「冷やすメカニズム」を根底から覆す冷蔵庫、意外な魚のおかげで完成した高温でも触れるレンガなど、なぜできたの? どうやって働くの? と、思わず頭をかしげてしまうようなびっくり発明の数々をご紹介してきた、本サイト人気連載「さがせ、おもしろ研究! ブルーバックス探検隊が行く」。
なんと、1世紀半近くにもわたって日本の産業支えてきた「産業技術総合研究所」の全面協力のもと、この度、『「あっぱれ! 日本の新発明 世界を変えるイノベーション』として刊行されました!それを記念して、厳選おもしろ発明をご紹介します。
今回は、「意外なもの」で、大進化を遂げ、最先端の断熱材としても注目を集める「新世代のレンガ」をご紹介します。なんと300℃と高熱になっても、手で触れるとか。どういう「しくみ」なのでしょうか。
*本記事は、『「あっぱれ! 日本の新発明 世界を変えるイノベーション』(ブルーバックス)を抜粋・再編集したものです。
イメージはレトロだけど…レンガが大変身した!
「レンガ」と聞いて、読者は何を思い浮かべるだろうか?
多くの人は、東京駅などの赤茶けた建築物や、茶碗などの焼き物をつくる窯(かま)のようなものを想像するのではないか。いずれにしてもそこには、古きよき時代の名残を感じさせる風情がある。
粘土や泥を焼き固めたレンガ(漢字で書くと「煉瓦」)は、紀元前3500年に発祥したメソポタミア文明の頃から、そのすぐれた耐火性能が重宝されて建築材として使われてきた。木造建築だらけで江戸時代は火事が絶えなかった日本でも、明治以降は急速に広まっていった。
そんな、材料の世界ではレトロ中のレトロともいえるレンガを、なんと「最先端の断熱材」として生まれ変わらせようとしている、奇特な人がいるという情報が入った。その人は、愛知県名古屋市の産総研・中部センターで研究に没頭しているという。瀬戸焼や常滑焼(とこなめやき)などの焼き物の歴史がある県だから、レンガにとりつかれてしまったのだろうか?
いろいろ気になった探検隊は、その人、マルチマテリアル研究部門セラミック組織制御グループ研究グループ長の福島学さんを訪ね、話を聞いた。
「炉」はエネルギーロスの代名詞
レンガが断熱材であるというイメージはもっていなかったのですが?(探検隊)
「鉄鋼やセメントなど、炉を使って加熱する工業製品をつくるさいには、炉の中の熱エネルギーを外に逃がさないための断熱材として、レンガが使われています。あるいは、ゴミ焼却炉などでも同じです。ところが、じつはこのとき、熱エネルギーの98〜99%は捨てられているのです」(福島さん)
【写真】セラミック組織制御グループ 研究グループ長の福島学さん© 現代ビジネス
えっ! そんなにロスがあるんですか?(探検隊)
「セメントやガラスなど、炉で焼いて製品化する工業は『窯業(ようぎょう)・土石製品製造業』と分類されますが、この分野で製品化されるものは、金額ベースでいえば全生産業のなかで3%程度にすぎません。ところが、そのために使うエネルギーは7%近くにもなるのです。
しかも、熱エネルギーを捨てているのと同時にCO₂ (二酸化炭素)も排出しています。現実の問題としては、その捨てている熱エネルギーに対しても燃料費がかかっているわけですから、大きな問題を抱えているのです」
ゴミ焼却炉の近くに温水プールがある理由
すると、よくゴミ焼却炉の近くに温水プールがあるのを見かけるのは、捨てられている熱エネルギーが大量にあるから、それをいくらかでも再利用している、ということですか。(探検隊)
