多くの「うつ病患者」が初診時に言う「意外なひとこと」

2023年に日本人10万人を対象に実施した調査によると、じつに78・5%の人が「疲れている」と答えたという。だが欧米では、「疲れているのに働く」ことは自己管理ができないだらしない行為と見なされるため、疲労の科学的な研究は軽視されてきた。「疲労」が美徳とされ、お互いを「お疲れさま」と称えあう特異な国だからこそ、日本の疲労研究は世界のトップを走っている。その日本で疲労研究をリードする著者が、数々のノーベル賞級の新研究をなしとげて見えてきた、疲労の驚くべき実像とは。

*本記事は、近藤 一博『疲労とはなにか すべてはウイルスが知っていた』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。

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うつ病 究極の病的疲労

うつ病が「病的疲労」だといわれても、あまりピンとこないかもしれません。

うつ病の症状といえば、気分が落ち込んでいる状態、すなわち抑うつ気分だと思うのが普通だからです。くわしい方なら、「喜びの消失」というものもうつ病の症状だということも、ご存じかもしれません。でも、疲労感が続くからといって「うつ病かもしれない」と思い至る方は少ないのではないでしょうか。

しかしながら、世界保健機関(WHO)におけるうつ病の診断基準であるICD‐10によると、うつ病の3大症状には「抑うつ気分」「喜びの消失」とともに「疲労感」が挙げられています。疲労感は、うつ病の主要な症状の一つとされているのです。

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実際、精神科や産業医の先生に話を聞くと、うつ病の患者さんは初診時に「気分がうつです」と言ってこられることはあまりなく、「疲れがひどいです」と言って来院される方が多いそうです。うつ病の疲労は長期間にわたって持続し、少々の休息では回復しません。だから、うつ病は病的疲労であると考えられるのです。

うつ病の発症機構にはいまだに不明な点が多いのですが、間違いなさそうなのは、脳内で何らかの炎症が生じているということです。脳内の炎症にともなって産生される炎症性サイトカインが、生理的疲労と同様に脳に働きかけて、疲労感を発生させていると考えられます。

うつ病による自殺

また、疲労はうつ病の症状であるだけでなく、重要な原因でもあります。「はじめに」でお話ししたように、過労死の原因の一番目に挙げられるのはうつ病による自殺なのです。

このように、うつ病の原因でもあり、また結果でもある疲労の研究は、うつ病の解決のためには不可欠なのです。ところが、ここでも欧米の「疲労軽視」の姿勢が顔を出します。

WHOの基準ではうつ病の3大症状は「疲労感」「抑うつ気分」「喜びの消失」であるといいましたが、米国精神医学会の診断基準であるDSM‐5によると、うつ病と診断するために必須な症状は「抑うつ気分」または「喜びの消失」となっており、「疲労感」が消えてしまっているのです。

疲労を無視したうつ病研究がうまくいくとは思えませんので、これは由々しき問題です。疲労研究は日本の研究者が頑張らなければならないと「はじめに」でお話ししましたが、うつ病の研究もまた、欧米まかせにはしておけないようです。

さらに連載記事<じつは「日本」が世界を一歩リードしている「疲労の研究」…「疲労」と「疲労感」はちがう>では、ひきつづき疲労について詳しく解説しています。

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