伝えたいことをうまく伝えるにはどうしたらいいのか。コピーライターの勝浦雅彦さんは「長く話をしても他人の時間を奪うだけで、自分の伝えたいことは伝わらない。何を伝えるかより、何を伝えないかを決めたほうがいい」という――。
※本稿は、勝浦雅彦『ひと言でまとめる技術』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■「話が長い人」は一発で嫌われる
「あの人は結局、なにが言いたかったのだろうか」「同じ話を繰り返しているけど、なにを伝えたかったのかな」……。上司や目上の人の話を聞いていて、こんな思いをしたことはありませんか。
人は加齢によって言語能力が衰退し、やがて短期記憶と呼ばれる少し前の記憶さえ思い出せなくなっていくそうです。話が年齢を重ねるごとに長くなっていく原因のひとつは、話しているうちに何を話したのか思い出せなくなってしまうことにあります。
小学生の頃を思い出してみてください。全校集会の挨拶で、終わりの見えない校長先生のスピーチを経験したことはありませんか? その校長先生もかつては12歳までの子どもたちが退屈せずに聞いてくれるように、短くわかりやすい言葉で話をしていたはずです。
そんなプロでさえ、自分の気づかぬまま、いつの間にか話が長くなってしまうのですから、あなたも気づいたら「話が長い人」として、ヒソヒソと部下から噂をされてしまう未来が訪れる可能性も十分に考えられます。
そして、労働生産性の改善、長時間労働への課題意識が、GDPの下落もあいまって、より高まった日本において、もはや話が長い人は「なんとなく嫌だ」というラインを飛び越え、「本格的に嫌われる理由」となりはじめています。
■他人の大切な時間を奪う「時間泥棒」になっている
私が以前、とあるゲストハウスの主人に聞いた話です。
世の中には「与える人」と「奪う人」の2種類がいる。ホテルと違って共同生活をするゲストハウスは、小さな社会の縮図。そこでは「みんなのために何かをしたい、誰かの役に立ちたい」という「与える人」と、「誰かに何かをしてもらいたい、自分の思いどおりに生活したい」という「奪う人」に分かれる。
ゲストハウスの主人は、共同体を気持ちのいい場所にするのが役目ですから、「奪う人」認定をした人には、そっと共同体から出ていってもらうように仕向けるのだそうです。
私はこの話を聞いたときに「時間泥棒」というビジネス用語が浮かびました。
この用語はドイツの児童文学作家、ミヒャエル・エンデの作品『モモ』に登場する「灰色の男たち」が語源になっていると言われています。
『モモ』のなかでは、人々が時間効率を優先し、ゆとりや日々の余白をなくして、大切な時間を灰色の男たちに奪われていくさまが描かれています。
■「時間泥棒」の2つの特徴
一方、現代においての「時間泥棒」は、「他人の大切な時間を奪う人」という意味で使われています。
① 話しにまとまりがなくて長い人
② 要領を得ない長文メールを送ってくる人
このふたつは、どちらも時間泥棒の顕著な特徴です。心当たりはないでしょうか? ですが、安心してください。
① 話しにまとまりがなくて長い人
→話を簡潔にまとめてさっと終わらせる
② 要領を得ない長文メールを送ってくる人
→メールを短時間で読めて伝わりやすい書き方でまとめる
このように「他人の大切な時間を奪わない」ことを意識するだけで、やるべきことは明確になります。
そのために必要なことは、「捨てる」技術を身につけることです。身につければ、年を重ねても話が簡潔でわかりやすい「話が上手な人」になれるでしょう。
では、「捨てる技術」とは具体的にどういうことなのか。拙著『ひと言でまとめる技術』から3つ紹介していきます。
■自信のなさ、責任逃れの典型的フレーズ
その1 「個人的な意見」を捨てる
唐突ですが、「会議」と「打ち合わせ」の違いをご存知ですか?