「そのとおりです。炉を加熱してゴミを燃やすにしても、熱エネルギーを使って温めているのは、じつは炉の中に敷き詰められた断熱材、つまりレンガということになります。しかし、あまりにも出ていく熱エネルギーが多いので、その熱を再利用して温水プールを温めています。レンガがすぐれた断熱材として熱を遮断してくれれば、炉の中で熱エネルギーは効率よく使われます。燃料費も下がるし、CO₂の排出もそのぶん減らせるのです」
では、すぐれた断熱材をつくるためのポイントとなるのはどんなことでしょうか。(探検隊)
「空気です。いかに空気を中に含ませるか、です」
えっ? 空気⁉(探検隊)
ダウンジャケットはなぜ暖かいか
「断熱効率を上げるには、熱伝導率の低いものを、熱源と外気のあいだに挟めばいいのです。冬になるとみなさんダウンジャケットを着ていますが、あれが暖かいのは、熱源である身体と寒い外気のあいだに、ジャケット内部のダウン(羽毛)で空気の層をつくっているからです。
空気の熱伝導率は0.0241W/mkと圧倒的に低いので、真空空間を除けば、空気の層をつくるのがもっとも効率的な断熱法ということになります」
なるほど。炉にダウンジャケットを着せて、熱を外に逃がさないことが大切なんだ。
「レンガが崩れない程度の強度を保ちながら、レンガの中にどれだけ空気の孔(あな)を入れることができるか。それが断熱レンガの性能につながるのです。じつは、われわれがつくったセラミックスのレンガは、研究室のレベルですでに98%の断熱性を備えています」
ええっ⁉ なんですか、そのレンガは?(探検隊)
300℃に熱しても手で持てる
98%の断熱性があると、下から火であぶっても、熱の伝わらなさはパンも焼けないレベルになるという。それが断熱レンガなのか。
不思議な感覚にとらわれていたら、福島さんが一枚の写真を見せてくれた(図「2つのレンガを比較するようす」)。
「これは、300℃に熱した鉄板の上に3時間、レンガを置いて加熱したものです。サーモカメラで撮影すると、市販のレンガ(上)は黄色になっていますが、われわれが開発したレンガ(下)は青く、室温程度です。勇気を出して手に取ってみましたが、やけどをすることもなく普通に持つことができました(笑)」
【写真】2つのレンガを比較© 現代ビジネス
福島さん、意外と無茶しますね。
「じつは、NASAのタイル工場の方がやっていたデモを真似してみたんですよ(笑)。YouTubeに上がっていた映像を見ていたら、焼き上がったばかりの、スペースシャトルの外壁に使うタイルを、素手で持ち上げていたんです。そのタイルもわれわれのレンガと同じように中に空気を入れる断熱タイプですから、熱伝導率が非常に低く、高温の窯から出したばかりでも素手でさわることができるんです」
スペースシャトルの外壁は、地球突入時の摩擦熱で超高温になる。その熱から船や船内の人を守るために、このようなタイルを張りめぐらしているわけだ。
レンガ内部の9割が空気!?
でも、レンガの中にどうやって空気を入れるのですか?(探検隊)
「小さな孔をたくさん空けてやります。基本的に、空気の熱伝導率に比べて、固体の熱伝導率は、たとえば金属アルミニウムだと1万倍ぐらい高い。ですから、できるだけ固体の部分を減らして、空気の容積を増やすことが要求されます。画像解析をしてみると、われわれの断熱レンガは9割が空気で、残りの1割が原材料のセラミックスでできていることがわかりました(図「[9割が空気]の断熱レンガ」)」
【写真】[9割が空気]の断熱レンガ© 現代ビジネス
原材料が1割⁉ たったそれだけで、どうしてレンガの強度が保てるのでしょうか?(探検隊)
「カギとなったのは、特殊な製造法です」
そう言うと福島さんは、じつに意外なものの名前を口にした。
ヒントは意外な食品にあり!
「これは産総研の特許でもあるのですが、高野豆腐型のセラミックスをつくるのです」
高野豆腐?(探検隊)
それが特殊な製造法なんですか?
