実質賃金が20カ月連続でマイナスとなった今、生活防衛意識の高まりから、より安いものを求めてディスカウント型のスーパーを利用する消費者が増えている。また、ナショナルブランド(NB)商品から、低価格なプライベートブランド(PB)商品へシフトするといった動きもある。 【画像】セリア、キャンドゥ、ワッツの業績 生活必需品をなるべく安く手に入れようと、買い物に行く店を見直している消費者が増えているわけだが、これはデータでも確認できる。 ディスカウントスーパーとして有名なオーケーの2024年3月期(上半期)の既存店売上は前年比+8.8%と大きく伸長。コロナ禍の巣ごもり需要を除くと、近年では最高水準に達している。全国スーパーマーケット協会の統計によると、同時期の加盟社平均は+3%程度であることからも、その勢いが分かるだろう。オーケー好調の最たる要因は、既存店客数が前年比+9.88%だったこと。実際に多くの消費者が安い店を選んでいるのだ(図表1)。 値上げラッシュの時期に、あえて大半の品目で価格据え置きを断行したイオンのPB「トップバリュ」の売り上げも好調だ。グループの規模拡大を続けるイオンにおいて、若干伸び悩み気味だったトップバリュの売り上げだが、24年第3四半期においては前年同期比で+11%と大きく伸長。消費者の財布が厳しい今こそ、価格でアピールして手に取ってもらうという作戦が奏功したと言える。最近も24品目の値下げを実施するなど、この機に乗じて一気に浸透を図っていこうとしているようだ。 その他、コスパに定評のあるPBで知られる業務スーパー(神戸物産)の既存店売上(FCのため、既存店店舗仕入額ベース)も23年10月期下半期は+9.7%。直近でも+7~8%程度で推移し、好調を維持している。賃上げなき値上げラッシュの今、ディスカウント、価格据え置きなどの低価格で訴求できる企業が、シェアを拡大する傾向にあると言っていいだろう(図表2)。 そうした中、「デフレの申し子」ともいうべき100円ショップ業界で、こうした流れでは説明できないことが起こっている。
「100円死守」で勝負に出たセリア
100円ショップはご存じの通り、単価が100円であるにも関わらず、100円とは思えないコスパの高い商品群を多彩に取りそろえている店として浸透。市場規模は1兆円超といわれるほどに成長した業界である。しかし、海外生産を前提としてコスパを実現しているため、中国などアジアにおける人件費上昇、原材料高騰、円安などによって、原価率が上昇。100円という価格の維持が懸念される状況にある。 ただ、業界では「原価上昇はアジアの経済成長に伴って、構造的に不可避なものである」と10年以上も前から認識されていた。そのため、ほとんどの企業が少し前から200円、300円といった価格帯の商品を、徐々に混ぜ込むという動きがあった。今回の値上げラッシュも、価格維持に向けた企業努力と併せて、価格帯の多様化によって乗り切るという方向だった。 しかし、業界2位の大手セリアは、100円均一を死守することを宣言し、勝負に出た。ところが、セリアの「100円死守」は、期待したほど成果が出ていないのである。 図表3-1は、上場している100均、300均大手の業績である。セリアは売り上げで2%の増収となっているが、3COINSの+25%には遠く及ばず、キャンドゥの+8%にも負けている。既存店売上高の推移をみても、セリアは良好とは言い難い。店舗数を増やしてたものの、売り上げが伸び悩んだようにも見える。 収益に関しては各社ともにコスト高騰の影響は避けられず、横ばいのワッツ以外はみな減益となっている。中でもコロナ前は10%弱あったセリアの営業利益率は、会社通期予想で今期は6%弱へと下降するとしており、100円死守の戦略は収益面でもかなり負担となっていることが分かる。一方で際立つのは、100円ショップ各社より、300円ショップの3COINSが絶好調であるということだ(図表3-1~3-3)。
消費者が均一ショップに求めていること
