多くの客で繁盛する様子を表す“千客万来”。こんなめでたい名を冠する施設が、今月1日、東京・豊洲市場の隣にオープンした。こちらの新スポット、威勢がいいのはお名前だけではないようで……。
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江戸の街並みを模した「豊洲 千客万来」の〈江戸前市場〉。たこ焼きチェーン店やラーメン屋、そしてクレープ屋まで、およそ70もの飲食店が軒を連ねるが、やはり圧倒的に多いのが海産物店である。
どうせなら地の利を生かした新鮮な魚介類を食べたいもの。どれどれ、何がいいかなと少し歩くと、目玉の飛び出るような価格の海鮮丼があった。人呼んで“インバウン丼”、すなわち外国人観光客にターゲットを絞った丼ものだ。
「とんがった値段設定にした」
例えば、本マグロ丼、6980円也。
券売機のタッチパネルを押し、注文してみる。届いた丼を拝見すると、ふんだんに盛られたマグロは、真っ赤な赤身も、ピンクの大トロも、色鮮やかで神々しい。金額を思えばその味わいもひとしおというものだ。
「施設自体がインバウンド客向けだと聞いていたので、いろいろ考えて、とんがった値段設定にしたんです」
とは、件の本マグロ丼を提供する「江戸辻屋」の担当者。
「うちで出しているのは愛媛県宇和島産のだてまぐろ。養殖ですが、サバやイワシといった生エサで育てています。中トロ、大トロなど、それぞれの部位のコントラストがはっきりしているのが特徴で、特に赤身がねっとりしていて評判がいい。高い安いは個人の判断で、値段に見合ったものを出している自信はありますよ」
「日本人って貧しくなったんだなと」
同じく出店している「築地うに虎」には、1万8000円という驚愕(きょうがく)の“ウニ丼”がある。店長いわく、
「ウニへの感度が高いのは、アジア系の人たちですね。中国人の中にはウニを食べに日本に来る人もいるほどです。彼らは日本人と違って、値段にまったく反応しません。“高い”という意識がないんですよ」
そして、
「商売としては“インバウン丼”でいいと思ってます。日本人客を軽視してるわけじゃないですよ。ただ、正直インバウンドのほうが儲かるんで。日本人って貧しくなったんだなと感じますね。もちろん僕らも食べられないですし……」
「券売機の前で尻込み」
肝心のお客さんは何を思っているか。海鮮丼に舌鼓を打つ日本人男性に聞くと、
「せっかくなら6980円の本マグロ丼を食べたかったのですが、いざ券売機の前に立つと尻込みしてしまいました」
結局、4800円の海鮮丼で手を打ったそうな。
「さすがに新鮮でおいしかったけど、コスパは……よくないかな」
最近では、北海道のニセコでも3000円のカレーや3500円のそばが“インバウンド料金”としてニュースになった。千や万の庶民にとって、今や市場の味も高嶺の花か。
「週刊新潮」2024年2月15日号 掲載