「正確には、『ゲル化凍結法』という製法です。この方法によって、論文ベースとしては、90%以上の空気を含むセラミックス材レンガ群のなかでは、世界でもっとも強度の高いレンガをつくることができます」
高野豆腐型というのはどういう意味ですか?(探検隊)
「高野豆腐やしみ豆腐は、冬の寒い日を利用して豆腐を外で凍結させ、翌朝の太陽光で乾燥させてつくるもので、内部には空気の孔がたくさん空いています。『ゲル化凍結法』は、ゲル状の水とセラミックスの粉を混ぜて凍結させ、フリーズドライのように乾燥させて水分を抜き、最後に焼き固める製法ですから……」
本当に高野豆腐のようにつくっているんだ!(探検隊)
「そうなんです。原料となる粒子をゲル体の中に入れて凍結させると、寒い日にできる霜柱のように、氷とセラミックス粒子が分離して結晶化します。これは、氷結晶の独特の性質からきています。
図「ゲル化凍結法の概略図」に示すように、セラミックス粒子が氷の柱を取り囲むように移動して凍ります。わかりやすい実験でいうと、湯飲みのお茶を凍らせると、お茶の濃い部分と、薄い部分に分離して凍ります。これは、氷は氷でピュアになって集まる性質があることから起きる現象なんです」
【図】ゲル化凍結法の概略図© 現代ビジネス
打開策を探して北海道へ
水がゲル状である必要性はどこにあるのでしょうか?(探検隊)
「普通の水とセラミックス粉でも試してみましたが、それだと凍結するときに氷が自由に成長してしまうのです。まるで雪の結晶のように、一本の柱から次々と枝分かれした氷が結晶化して、大きく成長してしまう。すると氷を溶かしたときに、そこが大きな孔になって残ります」
「望ましい氷結晶は、蜂の巣のようなハニカム構造をした形です。この構造は、縦に押す力に対して非常に強さを発揮します。そのため、氷を自由に成長させないように、液体と固体の中間であるゲル状のものを使うのです。いわば寒天ゼリーのような状態で凍らせると、氷結晶は自由に成長しない。均一的にできた氷を蒸発させてやれば、そこに均一的な孔ができるというわけです(図「氷結晶の比較」)」
【写真】氷結晶の比較© 現代ビジネス
こうした工夫によって、「小さな孔がたくさん空いたレンガ」はできた。ところが、それでも不規則に空いてしまう氷の孔はあった。それが福島さんは気になったという。「不規則な孔」は、レンガの強度に関わる重要な問題だからだ。
「レンガとしての強度を保ったまま空気の孔を増やすという相反することを両立させるために、できるだけ熱伝導率の低いセラミックス原料を使っていました。しかし、氷の熱伝導率より低い原料だと、どうしても不規則な氷の成長が避けられず、ときどき大きく成長してしまう氷が出てくる。それが不規則な孔になってしまうのです」
その打開策がなかなか見出せず、福島さんは悩みに悩んだ。産総研のさまざまな研究分野を当たって、解決法を探った。そうした模索のなかで、産総研の北海道センターでおこなわれていた「不凍タンパク質」の研究に行き当たった。さて、不凍タンパク質とはなんだろう。
南極海の魚はなぜ凍らないのか
もともとは、1960年代にアメリカの研究者が、「北極や南極で生きる魚は、なぜ凍ることなく生きているのか」という疑問から、極地にいる魚を調べ、その血液の中に、凍りにくいタンパク質の血漿(けっしょう)が含まれていることを突きとめた。
氷は、雪の結晶がそうであるように、六角形をした結晶の側面が伸びていくことで大きく成長する。不凍タンパク質は、その結晶の側面にくっついて、氷を成長させないようにして生体の凍結や再結晶を防ぐことで、生物の生命維持のために機能しているのだ(図「不凍タンパク質のはたらき」)。
【図】不凍タンパク質のはたらき© 現代ビジネス
だから、不凍タンパク質をもつ極域の魚たちは、凝固点降下(水に溶質が融けているため凝固点が下がること)によってマイナス2〜3℃にもなる冷たい海の中でも、血液を凍らせることなく生き延びているのだ。
不規則な氷の成長をどうしたら止められるかに悩んでいた福島さんにとって、不凍 タンパク質との出会いは、まさに運命的なものに感じられたろう。
グラムあたり130万円の「超」高級品
問題は、不凍タンパク質が、極地の魚の血液からしか精製できないことだ。1gあ たり130万円以上もの高値がつく“高級品”だったという。
この問題を克服するために、北海道センターのチームは、北海道に分布する植物や昆虫などにも不凍タンパク質の成分があることを発見し、食品メーカーとの共同研究を通じて不凍タンパク質を安価につくる技術を開発していた。
その担当をしている研究者に福島さんが連絡を取ると、こう言われて歓迎されたという。
「不凍タンパク質が、ほかの想像もつかない分野で使える日がいつか来ると思っていました」
