宅配ボックスが特殊詐欺の現場に 手口巧妙化、薄れる罪の意識

食事宅配サービス「Uber Eats」のリュックサックを背負った男は、特殊詐欺グループの一員だった。仙台地裁で9日、詐欺未遂罪で懲役3年、執行猶予5年(求刑懲役3年6月)の判決を言い渡された男(32)は、公判で特殊詐欺の「道具」として利用された経緯を明らかにした。男の法廷供述から、巧妙化する犯行グループの手口の一端が浮かび上がる。

 2023年6月27日午後1時ごろ、東京都葛飾区のマンションに黒いキャップをかぶり「Uber Eats」のリュックを背負った男が現れた。マンションのエントランスにある宅配ボックスのうち、荷物の入っていない一つを選び、暗証番号を設定して指示役に報告した。

 「一度離れて待機」「職務質問などに注意して」。指示に従った。その間、犯行グループは配達業者に宅配ボックスと暗証番号を伝えた。

 男は配達員がボックスに荷物を入れるのを確認し、指示役に報告。「周囲に不審な人がいないか確認すること」「安全最優先」などと告げられ、一度別のマンションに行くよう指示を受けた。

 再びマンションに戻ると「念のため1回目は荷物を取っているふりをして」「小走りで建物から出て」との指示が出た。「荷物の中身は大麻や覚醒剤、拳銃かもしれない」。男が「アルバイト」の違法性を強く疑い始めた時には、既に遅かった。

 荷物を取り出し、建物を出た直後、張り込んでいた宮城県警の捜査員に詐欺未遂の疑いで現行犯逮捕された。捜査員に告げられた容疑は、自身の想像とは全く違っていた。

 「こんな(特殊詐欺の)やり方があるとは思わなかった」。男は法廷でうなだれた。

「めっちゃ楽なバイトがある」

 「めっちゃ楽なバイトがある」「荷物を運ぶだけ」「1日3万円やったかなー?」。男の犯行グループへの加入は、23年5月に勤務先のショークラブで知り合ったミカという女から、無料通信アプリLINEで連絡を受けたことがきっかけだった。

 高額報酬を怪しみ「1日3万円は危なくないですか」と尋ねると「(運ぶのは)会社の書類だ」と返信があった。ミカとは一緒に食事したことが何回かあった上、ミカが著名なメディアにも出ていたこともあり、簡単に信用してしまった。

 男は消費者金融などから約120万円の借金があり、ネットカフェを転々とする日々を送っていたことも、怪しい高額バイトへの警戒感を鈍らせた。

 ミカに連絡すると、すぐにカズキという男を紹介された。「(運ぶ)荷物は書類だ」「会社のお金が入っている場合もあるかもしれない」と説明され、秘匿性の高い通信アプリSignal(シグナル)で連絡を取り合うようになった。

 間もなく「マイクXXX」というアカウント名の人物を紹介された。シグナルの通話機能で「採用面接」を受け、簡単なやりとりだけで「合格」した。

 仲介役のカズキの素性を知らない上、マイクに至っては、顔も見たことがなかった。

顔を合わせる必要がないメリットを悪用

 6月下旬、男に初めて「バイト」の指示が出た。「葛飾区のマンションに27日に向かってほしい」

 その頃、犯行グループは仙台市泉区の無職女性=当時(80)=に特殊詐欺の電話をかけていた。

 「老人ホーム入居の優先権がある」「予定がなければ権利を譲ってほしい」。ハウスメーカーの社員を装い、老人ホームへの入居を巡る架空取引の話だった。

 女性が応じると「名義貸しは犯罪になる」「200万円を立て替えてほしい」などとうそを言い、葛飾区のマンションの201号室宛てに現金200万円を宅配便で送らせる約束を取り付けた。

 女性が不審に思って県警に通報し、捜査員はマンション付近で、男が現金を回収しに来るのを待ち伏せていた。

 男が任された「バイト」は、宅配ボックスを確保し、配送業者が運んできた現金を回収して集金役に渡す「確保」と呼ばれる役だった。

 捜査関係者は「宅配業者と顔を合わせる必要のない宅配ボックスの利点を悪用した手口だ」と指摘する。

「特殊詐欺ではないと思った」

 男は特殊詐欺を全く疑わなかったわけではない。「バイト」について相談した知人から特殊詐欺の可能性を指摘されていた。不安になり「出し子 警察」などとインターネットで検索した。

 ネット上の説明は、特殊詐欺の現金回収役である「出し子」について、だまし取ったキャッシュカードを使ったり、被害者から振り込まれたお金をATMから引き出したりするという内容だった。

 「検索結果に、宅配ボックスを使った手口はなかった。だから、特殊詐欺ではないと思った」。被告人質問で男は振り返った。

「出し子」の確保が犯行の鍵

 ATMには必ず防犯カメラが設置されているため、「出し子」が逮捕される可能性は高い。犯行グループにとって、最も逮捕されるリスクの高い「出し子」をいかに確保するかが、継続的な犯行の鍵となっている。

 男の場合、回収役の名前が「出し子」から「確保」に変わり、手口もATMを使わないことから、特殊詐欺と知らずに犯行グループに入った。

 「マンションなら防犯カメラに映る可能性も低く、捕まりにくいと考えているのだろう。空き家に現金を送らせて、玄関前に荷物を置く『置き配』にして回収するケースもある」。捜査関係者は語る。

 「最後に言いたいことはありますか」。法廷で裁判官に問われた男は声を詰まらせた。

 「気付かずに続けていたらと思うとぞっとする。逮捕されたことに感謝している」

 判決によると、男は氏名不詳者らと共謀して23年6月、福岡県糸島市の70代無職女性と仙台市泉区の80代無職女性に電話し、老人ホーム入居を巡るトラブルの解決金名目で、現金295万円と200万円を東京都内のマンションに送らせ、宅配ボックスに到着した現金をだまし取ろうとした。

市場規模はどんどん拡大

 宅配ボックスの市場規模は、ネット通販や共働きの進展で今後も拡大傾向が見込まれる。調査会社の富士経済(東京)は21年に111億円だった集合住宅向けなどの国内市場が30年には1・5倍以上の175億円規模になると予測。事件に悪用される可能性はますます高まっている。
(報道部・石川遥一朗、渡辺拓斗、高橋葵)

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