ひと言でまとめると、会議は「議題に対して意思決定をする場」で、打ち合わせは「意見を出し合ったり相談をしたりする場」です。
会議には明確な目的が設定されますが、打ち合わせにはそれがなく、意見交換のみの場合もあります。どちらにせよ、事前に情報収集をして自分の意見をまとめておき、受け身で臨むことのないようにしなければなりません。ただその場にいるだけでは、「時間泥棒」につながってしまいます。
私も新人のころから「紙1枚でいいから、自分の考えをまとめたシートを持ってきなさい」と厳しく教えられました。もちろん、設定された場が重要な意味を持つほど、発言にも責任が伴います。そのような場面でよく聞かれる言葉があります。
「個人的には……」というフレーズです。この言葉は、「自信のなさ」と「責任逃れ」の典型例です。この言葉をビジネスの場で使う人は、じつは日本人にとても多いと言われています。
よくビジネスシーンで耳にするこの言葉を、私は海外の友人から聞いたことがありません。
たとえばアメリカの友人が「personally speaking……(個人的な見解だが)」とビジネスの場で話しはじめたら、思わずどうしたのかと尋ねてしまうでしょう。
■「個人的な見解」ではなく「自分の意見」を言えばいい
なぜなら、自分の意見が「個人的な見解」であるのは当たり前で、それをわざわざ強調する必要はないからです。「個人的には」と加えることで、「発言に責任を持ちたくない」という意図が透けて見えます。
ビジネスにおける会議は、個人的な意見を述べる場ではありません。とくに「何かを決めるべき状況」においては、この言葉を使うのはやめましょう。あなたがその場にいることで背負っている責任を理解して、「自分の意見」を言えばいいのです。
その2 「ぼやけた全体像」を捨てる
教育業界の名のある方に、「伝えるコツ」について、お話を伺ったことがあります。その方は、「話をするときは、まず地図を用意する。そのあとに、どう歩いたかを提示する」と答えていました。
これを私なりに解釈したのが、「全体像の提示→具体の提示」という順番で話すというものです。
最初に大枠で「話の要点」と「聞く人に何をしてほしいのか」を提示しないと、迷子がたくさん生まれてしまいます。細部から話を始めると、全体像が見えていないため、聞いている側の思考もあっちこっちに飛んでしまい、結果的に時間泥棒になりかねないからです。
この話をするときに一番イメージしやすいのが、じつは新人の芸人さんの漫才です。
「名前だけでも覚えて帰ってください」
こんな前フリの言葉に聞き覚えはないでしょうか。これは、「この先にいろいろネタをやるけど、今日のゴールは名前を覚えてもらうことですよ」と、目的地を先に提示して誘導しているわけです。
■全体像を明確にしないと伝わらない
全体像を明確にしないとどんなことが起こるのかは、仏教が出典のお話を知れば、より理解が深まります。
「群盲象を評す」という寓話(ぐうわ)です。あるとき、6人の目の見えない人たちに象に触れたときの印象を問うたところ、各自の答えはまったく違うものだったそうです。
・象の鼻を触った者は「蛇」
・耳を触った者は「扇」
・牙を触った者は「槍」
・足を触った者は「木」
・体を触った者は「壁」
・尻尾を触った者は「ロープ」
そう、誰一人として「象」の全体像を捉えてはいなかったのです。このとき、誰かが「あなたが触っているのは象だよ」と最初に教えたなら、自分が象のどの部分に触れているのかを判断することができたでしょう。
これから何かを伝えるときには、細部の話を捨て、まずは目的地を明確にして、相手に提示することを意識してください。
その3 「抽象的な説明」を捨てる
「営業になったからには、数字を使いこなしなさい」
コピーライターになる前の新入社員のころ、先輩によく言われた言葉です。
営業という仕事は、どんなにおもしろい企画やプロジェクトも、最終的に値札を貼ってお客さんに売らなければならない。そこで、感情を排して合理的に説明できるのは数字しかないのだ、と教えられました。
■いっぱい、短期間、けっこう、多少、すごくは「危険な言葉」
ビジネスにおける説明は、「定量」と「定性」の2種類があります。
