長い期間、東南アジアに積極的にかかわってきた日本。同地域でのその影響力は、ときに米国や中国のものを上回るほどだ。なぜ日本はこの地域を重視し、これほどまでに強い関係を築けたのか。英誌「エコノミスト」が探った。 【動画で見る】ASEANとの関係を強化したい日本政府の本意
「隠れた大国」日本
アジアの地政学は2つの大国との関係を使って説明される。超大国の米国と、急速に力をつけている中国である。後者は東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国も含め、アジアの小国を自らの陣営に取り込もうとしている。しかし、この見方では見落とされることが多い。実際にはほとんどありえない二元論的世界観を過剰に強調し、それ以外の国々の力を無視するからだ。各国と強い繋がりを持つ日本の存在も見過ごされてしまう。 日本は、多くの東南アジア諸国に資本、技術、援助を提供している。その重要度は競合する大国にも引けを取らない。ここ10年間の日本からASEAN諸国への直接投資額は、合計で1980億ドル(約29兆3400億円)だった。これは米国による2090億ドル(約31兆円)という同期間での投資額には及ばないが、中国の1060億ドル(約15兆7000億円)を上回る。 日本の企業は成長する東南アジア市場を狙い、政府や政治家は東南アジアを中国の拡張主義に対する防波堤と考えている。 日本は領土問題の仲裁から、地域内の機構設立まで、長年東南アジアを支援してきたため、大きな影響力を持つ。シンガポールのシンクタンク「ISEASユソフ・イシャク研究所」の調査によると、日本は東南アジアにとって最も信用できるパートナーであると同地域の研究者、ビジネスパーソン、政府職員らは考えている。 2023年12月16日から18日にかけ、東京で「日本ASEAN友好協力50周年特別首脳会議」が開催され、ASEAN加盟9ヵ国と東ティモールの首脳らが訪日した。両地域間の友好関係は、日本の合成ゴム輸出について協議するフォーラムの設置から始まり、半世紀続く。会議で示されたのは、東南アジア諸国と日本の信頼関係である。 近年、日本とASEAN各国の力関係が変化し、同地域での影響力を高めようとする大国間の競争が激化している。そうして安全保障に対する懸念が高まるなか、この会議では、日本と東南アジア諸国の新たな関係が打ち出された。
乗り越えられた「負の遺産」
しかし、現在のような日本と東南アジアの和やかな関係は、決して当たり前ではなかった。第二次世界大戦中、大日本帝国軍は東南アジアの国々を占領して損失を与え、膨大な数の命を奪った。戦後も日本への恨みは消えず、1970年台初めにはバンコクとジャカルタで反日暴動が起きている。 1977年、当時の福田赳夫首相は、「心と心のふれあい」を基盤とした東南アジアと日本の対等なパートナーシップの構築を宣言した。その後、この温和な「福田ドクトリン」をもとに、両地域の関係が形成されていったのである。 ミシガン大学のジョン・チョルシアリ教授とスタンフォード大学の筒井清輝による、日ASEAN関係に関する共著では、日本は「礼儀正しき大国」とされる。筒井は、「日本が本質的に親切な国だというわけではない──戦争による負の遺産があるため、そう振る舞うことを余儀なくされたのである」と書いている。 米国や中国の姿勢が押し付けがましいのに対し、日本の外交は基本的に相手を尊重する。人権侵害に対しても強く批判せず、独裁者たちとも対話することで、変化を期待する。このアプローチが上手くいくこともあり、2011年にミャンマーで民政移管が進んだときには恩恵を受けた。しかし、必ずしもうまくいくわけではなく、その10年後のミャンマーではクーデターが起き、軍事政権が復活してしまった。 日本の直近の首相3名全員が、就任から4ヵ月以内に東南アジアを訪問している。米国のシンクタンク「アジアソサエティ政策研究所」のエマ・シャンレット・エイブリーは、東南アジアにおいて、「米国の成功は、日本にかかっている」と指摘する。
ソフトとハードの組み合わせ
