「トヨタは生き残り、ホンダは苦しくなる」…ここにきて明暗が分かれた「日本の自動車産業」の厳しい現実

長年、世界を飛び回って自動車業界の動向を分析している伊藤忠総研上席主任研究員の深尾三四郎さん(42)は、自動車業界で世界最大のブロックチェーン(取引履歴を暗号技術によって過去から1本の鎖のように繋げ、分散的に処理・記録し正確な取引履歴を維持する技術)の国際標準化団体である「MOBI」のアジア人唯一の理事でもある。 まだ間に合う!日本株に残されたビッグチャンス…「珠玉の13銘柄」を一挙公開する!  <【前編】ここにきて、日本の中古車が世界で「ひとり勝ち」するかもしれない…! 専門家が着目する「自動車産業」の新たな価値>では、日本のEV産業はどうやって収益を上げるべきか、欧米や中国に後れをとっている日本のEVが生き残る道について深尾さんに聞いた。  本稿では、“電池パスポート”や“データで稼ぐ”というEVビジネスの注目点と共に、日本のEVが今後進むべき方向について、深尾さんに聞く。

中古車の価値を上げる方法論

 日本の自動車産業が重視すべきポイントは“中古車”と“ブランド力”だと深尾さんは指摘する。それに加えてEVをはじめ中古車でもう一つ注目すべき点は、EVの電池(バッテリー)だという。  「(EVの)使用済みの電池というのは、定置型で再生可能エネルギーがどんどん生まれてくる中では、それを蓄える調整力としての需要が出てくるので、EVに搭載されている電池の二次市場、三次市場もあるということを前提とすれば、エンジンは中古品としての売り先が無いですけど、バッテリーはあるわけです。  その価値を逆算すれば、実は同じ100万円の車でもゆくゆくは電池が10万円で売れるのであれば、実質90万円で安いよねという発想です。  それはつまるところ中古車としての残存価値を高く設定することができる、中古車としての価値を上げることができる方法論が絶対にあるわけですよ。それが“電池パスポート”なんです。  電池パスポートとは、その電池がどういうふうに使われているのかという記録をとる技術です。例えば3年、5年、7年で車検に出す時の使用済みのEVの残存価値、すなわち再販売価格は多くは電池のその時に残っている価値に依存するわけです。  電池の残存価値というものを見える化、定量化させることができれば、中古車価格が上がる。(電池の残存価値の)データというのは信頼性が求められます。これはブロックチェーン上で管理しているので、改ざんされていませんよというお墨付きみたいなものが必要になります。  基本、その世界になって来るというのは、実はほぼ間違いなくて、実はそれもあって電池パスポートというのはヨーロッパで、『欧州電池規制』という規制の中で導入することをメーカーに求める流れになっています」  さらに、EVで収益性を高めるためには、顧客に販売した後のビジネスでも熾烈な競争が続くのだ。データで稼ぐというビジネスモデルだ。  アメリカでは各社それぞれだった充電規格について、テスラが元々使っていたNACS(北米急速充電規格)にフォードやゼネラルモーターズ、日産などが対応することを決めたのだ。  「テスラのスーパーチャージャーに接続した瞬間にテスラに(そのEV車が持つ)情報が行ってしまうリスクがあります。いわゆるプラットフォーマーとしてデータ・情報をかき集めるGAFA(アメリカの四大IT企業)と同じ動きです。  データの主権というのですけど、データのオーナーシップが日本車オーナーからテスラに行った瞬間、テスラはこの人に対してテスラ・ビジネスが出来るようになる。  それを分断させるためには、データの主権をEVまたはEVの所有者に残しておく必要があるのですけど、これにデータの非中央集権的・分散共有型ネットワークであるブロックチェーンというのは使えます」  ヨーロッパが脱炭素化をやろうとした目的は『雇用を生むため』だと深尾さんは分析する。脱炭素化もEV推進もヨーロッパのルール・メイキングから来ているというわけだ。中国もそれを分かった上で、自らもルール・メイキングをしようとしているのだろうか。  「どちらかというと欧米のいうルールを分かって攻めるというよりも、ちょっと“デジタル一帯一路”みたいなところで、自分たちが標準になる、自分たちがデファクトスタンダード(公的な標準化機関からの認証ではなく、市場における競合他社との競争の結果、業界標準として認められるようになった規格)になるぐらいの勢いで今EVをダンピングさせて世界中に散りばめている感じですね。  それは結局ルールを作れる側になり得るわけです。その動きの方に、完全に舵を切っているのが中国です。技術の問題じゃなくて、標準化とか、ルール・メイキングの世界です」