「定量」は、物事を数値や数量で表せる要素のこと。一方「定性」は、物事が数値化できない要素のことです。
就職したてのころは、上司や先輩への報告は「定性的」になりがちでした。
・いっぱい入場者がいた
・短期間で終わらせた
・けっこう手間がかかる
・多少コストがかさむ
・すごく好評です
理由や根拠を問われているときに、これらの定性的な言葉を使うのは非常に危険です。なぜなら、相手が明確な数値を把握できず、消化不良のまま、会話が進行してしまうからです。
そうならないために、数字を使って定量的に説明するクセをつけてください。聞き手も数字が入ることで、そのデータに対してリアクションがとりやすくなります。
ただし、定量的な説明がすべてよくて、定性的な説明がすべて悪いわけではありません。
私の家の近所に、はやっているイタリア料理店があるのですが、いちばんのオススメメニューのナポリタンの横には、「常連さんの70%はこれを頼みます」と、店長からのコメントが定量的に書かれています。
そしてほかのメニューには、
・シェフがひと夏研究してつくりあげたグラタン
・イタリア人が毎日楽しむフォカッチャ
・特別な日の食卓の真ん中に。仔羊肉のポワレ
・当店でいちばん辛い! ペンネアラビアータ
などと書かれていました。これは、「定量的なデータ」と「定性的な説明」を使い分けている好例と言えるでしょう。
■伝えたいことは、ひとつだけでいい
私は企業から預かった膨大な経営戦略、商品開発、市場調査などの資料を徹底的に読み込み、その99.99%を捨て、ほんの数行のメッセージに凝縮する仕事をしています。
クライアントは自社や商品に思い入れがありますから、「あれも入れたい。これも入れたい。その情報にも触れないとほかの部署が怒る」といった事情を抱えています。
私はその際に、いったん事情をのみ込みつつ、「多くを言おうとするとひとつも伝わらなくなります」と、利用者の代弁者となって正論を伝えます。
とある経営者の方から「仕事上、いろいろなところでスピーチを求められるのだが、どうも話がうまく伝わらないし、盛り上がらない。朝会で社員向けにスピーチしている映像を見せるので、アドバイスをくれないか」と相談されたことがあります。
映像を見て私は「毎週、大事件が起きるならいざ知らず、ましてや経営会議でもないわけですから、訓示に20分もいりません。伝えたいことをひとつだけ選び、『今日はこれだけを話します』と前置きすると、社員の皆さんも『偉い人の話を全部聞かなければならない』というプレッシャーからも解放されるはずです」とお伝えしました。
■勇気をもって「捨てる」ことを意識してほしい
この話のあと、「とはいえ、伝えたいことはあるんだけどな。目標の数字とか市場状況とか……」とおっしゃっていましたが、「5分限定でひとつの話題しか話さない」というルールを実践した結果、社員のウケもよくなり、朝の時間の雰囲気が改善されたことを実感できたそうです。
そして何よりうれしかったのは、社員たちが「何を話していたのかをしっかり覚えてくれていたこと」だそうです。
拙著『ひと言でまとめる技術』を参考にしていただきながら、まずは勇気をもって、「捨てる」ことからはじめ、年齢を重ねても時間泥棒にならないスマートなビジネスパーソンを目指して頂けたらと思います。
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勝浦 雅彦(かつうら・まさひこ)
コピーライター、法政大学特別講師、宣伝会議講師
千葉県出身。読売広告社、電通九州、電通東日本を経て、現在、電通のコピーライター、クリエーティブディレクター。15年以上にわたり、大学や教育講座の講師を務める。クリエイター・オブ・ザ・イヤーメダリスト、ADFEST FILM 最高賞、Cannes Lions など国内外の受賞歴多数。著書に『つながるための言葉』(光文社)、『ひと言でまとめる技術』(アスコム)がある。
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(コピーライター、法政大学特別講師、宣伝会議講師 勝浦 雅彦)