東南アジアの成長を推進し、日本に対する好意を高めてきたのは、日本からの民間投資と政府の支援だ。日本の政府開発援助機関である国際協力機構(JICA)は、数十年にわたって人材を育成し、技術を教え、開発資金を提供してきた。 JICA理事長の田中明彦によると、東南アジア諸国からの日本に対する信頼のカギとなったのは、「長期的な一貫性」だという。アジア地域の開発に重要なアジア開発銀行に最大の資金を拠出するのも日本だ。 日本はまた、近年、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(CPTPP)および「地域的な包括的経済連携協定」(RCEP)という近年最大の2つの多国間貿易協定を中心になって推進した。米国はどちらにも加盟せず、中国は後者にしか加わらなかった。 一方、アニメからラーメンにわたる日本のソフトパワーも、東南アジア中に日本ファンを増やしてきた。 しかし、東南アジアにおいて日本の存在感が最も目立つのは、道路、上下水処理システム、発電所などのインフラだ。東南アジア諸国の多くではインフラ投資額で、「一帯一路」計画を推進する中国を日本が上回っている。 2023年6月、天皇皇后両陛下がジャカルタを訪問した際にも、日本の援助を受けて整備されたジャカルタ都市高速鉄道を視察した。また、ごちゃごちゃして窮屈なマニラの市街の地下約30メートルでは、現在、日本のエンジニアらがフィリピン初の地下鉄を建設している。この建設計画も、JICAの資金援助によるものだ。 一方、東南アジア各国の成長に伴い、両者の関係も変化しつつある。2000年時点ではASEAN10ヵ国のGDP合計は、日本の実質GDPの30%にすぎなかった。しかし、2022年では72%にまで上昇している。 「東南アジアとの協力関係はいまや対等です」と日本のある外交官は言う。また、開発援助に関しても、競争が生じている。韓国が強力なドナーとなり、タイやインドネシアも独自の援助機関を有している。 対東南アジア貿易においても、すでに中国が日本を上回る。2010年における対ASEAN諸国との輸出入総額は中国が2360億ドル(約35兆円)、日本が2190億ドル(約32兆4000億円)だった。しかし、2022年には中国が7220億ドル(約107兆円)にまで成長したのに対し、日本は2690億ドル(約40兆円)にとどまっている。 インドネシアのあるビジネスマンは、日本企業は慎重すぎると語る。「中国人が重視するのは資本利益率や、いかに早く利益をあげるかで、完璧さは求めません」
中国の脅威への対抗で団結
中国の台頭によって、日本は東南アジア地域の安全保障においても積極的な役割を果たすようになった。2012年から2020年にかけ、安倍晋三首相の指導の下、日本は自衛隊の権限を拡大し、防衛産業の規制緩和を進めた。 これを受け、現在までに日本はフィリピン、マレーシア、ベトナム、タイ、シンガポールに対する安全保障強化支援を取り決めている。フィリピンやベトナムの沿岸には日本から巡視船が派遣されている。これらの支援は中国の侵略に備えてのものだと、フィリピン大学のジェイ・バトンバカル教授は指摘する。 日本の防衛戦略の専門家たちも、東南アジアにおける防衛力の強化は、インド太平洋海域における中国の強硬姿勢に対する牽制だと捉えている。 こうした結びつきは、日本と東南アジアの関係が向かう先を指し示している。中国の膨張主義を恐れる国々の間で、安全保障同盟は今後も強化されていくだろう。2023年11月には岸田首相がマニラを訪れ、より緊密な安全保障協力を実現するための条約について交渉が開始された。フィリピンはマレーシア、バングラデシュ、フィジーとともに、日本による新たな政府安全保障能力強化支援(OSA)の最初の被支援国となる。 11月後半には、ベトナムの国家主席が東京を訪れ、日越関係を「アジアと世界における平和と繁栄のための包括的戦略的パートナーシップ」に格上げすることが発表された。日本は、ベトナム外交上で最高位の外交パートナーとされたのだ。ベトナムは、次のOSAの被支援国となる可能性が高い。東南アジアに対する日本の支援から、道路事業やラーメンや礼儀正しさが失われることは今後決してないだろう。しかし、ハードな側面も加わりつつあるのだ。