が複数の店舗に及んでいるので、チェーン本部の安全管理体制が問われる深刻な問題だといえる。

モスの複数店舗で食中毒が発生した(画像はイメージ、編集部撮影)

「テリヤキチキンバーガー」(出典:モスフードサービス)

 しかし、マスコミはスルーした。マックの時はブラスチック片で朝から晩まで大騒ぎをして、「早く社長を出せ」と絶叫していたのに、食中毒を出したモスに対しては優しいもので、ストレートニュースで軽く触れるのみ。先ほどの記事の中で紹介したが、筆者がモス側に確認したところ、「会見を求めたマスコミはゼロ」だった。

SafeFrame Container

 なぜこんな「不平等」が起きるのか。ストレートに言ってしまうと、マックと比較するとモスは「アンチが少ない」ということが大きい。

 怒りが原動力のアンチは、誰も頼んでもいないのに勝手にそのニュースをネットやSNSで拡散してくれる。視聴率やアクセス数を稼ぎたいメディアにとって、実はアンチは大変ありがたい「最強のインフルエンサー」なのだ。

 マックは値上げだけでも「もう行きません」「クオリティーが低い」などとボロカスに叩く人が多くいるように、同店に憎悪を抱くアンチが一定数存在している。だから当然、マックを叩くような報道をすると、テレビは視聴率が上がるし、新聞のネット記事のアクセスもはねる。

 一方、モスは値上げで「もう行きません」「モスバーガーが440円って高すぎだろ」なんてボロカスに叩く人は少ない。モスに憎悪を抱く人がそれほどいないということは、モスを叩くような報道をしても、視聴率は上がらないし、ネットのアクセスも稼げない。

 だからマスコミとしては、モスの食中毒など騒いでもしょうがないという“大人の判断”になる。逆にマックの場合、アンチが山ほどいるので、虫が入っていたとかネジが入っていたという「日本全国の外食チェーンで日常的に起きている異物混入」であっても、うまく騒げば「列島震撼の大不祥事」に格上げできる。マスコミにとって、こんなに「価値の高いニュース」はないのだ。

メディアは「感情の増幅器」

 企業危機管理をする人たちに対して、筆者はよく「メディアの本質を理解すべき」とアドバイスをする。といっても、中立公平がどうしたとか、権力の監視がなんたらという方面の話ではない。

 一言で言えば、「メディアも営利企業で、そこで働く人たちもサラリーマンなので、企業としての経済的なメリット、組織人としてのメリットでニュースというものがつくられる」ということだ。

 マックやユニクロと同じ不祥事をしたからといって、他社が同じように叩かれるとは限らない。メディア側にも「叩くメリット」がないと叩かないのだ。

 そういう感覚を知らず、マニュアル的な対応をすると、明らかに過剰反応になったり悪目立ちしたりしてしまう。つまり、発生した不祥事の中身やインパクトを精査することも大事だが、それと同じくらい「社会やネット世論の反応」を分析して、「メディアが経済的メリットがあると判断して食いつくか」を見極めなくてはいけないのだ。

 よく言われることだが、メディアは「感情の増幅器」だ。コロナ報道が典型だが、人々が心配したり怖がったりすることがあれば、さらに不安や恐怖を煽る報道をする。

 すると、視聴者や読者は「世間に置いていかれるのが怖い」と必死に食いつくので、視聴率やアクセスが爆上がりしていく。そうなると、番組や記事を担当した者は社内で高い評価を受けるので、もっと不安を煽るVTR、もっと恐怖を煽ることを言う専門家やコメンテーターを登場させる。そして、それを見た人々がさらにパニックへ――という負のスパイラルがコロナ報道では日常的に起きていた。

SafeFrame Container

 それと同じで怒りや憎悪があれば、さらにその感情を高めるような情報を提示して、人々を食いつかせようとする力学が働くのがメディアなのだ。

「ダブルチーズバーガー」(出典:日本マクドナルド)

 今回、日本中を騒がしている松本人志さんの女性問題報道で『週刊文春』が45万部完売し、電子版の有料会員も増えたことからも分かるように、メディアも営利企業である以上、どうしても「稼げる報道」に力を注ぐ傾向が強い。

 裏を返せば、社会的知名度の低い企業、アンチの少ないブランドの場合、不祥事やスキャンダルが発覚しても、有名企業やファンが多いブランドのように叩かれず、先ほどのモスの食中毒のように「スルー」されることもあるのだ。

 企業で危機管理やメディア対応をする人は、間違っても「マスコミは中立公正だ」なんて思い込みはしないでいただきたい。

タイトルとURLをコピーしました