この数年、街中の携帯電話販売店(キャリアショップや併売店)が閉店していたり、量販店の携帯電話コーナーが縮小/撤退したりしていた――そんな光景を目にした人も少なくないだろう。本稿の編集担当者からも「実家近くにあったキャリアショップが閉店して、母の機種変更で困ることがあった」という話を聞いている。
もちろん、店舗やコーナーが縮小/閉店するには理由がある。シンプルにいってしまえば、店舗やコーナーを維持することに対する経済的な負担が重くなっているという理由に行き着くのだが、そもそも、なぜ店舗/コーナーの維持が難しいほどに追い込まれてしまったのだろうか。
筆者は先日、まさに勤務先の携帯電話コーナーを“しまう”ことになった販売スタッフから話を聞くことができた。今回の「元ベテラン店員が教える『そこんとこ』」では、その店員の話をもとに、携帯電話販売店が置かれた現状をひもといていきたい。
●一番の原因は「端末が売れない」こと
今回、筆者に話をしてくれたスタッフは、あるスーパーマーケットのテナントとして出店している携帯電話ショップで勤務していた。販売店のジャンルでいうと複数のキャリアを取り扱う「併売店」に属する。
このスーパーマーケットは筆者の生活圏にあり、日常的によく買い物に出かける場所だ。携帯電話の販売員を辞めた後、筆者はこのショップで新機種や新サービス、カタログやポスターといった配布/掲示物のチェックをしていた。もちろん、ここで端末を購入(契約)したこともある。個人的に、かなりお世話になった店舗だ。
そもそも、なぜ閉店することになってしまったのか――昔から懇意にしてきた店員に聞くと、こんな答えが返ってきた。
一番シンプルな答えをすると、携帯電話が売れなくなったことが最大の原因です。食品や衣料品の買い物ついでに立ち寄って携帯電話も買い替えていくお客さまが、この数年で激減しました。 この店はキャリアショップでもないですし、家電量販店(の携帯電話コーナー)みたいな大規模な売り場を持っている訳でもないですが、以前は毎月100台以上の端末を販売してきました。しかし、最近はその半分にすら届かない状況が続いていました。 「なぜ売れなくなったのか?」という理由も複数ありますが、端末自体の値段が高くなってしまったことは要素として大きいと考えます。昔だったら、ハイエンド端末でも10万円しなかったので、「一括0円」とか「数万円キャッシュバック」といった大幅値引きがなくても何とか買える範囲に収まっていました。しかし、今だとハイエンドモデルは10万円以上が当たり前で、場合によっては20万円を超えてしまいますからね……。かつての1.5〜2倍もするとなると、この店の性質上、「買い物ついでにふらっと買う」を期待することもできません。スーパーマーケット内という立地も相まって、結構厳しい面がありました。
多くの人が想像する通り、一番大きな閉店理由は携帯電話(端末)が売れなくなったことが大きいようだ。
携帯電話販売店で販売される端末の台数は、年々右肩下がりとなっている。この店舗とは別の、家電量販店内の大規模な携帯電話コーナーであっても、最盛期の半分程度売れればいい方で、月によっては4分の1〜3分の1の台数しか売れなくなったという話も聞き及んでいる。
端末価格の高騰や、それに伴う販売方法の変化(具体的にいえば「残価設定型の分割払い」や「下取りを前提とした販売プログラムの誕生)によって、店頭における端末購入プロセスに時間がかかるようになってしまった。現在の端末の売り方は「ついで」「ながら」購入との相性が悪いのだ。この店舗の場合、ある意味で販売方法と「客層」との相性が良くないことも販売台数の減少に拍車を掛けてしまったともいえる。
しかし、閉店の原因は「端末の販売台数」だけではない。
●販売台数以外の「ノルマ」も閉店の一因に?