ソリューションを創造して輸出する

 今年1月1日。深尾さんは愛車のドイツ製EVに両親を乗せて北陸自動車道を走っていた時に、能登半島地震に遭遇した。  時速90キロで走行していたが、  『車がフワッと浮き上がり視界に入る車線がスローモーションでぐにゃぐにゃと波打つ動き』(深尾氏のメルマガより。以下同)  がして、  『地震で揺れ動く車線を検知したレーンキープアシスト(車線逸脱防止装置)が作動し、信じられない操舵角でステアリングが自動回転しました(車両がレーンをはみ出さないようにする機能なので安全ですが)』『「ああ、津波にのまれて死ぬな」と思いました』という。  『北陸自動車道で唯一急速充電器を設置しているSAで』充電した。  『多くのSSサービスステーションが営業停止、もしくは営業していても給油待ちで長蛇の列でした。当方は、金沢、福井で90/150kw高出力急速充電器でチャージできたため、電池切れのストレスなくスムースに移動することができました。災害時にガソリンインフラは脆く、EV・充電インフラの優位性を実感しました。世界にアピールできる災害大国・日本ならではのEV』  日本のEVが今後進むべき方向について、深尾さんに聞いた。  「産業ビジネスとしての価値もそうですし、もう一つは今だからこそ重要なのは、地域のレジリエンス(危機耐性)を高めることに繋がりますよと。石川での地震でもそうですし、やっぱりガソリンインフラはものすごく脆い。  電力インフラは復旧が早いです。車に蓄えられた電気というものは、やっぱり人々の命を1日でも2日でも長くすることができる。こういうことを考えられるのはたぶん日本人しかいないと思いますね。  EVを中心とした新しいプロトコール(仕組み)、もしくはエコシステム(生態系)をパッケージングとして作る。  それにはEVもあるし再生可能エネルギーもあるし、それを効率よく運用させるためのアプリケーション(特定の用途のためのソフトウェア)もAIもチップも必要ですねというパッケージングを地方の単位で作って、それを無電化地域であるアフリカとかインドに輸出するようなことを考える。  災害を経験した国の自動車産業が、地域・コミュニティのレジリエンス(危機耐性)を高めることを目的とした、EVを中心とするエネルギー・ソリューション(解決)を構築すること。  再生可能エネルギーは地産地消なので、理想は地方自治体と企業の官民連携で地域完結型・資源循環型のEVエコシステムを、地方発で自分たちの頭で考え、海外にも展開できるソリューションを創造して輸出することだと思っています」  最後に、生き残りをかけた日本の自動車メーカーの中で、将来的にはどのメーカーが有望だと思うか聞いた。  「トヨタは生き残ると思います。トヨタは中古車が強いからです。世界中の中古車のネットワークが凄いです。新車もそうですけど、中古車の評価の方が海外ではもっと高いと思いますね。  ホンダは世界最大のエンジンメーカーですが、“脱エンジン”を真っ先に宣言し、エンジン系部品サプライヤーとして古くからの盟友であった連結子会社の八千代工業をインド企業に売却してしまいました。  EVシフトの波に乗って世界自動車市場でシェアを拡大させる中国勢とのエンジンでの戦いを前に、武器を捨ててしまいましたので、ホンダはこれから相当苦しくなると思います。  中国での販売不振も深刻です。中国におけるホンダのブランド力が落ちているからだと思いますが、中国で同様に苦戦している日産とどうやってくっ付けるかという、4~5年前にもあった経営統合の議論を政府関係者は再びするのではないでしょうか。  日本のキラーコンテンツとも言える軽自動車事業を両社が統合する可能性に注目しています」

春川 正明(ジャーナリスト)

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