このトレンドは、業界最大手ダイソー(大創産業)の動きをみても分かる。ダイソーは非上場のため直近の業績データを開示していないが、22年度は7%超の増収で順調に業容を拡大。この拡大を支えているのも、300円業態の「Standard Products」「THREEPPY」であり、100円にこだわらない展開が奏功しているとみていいだろう。 ダイソーの23年2~9月の店舗数推移をみると分かるが、300円業態の店舗は2業態合わせて113店増加。100均のダイソー業態は28店の増加にとどまり、明らかに300円業態の出店にシフトしている。また、ダイソー業態でも100円商品を主軸にしているが、200円、300円、500円といった価格帯を増やすことで品ぞろえの多様性が広がり、これまで以上に大型店を構成できるようになった(図表4)。 デフレからインフレへの環境変化が価格帯の多様性を容認しつつあり、100円に固執することが、必ずしも均一ショップに対する消費者のニーズではないのだろう。消費者が均一ショップに求めているのは、「100円であること」ではなく「相対的なコスパ」であり、「この値段でこんな商品が買える!」というサプライズなのである。原材料などのコストが上昇する中で、100円という価格キャップを前提とすれば、品質の低下や限定的な品ぞろえは、消費者が求めるサプライズの低下を引き起こしかねない。 この10年を振り返れば、もともとの生産国だった中国での生産コストは急騰が続く中、他のアジア諸国にシフトさせながら、各社は100円商品の開発にしのぎを削ってきた。今回のインフレ転換期のコスト急騰を、企業努力だけでやり過ごせるほどの余裕は残っていないのである。 100円を可能な限り維持しつつも、コスパで勝負できる多様な価格帯の商品を拡張することは、かえって品ぞろえの充実と店舗の大型化を可能にする。「100円死守戦略」にこだわる限り、業界2位セリアがダイソーをキャッチアップすることは難しいかもしれない。
セリアが100円死守戦略を選ぶ理由
おそらくセリアもそんなことは百も承知なのであろうが、セリアの競争環境を考えれば、100円死守戦略を選ぶ理由も分からないではない。ダイソーが創り出した100均市場は、かつてはダイソー一強であり、2位以下の企業はその後塵を拝するという状況だった。そこをセリアが、10年代以降にPOS管理による商品管理と、おしゃれな女性向けの「Color the days(日常を彩るの意)」業態によって、単独2位として抜け出し、首位ダイソーに追走するようになった。 女性客の高い支持を背景に、セリアは食品スーパーやドラッグストアとの共同出店や、核店舗を食品スーパーとする中小ショッピングモールへの共同出店で店舗数を伸ばすことに成功。これが100円にこだわる背景にもなった。生活必需品を買う場所である食品スーパー、ドラッグストアのパートナーとしては、100均であることが求められる傾向にあるからだ。セリアがダイソーブランドに対抗しつつ、出店場所を確保していくためには、100均であることが重要だったのである(図表5)。 また、3位キャンドゥのイオン傘下入りも、セリアにとっては大きな将来の脅威となった。既にキャンドゥ以下のライバルを圧倒する力をつけていたセリアだが、流通業界の巨人・イオンのグループ力を背景にキャンドゥが商品開発力を拡充すれば、膨大かつ成長を続けるイオングループの店舗網から排除される可能性もある。首位ダイソーを追走しなければならないセリアは、出店余地を確保するためにも「100均」として、イオン以外のスーパー、ドラッグストアのパートナーであり続けることが重要だったのである。 セリアの戦略店舗であるColor the daysは、10年代には100均としては競合他社との差別化に成功し、大きく店舗を増やすことができた。しかし、100円というキャップが事実上はずれつつある今、多様な価格帯で品ぞろえを拡張したダイソーや3COINSに対しての優位性は薄れつつあるのかもしれない。 価格帯を多様化した業態が狙うターゲットは、「100均以上無印未満」のゾーンであり、雑貨業界の巨人・MUJIのマーケットをも削り取ろうとしている。「100均以上」の存在であったセリアの領域も、そのゾーンに含まれることになってしまった。インフレに転換した環境下で100円に固執すれば、原材料、人件費高騰に苦しむ取引先メーカーとの協力体制を揺るがす事態にもなりかねない。セリアの戦略がこれからどのように変わっていくのか、注目したい。 著者プロフィール 中井彰人(なかい あきひと) メガバンク調査部門の流通アナリストとして12年、現在は中小企業診断士として独立。地域流通「愛」を貫き、全国各地への出張の日々を経て、モータリゼーションと業態盛衰の関連性に注目した独自の流通理論に到達。