以前の連載でも取り上げたことがある通り、携帯電話販売店にはキャリア(または上位の販売代理店)からさまざまな「ノルマ」が課されている。
ノルマとして「端末の販売台数」は分かりやすいが、実は「回線の新規契約を伴う台数」「他社からのMNPによる移転を伴う台数」といった細かい“内数”も設定されていることも珍しくない。「指定料金プランの獲得(新規/変更の受け付け)」や「クレジットカード契約の獲得」など、細かいノルマがたくさん課されることもある。
ノルマを満たすと、販売店にはキャリアから「契約(販売)手数料」に加えて「販売奨励金(インセンティブ)」も支払われる。この販売奨励金こそが販売店にとっての“命綱”で、これが減ってしまうと店舗を運営するために必要な経費(店舗の賃借料や店員に支払う人件費など)を賄い切れなくなってしまうこともある。
ノルマの未達も閉店の一因ではないか――この点について、先の店員に尋ねると、こんな答えが返ってきた。
確かに、販売台数が減ったことでノルマの達成も難しくなったことは事実で、携帯電話販売店の縮小/閉鎖の一因とはなり得ます。 しかしノルマを達成しづらくなったのは他店も同様です。キャリアも現状はしっかりと理解しているので、現実離れしたノルマは提示しなくなりました。そのこともあって、以前とは違って、ムチャな目標設定をして「無理にでも達成させなければ!」という空気感はなくなりました。
このことはキャリアのサービス設計とも連動していて、例えば「大容量プランを○件獲得せよ!」というノルマは相変わらずあるのですが、通信量が少ないと自動値引きするようになったので、以前と比べれば達成しやすい目標となっています。新しいノルマとして「クレジットカードの獲得」や「バーコード決済の新規登録」が加わりましたけど、当初は「本当に大丈夫か?」と思っていたのですが、利用できる店舗も多くなったことやサービス面でのメリットが伝わったこともあって、数字(≒ノルマ)を獲得するのは思ったよりも難しくなかったです。 じゃあ何が問題かというと、結局は端末の販売台数が足りないがゆえに“全体の”ノルマが未達になるという所だと思います。細かい個別KPI(達成すべき指標)は達成できても、大枠である販売台数のKPIが達成できていないので「全部の獲得が足りない」ということでノルマ未達になってしまうと。そうなるとインセンティブが減額されてしまうので「骨折り損のくたびれもうけ」もいいところです。 何だかんだで、結局は端末の販売台数が少ないと厳しいですね。
意外なことに、ノルマは「端末が売れさえすれば達成できる」程度の無理のない設定になっているようだ。以前の「プレッシャーとして重くのしかかる」ノルマを課せられていた筆者からすると“隔世の感”すら感じる。
しかし、ノルマの多くが端末販売台数の“内数”と連動する設計なのは相変わらずなので、内数は達成できても、大本となる販売台数が未達なので全体としては「未達」となり、結果としてインセンティブを減額されてしまうこともあるようだ。
もう少し話を聞くと、昔とは別の観点の“予測不可能な”ノルマが厳しくなったともいう。
以前はあまりなかったのですが、最近はサービスの「解約率」とか「残存率」がノルマに組み込まれるようになりました。簡単にいえば獲得/継続してもらったサービスを一定期間契約しないとインセンティブの“戻し入れ”、つまり返金を求められるのです。 料金プランにしろオプションサービスにしろ、お客さまがその場で合意して加入/継続してくださったとしても、家族の反対や家計の状況から短期間で内容の変更や解約をされるケースはあります。特に回線契約の場合、特に音声通話プランだと「縛り」を設けることが事実上できなくなっているので、短期間解約も容易にできてしまいます。 プランやサービスの変更/解約は、基本的に私たちの目の届かない所で行われますが、それでもキャリアが設定した最低契約(継続)期間未満になってしまうと、戻し入れがは発生します。私たちが予測できない所で戻し入れが発生し、その額も読めないので非常に困ります。 このような戻し入れの影響を最小限に抑えるには、「うれしい悲鳴が出るほどに端末とサービスを売る」という選択肢しかなく、結局そのことが店舗としての持続可能性を奪ってしまう(閉店につながる)原因となってしまっているんだと思います。
ただでさえ端末が売れない中、何とか端末を売ることができ、インセンティブ対象となるサービスを契約/継続してもらったとしても、それを素直に喜べない――運営費としてインセンティブをあてにできない状況も、店舗の閉店を加速する一因となっている。
●「携帯電話ショップ」は減る一方か
今回は思った以上に“生々しい”話を聞くことができた。話の大筋は「スーパーマーケットのテナントとして出店している店舗」だけでなく、他の形態/出店先の携帯電話販売店(コーナー)にも当てはまる。
これだけ身近で、生活に欠かせない存在となった携帯電話だからこそ、購入や手続きをより身近な場所で行えることが重要だが、店舗を維持をするための仕組み、特に“お金”がそれを難しくしてしまっている。以前よりも厳しくないとはいえ、ノルマ達成の機軸となる販売台数を達成できないと店舗運営資金を得られない構造に変わりはない。
以前なら売り上げを大きく立てられた店舗でも、時代や市場動向の変化によって顧客の獲得が難しくなり、閉店に追い込まれる――少しさみしいことだが、見方を変えると店舗が変化に追いつけなくなったという側面もあると思う。
筆者個人としても、近場で懇意にしていた店舗のクローズは実に残念だが、この流れはしばらく止められないと考えている。その上で、従来とは違う店舗運営のための仕組み、変わっていくニーズに応えられる新発想の店舗が増えてほしいのだが……。