いま「公務員人気」に陰りが見え始めている。収入や待遇が安定しているメリットに加え、地域に根ざして住民との距離が近く、やりがいも感じられる地方公務員は、長らく人気の職業とされてきた。だが、行政の効率化やデジタル化が遅々として進まない中で、過重労働を強いられがちな職場を敬遠する傾向も見られるという。ベストセラー『未来の年表』シリーズの著者・河合雅司氏が目の前に迫る“地方の危機”について解説する。【前後編の後編。前編を読む】 【データで見る】深刻な職員不足に陥る自治体が続出
* * * 前編では、優秀な学生の「キャリア官僚離れ」が進む現状を取り上げてきたが、次は地方公務員を見て行こう。2022年の地方公務員の受験者数は10年前と比べて4分の3に減ったが、合格者数はなだらかに増加している。 総職員数は1994年をピークとして2016年まで減り続けたが、警察部門や消防部門などは組織基盤の充実・強化のために増加傾向にあったことが一因だ。さらに一般行政部門でも防災や福祉などで業務量が膨らんでいることが背景にある。 受験者数が減っても合格者数が増えているのであれば採用には問題がないようにも思えるが、職種によっては定員割れを起こしている。都道府県の職員試験などでも土木や獣医、電気、建築といった部門を中心に予定数を採用できないケースが広がっているのだ。
民間企業との「人材獲得競争」に勝てない
受験者数の減少や、一部の職種で採用割れを起こしている背景には、民間企業との人材獲得競争に負けていることがある。少子化の影響で20歳前後の人口の急減に伴い、どの産業も新卒者の確保が難しくなってきているためだ。 若者の雇用が売り手市場であり、必然的に「欲しい人材」の奪い合いが過熱している。待遇の改善を急ピッチで進める民間企業に対して、地方自治体は見劣りする状況となっているのだ。地方自治体は、その地域の中において給与水準が高く「優良な勤務先」であることが多いが、大企業と比較すればそうでもなく、昇給ベースも遅い。 民間企業との採用試験方法が大きく異なることも、地方自治体を不利にしている。出題範囲が広い公務員試験に合格するには、かなりの勉強時間が必要だが、民間企業は採用試験の実施時期が早いところが多く、併願を考えていても民間企業から内定を得るとそのまま就職活動を終えてしまうという人が少なくない。 国家公務員の人気低迷の理由と同じく、激務に対して給与が見合っていないという不満もある。最近は窓口で住民から理不尽な要求をつきつけられたり、一方的なクレームの電話が頻繁にかかってきたりするなど、カスタマーハラスメントに悩む自治体が増えている。こうしたことを嫌って、地方公務員を志望しなくなる人もいる。
出生数「0人」の自治体も
地方公務員離れの要因は民間企業を選ぶ人が増えただけではない。出生数の激減による受験対象年齢人口の不足のほうが深刻だ。 政令指定都市など大規模な自治体の場合には、受験者には他の自治体出身者が少なからずいる。例えば、東京や大阪の大学に進学した人が故郷に戻らず、そのまま東京都庁や大阪市役所など就職するケースは珍しくない。 しかしながら小規模自治体となると、市役所や町村役場を目指す人の大半はその自治体か近隣自治体の出身者となる。ところが、小規模自治体の出生数は急減しており、自治体の募集年齢に該当する人口が極端に少なくなっているのである。 将来を見通すと危機的な状況が浮かび上がる。総務省の「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」によれば、2022年に出生数が10人未満だった自治体は全国で135に上っている。このうち4自治体は0人だ。 2022年生まれの子どもたちは、概ね20年後には就職する年齢に達するが、すべての人が地方公務員を志望するわけではない。こうした点を勘案すれば、これら出生数10人未満の自治体は、20年を待たずして新規職員の採用難に陥ることが予想される。 各自治体の出生数の激減は、将来的な新規職員の採用難にとどまらない。それ以前の問題として、こうした自治体は存続そのものが危ぶまれる。 これまで市役所や町村役場といえば「潰れることのない安定した勤務先」であったが、人口減少社会においては、市役所や町村役場も民間企業と同じく、いつ自治体合併などで消滅してしまっても不思議ではない。これから就職する人たちが定年退職を迎えるまでに、「地方」は大きく変貌しよう。 自治体の消滅とまではいかなくとも、住民数が減り、高齢化が進めば地方税収は目減りする。そうなれば自治体財政は悪化し、職員給与も上がりづらくなる。組織のスリム化や民間へのアウトソーシングを進めるところが増えよう。 それは、職員に求められる役割がどんどん変わるということだ。不慣れな仕事への異動を求められることも多くなるだろう。もはや地方公務員は安泰とは言えない。
人口減少する自治体が陥る悪循環
人口が激減する自治体では若者ほど将来不安が募りやすく、大都市圏や県庁所在地などへの流出が拡大している。ただでさえ出生数が少ないのに、若者が流出したのでは地元の市役所や町村役場の職員のなり手がより不足するのも当然だ。 人口の激減が進んでいる自治体では、「若者が地元に戻らず地方公務員のなり手が減少」→「人手不足が慢性化して職場がブラック化」→「行政サービスの劣化」→「住民の流出に拍車がかかり過疎化が進行」→「高齢化の進行」→「若者が地元に戻らず地方公務員のなり手が減少」という負の循環が起きている。こうした負の循環が地方公務員の応募者減少の背景となっているのである。 先述した通り、日本の出生数減は続く見通しだ。生産年齢人口は1994年から2022年までに14.7%減ったが、2050年には2022年の4分の3になる。地方公務員のなり手不足は解消の見込みは立っていない。 生産年齢人口の急減は受験者数の減少だけでなく、遠からず合格者割れの常態化を招き、いずれは深刻な職員不足に陥る自治体を増やすだろう。日本総合研究所の推計では、2045年度の職員の充足率(必要な行政需要に対する職員の供給数)は2018年度を「100」とした場合、政令市などが83.0、町村では64.6に落ち込むとしている。
今後求められる対策は2つ
こうした状況に対応するためには、各自治体の業務内容を見直さざるを得ない。これまでは業務の効率化を目的として近隣自治体が連携する「広域化」が進められてきたが、人口が激減する自治体同士が連携してみても限界がある。 今後求められる対策は2つだ。1つはデジタル化の一層の推進である。日本総合研究所によれば、すべての自治体が最もデジタル化が進んでいる自治体のレベルまで進捗すれば現在の77%の人数で現行の行政サービスを提供できるという。 もう1つは行政サービス自体の削減だ。どこまで自治体が行うのか、「行政がすべき仕事」の範囲について線引きをやり直すことである。民間事業者や住民に任せられることは、どんどん委ねることだ。 人口減少社会においては高齢住民が増え行政に依存する場面が増えよう。だが、職員や地方財源の縮小・不足を考えれば、自治体が住民の新たなニーズにすべて応えるわけにはいかない。それどころか、現在担っている業務をすべて続けることさえ難しい。住民同士の助け合いの推進とともに、政府には地方自治の在り方、制度を根本から見直す思い切った改革が求められる。 (了。前編から読む) 【プロフィール】 河合雅司(かわい・まさし)/1963年、名古屋市生まれの作家・ジャーナリスト。人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授、大正大学客員教授、産経新聞社客員論説委員のほか、厚生労働省や人事院など政府の有識者会議委員も務める。中央大学卒業。主な著書に、ベストセラー『未来の年表』シリーズ(講談社現代新書)のほか、『日本の少子化 百年の迷走』(新潮選書)などがある。