「ゾンビ企業」は56.5万社――。東京商工リサーチ(TSR)が保有する財務データを活用し、「ゾンビ企業率」を算出すると、2022年度(4-3月)は15.38%(前年度比3.41ポイント増)だった。2013年度以降の10年間で最悪の数値だ。経済センサス(2021年活動調査)の企業数(368万社)に当てはめると、「ゾンビ企業数」は56.5万社になる。企業の新陳代謝や生産性向上が注目されているが、これを阻害していると一部から犯人扱いされるゾンビ企業は「ホットイシュー」だ。ただ、1つの定義に従って算出したセンセーショナルな数値の独り歩きは、ミスリードに繋がる。大切なことはゾンビ企業の実像に迫り、窮境局面にある企業に寄り添い、状況に応じた支援に繋がる分析だ。机上の空論を振りかざして不幸を叫んでも意味はない。(東京商工リサーチ情報部 原田三寛)
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ゾンビ企業の推定数は定義により大きな幅
ゾンビ企業の定義は複数ある。アカデミズムの分野では星岳雄・東京大学大学院経済学研究科教授による「事業自体に懸念のある企業であるが、事業再構築が行われることなく、債権者や政府の金融支援によって破たんを免れている」との定義が主流だ。いわゆる「星方式」は、長短プライムレートや社債の発行実績による最低クーポン率と貸借対照表(BS)上の有利子負債か支払利息の下限の理論値を導き出すことをベースとする。
一方、国際決済銀行(BIS)によるゾンビ企業の定義は、「設立10年超で3年以上にわたってインタレスト・カバレッジ・レシオ(利払いに対する営業利益+受取利息・配当金の比率)が1を下回る企業」だ。簡単にいえば「営業収益で支払利息を賄えない状態が3年以上続く」ことを意味する。
TSR市場調査部分析チームと情報本部は、これをベース(以下、BIS基準)にしつつ、ゾンビ企業率の算定後に国内企業数(経済センサスベース)と掛け合わせてゾンビ企業数を推定した。分母となる企業は、必ずしも設立年がクリアでない場合があることを考慮して、設立年の縛りを外した。
これを基にした2022年度のゾンビ企業率は、2022年度は15.38%で、前年度より3.41ポイント悪化した(2023年度は決算未確定の企業が多く除外)。経済センサスの企業数を掛け合わせると、ゾンビ企業数は前年度比12.5万社増の56.5万社に達する。極めて多くの企業が窮境局面にあることになる。
ただ、BISの定義は主に損益計算書(PL)を分析の拠り所にしており、BSやキャッシュフロー(CF)の数値は反映されていない。日本は経営陣に対する債務整理や抜本再生への強制力が海外より弱く、BSがどれだけ毀損しようとキャッシュが底を尽かない限り、事業を継続できるケースもある。
このため、分子を「営業利益+受取利息・配当金」ではなく、営業CF(簡便法)に変えて分析した。事業活動で生み出すキャッシュが恒常的に利払い負担を下回っている場合を「ゾンビ企業」と仮定する分析だ。
この「営業CF」基準によるゾンビ企業率は、2022年度が4.80%で、前年度より0.64ポイント悪化した。企業数に換算すると17.6万社で、前年度より2.3万社増加したことになる。
これら2つの基準で「ゾンビ企業」と判定された企業が、期末時点で債務超過であるかも加味した。未上場企業には時価会計は浸透しておらず、再生局面などでの財務デューデリジェンス(DD)で資産内容が大きく変動することに留意が必要だが、銀行審査や与信判断の現場では今でも重要な指標だ。
「BIS基準+債務超過」は5.94%(前年度比1.49ポイント増)、「営業CF基準+債務超過」は2.11%(同0.35ポイント増)だった。企業数では、それぞれ21.8万社(同5.5万社増)、7.7万社(同1.3万社増)となる。
さらに、「BIS基準+債務超過」と「営業CF基準+債務超過」の両基準(以下、最狭基準)に当てはまる企業の割合も算出した。2022年度は1.60%(前年度比0.45ポイント増)で、企業数は5.8万社(前年度比1.6万社増)だ。
最も厳しい最狭基準でもゾンビ企業は5.8万社で、前年度より1.6万社も増加した。最も緩いBIS基準では56.5万社で、12.5万社増だ。いずれのゾンビ企業率も悪化し、ゾンビ企業数は増加したが、推定率・数には大きな幅がある。
図_ゾンビ企業率推移© ダイヤモンド・オンライン
「2024年問題」を背景に自動車運送業の経営悪化が浮き彫り
大切なことは支援が必要な先をよりクリアにすることだ。このため、窮境の度合いが最も深刻とみられる最狭基準でのゾンビ企業率を業種小分類ごとに分析した。
2022年度に「ゾンビ企業率」が高かったのは「一般貸切旅客自動車運送業」の16.67%で、唯一15%を上回った。また、4位に「一般乗用旅客自動車運送業」(12.20%)、9位に「一般乗合旅客自動車運送業」(5.26%)、10位に「貨物軽自動車運送業」(5.13%)がランク入りした。
2021年度の自動車運送業の10位以内のランク入りは2業種のみだったが、2022年度は大幅に悪化した。この業種は、いわゆる「2024年問題」による人手不足の加速や労務費の増加が見込まれる。今回の調査で、他業種より経営が悪化していることが浮き彫りになったが、取り巻く環境はさらに厳しさを増すとみられる。