生物分野で開発した技術が、セラミックスという素材分野で活かされるーー。まさに研究者冥利に尽きる瞬間だろう。
「産総研にはじつにさまざまな研究分野があるので、所内を探索するだけでもいろんな可能性が広がるんです。この不凍タンパク質の粉末を原料の中に0.25%入れるだけで、不規則に伸びる氷がなくなり、氷は小さく揃った粒になりました。そのサイズも3分の1から10分の1まで小さくなったのです」
震災後の節電対策が転機に
こうして生まれた断熱レンガを製造する工場が現在、パートナー企業によって建設中だという。レンガは「並形レンガ」と呼ばれるサイズで、縦230mm、横114mm、幅65mm。凍らせてから乾燥・焼き付けをおこなう特殊な製法のため、従来のレンガ工場では製造することができないそうだ。価格も高めになるのだろう。
しかし、これが鉄鋼業やセメント工場、窯業などの炉、あるいはゴミ焼却炉などで利用されるようになると、とてつもない違いが明らかになる。なにしろ、これまで捨てられてきたおよそ99%もの熱エネルギーが再利用できるのだ。そしてCO₂の削減にもなり、燃料費の削減にもつながる。
【写真】ゴミ焼却場© 現代ビジネス
「小さな気泡をセラミックスの中につくる『多孔体』の技術そのものは、2006年頃から開発を始めていたんです。1999年でしたか、当時の石原慎太郎都知事がペットボトルに入れたススを振って、ディーゼルエンジンを追放すると宣言しましたね。そこで、多孔体を使ってNOx(ノックス・窒素酸化物)など有害物質を吸い取るフィルターがつくれないかと考えていました。しかし、その使い道はなかなかうまくいかず、次にこの技術を応用できると考えたのは、2011年の東日本大震災のときでした」
当時、全国各地で大型施設の電力消費が抑えられ、多くの研究者が喫緊の課題として節電に取り組んだ。そのとき、多孔体が断熱材として機能するのではないかと「研究を水平展開してみた」のだという。
多孔体の用途を、「断熱性を高めてエネルギー消費を抑える」ことに切り替えたのだ。
70年ぶりに進化した技術
「じつは、現在の市販のレンガの技術は、70年前からほとんど変わっていないんです。レンガに適したよい土を練って乾燥させ、焼いて固める。いってみれば、1000年以上前から、よい土がある場所で、レンガや陶磁器は同じようにつくられてきました。よい土とは、天然ものの粘土のことです」
「化学的にいえば、二酸化ケイ素(SiO₂)と酸化アルミニウム(Al₂O₃)を含む粘土です。これに水を加えて成形し、それを焼いたものがレンガになったり、陶磁器になったりしました」
「そのレンガの製法においても、内部に孔を空けて断熱材としての役割を担おうという発想はありました。たとえば、原料の中におがくずを入れたり、有機物のアクリルボールを入れたりして焼く。そうすると中に孔が空きますから、断熱効果は上がる。しかし、焼く段階でおがくずなどを燃焼する過程でCO₂を出してしまう」
「断熱によってCO₂を減らそうとしているのに、製造時にCO₂を出してしまっては意味がありません。だから、CO₂が出ない水や氷を使って孔をつくることを考えたんです」
およそ70年もの間、変わらないままだったレンガづくりの技術に、進化の時が訪れた。
「場所によって土の素性は変わります。ここ愛知県では、昔からよい土が採れたので、瀬戸焼や常滑焼などの焼き物が発達したのです。土の中に含まれる金属は焼くことで酸化され、非常に熱に強い酸化物になります。金属が酸化したものが『セラミックス』です」
なるほど、なんとなく耳に馴染んだ言葉なので素通りしてきたが、「セラミックス」ってそういう意味だったのか。そして先人たちによって1000年以上も培われてきたレンガの技術は、セラミックスという新しい材料と出会った。
「技術はどこかで廃れることなく、誰かが別の用途で蘇らせてくれるものなんです」
本当にそう思う。昔ながらの耐熱レンガは、断熱という新しい息吹によって現代に生まれ変わった。それは、CO₂削減やエネルギーロスの解消が求められるいま、必然的に現れた技術なのかもしれないーー。すでに完成したように見える成熟技術にも、きっと、いくらでも改善や進歩の余地があるのだろう。福島さんの話を聞いて、そう実感した。
福島さんの今後の目標はなんですか?(探検隊)
「空気に匹敵するような、熱伝導率の低いセラミックスをつくりたいですね。強度を備えたまま、空気の孔を増やしていく工夫を考えています」
【写真】福島 学さん© 現代ビジネス
空気のように、あって当然、そのことに気がつかないほどの存在。そんな高性能断熱材が広まっていけば、課題山積のCO₂削減も、現実のものとして見えてくるに違いない。
「あっぱれ! 日本の新発明 世界を変えるイノベーション
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