経済効果「20兆円」の衝撃、TSMC熊本工場が日本復活の“第一歩”である明快理由

 サプライチェーンの信頼できる拠点として、地政学的に日本を再評価する動きが強まっている。1つの象徴は、半導体の世界的なファウンドリーである台湾のTSMCが熊本に新設した初の日本工場だ。第1工場は年内の量産開始に向けて着々と準備が進められている。今月6日には第2工場の増設も正式発表され、先端品の第3工場も検討中のようだ。これが契機となって九州では多くの関連企業が設備投資を計画しており、その波及効果は10年間で20兆円を超えるとされる。今回はシリコンアイランド九州の復活に向けた動きと課題について考えてみよう。 【詳細な図や写真】半導体の需要は今後、IoTやロボット、電気自動車などの分野で増加すると見込まれる(Photo/Shutterstock.com)

TSMC熊本工場がいよいよ開所

 前回解説したTSMCによる初の日本工場(熊本県)新設は、着工から1年8カ月のスピードで竣工し、今月24日に開所式が執り行われる予定だ。年内の量産開始に向けて着々と準備が進められている。  経済産業省商務情報政策局が2023年6月に改訂した「半導体・デジタル産業戦略」では、国内の半導体生産額(半導体関連の売上高)を2020年の5兆円から2030年には15兆円超に拡大する目標が掲げられた。このうち3兆円は九州が担うとされる。  半導体の需要が今後爆発的に伸びると見込まれるのは、IoT、ロボット、電気自動車などの産業用途だ。そこでは、高水準の性能と信頼性が求められるため、半導体企業には、ユーザー企業との緊密な連携が欠かせない。  その点で、九州には産業革命時代の石炭、造船、鉄鋼から今日のカーアイランド九州まで、歴史的な産業集積があり、多くのユーザー企業が立地している。TSMCの熊本進出を機に九州の潜在力を見据えた取り組みが活発化している。

経済効果は10年でなんと「20兆円」

 東京エレクトロン九州、SUMCO、ローム、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングなど多くの半導体関連企業による九州での設備投資がめじろ押しだ。河村・岡野(2024)によると、2030年までに合計72件、総額6兆円以上が計画されている。  これらの設備投資が九州地域(九州・沖縄および関門海峡を挟んで隣接する山口県)に及ぼす経済波及効果は、10年間で20.1兆円と推計されている。波及効果は、電気機械、一般機械、非鉄金属などの半導体関連部門(10.9兆円)にとどまらず、消費活動が喚起されるサービス業(2.8兆円)まで幅広い(図表1)。

期待される「シリコンアイランド」復活

 国際情勢と技術環境が激変する中で進むサプライチェーンのグローバルな再編がTSMCの熊本誘致につながったとすれば、この動きは一過性のものではなく、次世代を射程に入れた中長期的な趨勢と言えるだろう。  九州産業界の関心も極めて高く、満鉄調査部の流れをくむ地域シンクタンクの九州経済調査会は、“新しい”と“真(の)”半導体産業拠点に向けた脱皮・再起動という意味を込めて、「シン・シリコンアイランド九州」の特集をたびたび組んでいる(九州経済調査会[2023a, 2023b])。  連載の第153回で解説したように「リアルと連携したデジタル化」の勢いがB2Bの領域に及んでいるため、一朝一夕では築けない九州の産業集積が優位性と潜在力を擁すると期待されているのだ。  過去30年間の国際社会を規定した「平和の配当」が消滅し、サプライチェーンの再編が求められる中で、新たなデジタル化の勢いをどう呼び込むか。歴史的、地理的に培われてきた九州の特質を生かす「シン・シリコンアイランド九州」の動きは「脱・失われた30年」に向けた取り組みとして注目される。

なぜ「人材誘致」が重要なのか

 ここで忘れてならないのは、デジタル時代の繁栄は人材がカギを握るという点だ。農業時代は肥沃(ひよく)な土地が、工業時代は巨大な資本設備がそれぞれ富の源泉となった。デジタル時代の富の源泉は知識にあり、それは人材にほかならない。  日本社会が構造的な人手不足時代を迎える中、ハイテク領域の人材は世界的にも奪い合いの様相を呈している。地域における人材養成は重要性を増しており、企業や産業の誘致ではなく、人材を誘致するという発想を政策体系の中心に取り入れることが重要だろう。  その際には、単に頭数をそろえるという目先の人材確保ではなく、次世代を見据えたグローバルな観点も必要だ。たとえば、日本の高専のような教育機関を海外に展開し、現地の教育市場と日本の労働市場を連携させる仕組みづくりも一考に値する。  植林のような息の長いプロジェクトではあるが、デジタル経済では、副業の広がりなど帰属先が単一ではない「複数のアイデンティティ」という生き方が生まれ、居住地を固定しないモビリティ化も進んでいる。

求められる「環境整備」とは

 富を生み出す多様で多元的な人材の層は、いわばソフトなインフラであり、そのつながりはデジタル経済で最も強靭なサプライチェーンと言える。社会がモビリティ化する時代には、定住人口だけにこだわらず、交流人口や関係人口も視野に入れた柔軟な発想が必要だ。  高い能力を備えた人材とその家族が、長期から短期まで一定期間過ごす居住地をどう評価するか、生活、文化、教育、移動の柔軟性(利便性)などヒトの立場から見た地域の環境整備が求められる。  デジタル化のインパクトは、人材誘致をめぐるグローバルな地域間競争に及び、そのことが「どのようなヒトでにぎわう地域を目指すのか」という地域振興の根本を改めて問うている。

〔参考文献一覧〕

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