なお、BIS基準による2022年度のゾンビ企業率を業種別(45分類)で分析すると、「宿泊業」が52.96%、「織物・衣服・身の回り品小売業」が31.58%だった。コロナ禍の強力な支援策は、企業に過剰債務など大きな影響を与えた。このため、少ない勘定科目に依存して算出するBIS基準では異常値が出やすいことを示している。
図_業種別「ゾンビ企業率」(降順、上位20)© ダイヤモンド・オンライン
借入金利が0.1%上昇すればゾンビ企業はどれだけ増えるか
今年2月の日銀の政策決定会合で、大規模な金融緩和策の維持を決定した。ただ、市場では遠くない将来に引き締めに転じるとの観測が根強い。企業の資金調達は政策金利に影響される局面が強い。このため、今後の金利上昇がどの程度ゾンビ企業率を押し上げるかも分析した。
借入金利の上昇がゾンビ企業率に与える影響を複数シミュレーションした。2022年度の決算を基に、PLの支払利息額をBS上の有利子負債で割った数値を当該企業の調達(借入)金利とした上で、仮定上昇金利(今回は+0.1%、+0.3%、+0.5%)をプラスした。これに有利子負債を掛け合わせ、ゾンビ企業算定の元となる金利上昇時の仮定利払い負担を算出した。
この結果、BIS基準では0.1%の上昇でゾンビ企業率が15.38%から17.18%へ1.8ポイント悪化した。ゾンビ企業数に直すと63.2万社に達し、6.7万社の増加だ。しかし、+0.3%では17.88%(ゾンビ企業数65.7万社、9.2万社増)、+0.5%では18.58%(68.3万社、11.8万社増)で、「仮定金利上昇率」の増加幅に必ずしもゾンビ企業率の悪化は一致しない。
また、各業種で金利が0.1~0.5%上昇した場合のゾンビ企業率は、前掲の「業種別ゾンビ企業率」の通りだ。
ほかの基準も同様で、営業CF基準では0.1%の上昇で4.80%から5.28%、BIS基準+債務超過基準では5.94%から7.06%、営業CF基準+債務超過基準では2.11%から2.55%、最狭基準では1.60%から1.95%で、+0.1%でのゾンビ企業率の悪化幅が、+0.3%と+0.5%の上昇時を上回った。
借入金利の上昇によって市場から退出をすぐに余儀なくされるわけではないが、小幅な金利上昇でも影響が甚大なことがわかる。
体感としてのゾンビ企業業界別では倉庫業がトップ
ここまで、財務データを基にゾンビ企業率を推定するとともに、窮境局面にあり、支援が必要と思われる業種に迫った。ただ、企業の体感はより重要だ。このため、TSRは今年2月1~8日にインターネットを通じて企業アンケートを実施した。
「健全な経営状態ではないにもかかわらず、融資や補助・助成金などにより倒産や廃業を免れている企業」と定義した上で、「こうしたゾンビ企業により、貴社業界の市場環境が歪められていると感じることはありますか?」と尋ねた(総回答は4152社)。
結果は、「感じる」が36.2%(1503社)、「感じない」は63.8%(2649社)だった。36.2%をゾンビ企業率と言うことはできないが、3分の1以上の企業が負の影響を感じ取っているようだ。
なお、「感じる」と回答した企業を業種別で分析(中分類、回答母数10以上)すると、「政治・経済・文化団体」の69.5%(23社中、16社)が最も高く、次いで「倉庫業」の66.6%(12社中、8社)だった。回答を寄せた「政治・経済・文化団体」の多くは商工会などの支援組織で、支援先を念頭においた回答とみられる。
このため、特定の業界としては、「倉庫業」が事実上のトップとみることができる。減価償却費がかさみやすいためキャッシュフローは創出しやすいが、荷役業務では利益が取りにくい構造だ。いわゆる「2024年問題」を前に運送業への影響が心配されているが、倉庫業は荷主から荷物を受け、荷受人へ出庫される入出庫フローの中心に位置する。アンケート結果も踏まえると、支援が必要な業種の1つになる可能性が高い。
図_業界別グラフと表© ダイヤモンド・オンライン
金利引き上げリスクを含めた解像度の高い議論が重要
ここまでゾンビ企業の実像に迫り、具体的な支援先の立案に役立つ分析を試行錯誤した。窮境局面にある企業への支援は一分一秒を争う。机上の空論を超えたハンズオンに繋がる分析は欠かせない。
TSRが構築する財務データは、取材対象企業の協力を中心に成り立っている。「収集データをこねくり回して、ゾンビ企業とラベリングするのは失礼極まりない」との意見もある。また、過剰債務率の高止まりや倒産増加の局面を迎え、「再生ビジネス」バブルも一部では見受けられる。再生ビジネスの影で苦しむ経営者にはどう寄り添えばいいのか。
政財界を取材すると、「再生局面にある企業は数十万社だが、実際に対応できるのは良くて十数万社だろう」との声も聞こえる。窮境する企業数に対して、救われる可能性がある企業はあまりにも少ないのだ。
今回の分析では、0.1%の金利上昇でもゾンビ企業率は敏感に反応し、金利引き上げの耐性は決して高くないこともわかった。こうした状況を加味した解像度の高いゾンビ企業に関する議論が重要になっている。