「日本車の牙城」とされてきたタイの新車市場で、日本勢のシェア(占有率)が急落している。政府の優遇政策で電気自動車(EV)が急速に普及し、EVに注力する中国メーカーが台頭してきたためだ。タイは東南アジア最大の自動車生産拠点でもあり、地域全体の市場に影響を及ぼす可能性もある。(バンコク 井戸田崇志)
約100倍
トヨタ自動車のタイ法人の集計によると、2023年の日本の大手9社のシェアは計77・8%だった。かつては9割のシェアを握っていたが、前年から7・6ポイント低下した。販売を伸ばしたのはホンダだけで、ある日系メーカーの幹部は「日本車の訴求力が落ちている」と話す。
タイでは、EVを輸入する企業が政府と覚書を結ぶと、1台あたり最大15万バーツ(約60万円)の補助金が支給され、関税も最大で4割引き下げられる。販売価格が安くなるため、中国のEV大手BYDなど10社以上が締結している。
タイ工業連盟によると、タイでは昨年、EVの販売台数が前年比7倍の7万3568台となり、新車市場に占める割合も1・2%から9・5%に急上昇した。政策の効果が表れた形で、BYDが販売台数を98倍の3万432台に伸ばすなど、5%程度だった中国系のシェアは約11%に達した。
日本は慎重
タイ政府の優遇策の最大の狙いは、EVの生産拠点を誘致することだ。覚書を結んだ企業は24年以降、輸入した台数以上のEVをタイで生産することが義務づけられる。各社が販売を増やすほど生産拠点が整備される仕組みで、BYDや長安汽車などの中国勢が相次いで工場を建設している。
一方、日本勢の動きは限定的だ。ホンダは昨年12月、タイでEVの生産を始めたと発表したが、詳細な生産計画は公表していない。日本勢で唯一、タイ政府と覚書を結んでいるトヨタも昨年末にEVの少量生産に乗り出したが、本格的な量産時期は未定という。
こうした状況に、タイのセター・タウィシン首相は昨年12月の日本メディアのインタビューで、「日本は出遅れている。EVに移行しなければ取り残される」と述べ、各社に対応を強く促した。消極的な日本勢にタイ政府がいらだちを募らせているとみられる。
伊藤忠総研の深尾三四郎・上席主任研究員は「タイは周辺国への輸出拠点となっており、このままでは日本勢が強い東南アジア各国でも勢力図が塗りかわりかねない」と指摘する。