二酸化炭素(CO2)の排出削減につながる次世代航空燃料「SAF」の原料として、天ぷらや揚げ物の調理で使い終わった植物油(廃食油)に注目が集まっている。SAFは世界中で使用が広がり、来年には国内でも製造が始まる。廃食油は争奪戦の様相を呈している。(山下智寛)
◆SAF=Sustainable Aviation Fuel(持続可能な航空燃料)の略。廃食油や藻類などが原料。燃焼時に排出されるCO2は、原料の植物が光合成で吸収した量と相殺されるため、ジェット燃料に比べ、排出量を実質8割削減できる。
盗難相次ぐ
使用済みの植物油を回収用のポリタンクに注ぐ内田さん(2月20日、川崎市高津区で)
「油を捨てずに再利用に回すのは、もう習慣になりました」。2月中旬、川崎市高津区の内田富士子さん(67)はそう言うと、自宅ガレージに置いてあるポリタンクに使用済みの植物油を注いだ。
同市では2007年から、市民団体「かわさきかえるプロジェクト」が民家や公共施設など約150か所に廃食油の回収拠点を設けている。20リットル入りのポリタンクが満杯になると、地元の環境NPOがトラックで収集し、工場でせっけんなどにリサイクルする。
SAFへの活用も視野に入れ、小中学校への出前授業などを通じ、回収増を図っている。だが、2年前から盗難が相次ぐようになったといい、同プロジェクトの大久保明美代表は「捨てるのが当たり前だった廃食油に金銭的な価値が生まれていると実感する」と話す。
SAF国内製造へ
地球温暖化への関心が高まり、原油由来のジェット燃料を使用して大量のCO2を排出する航空機には、欧米を中心に「フライト・シェイム(飛び恥)」との批判が強まっている。
代わる燃料として期待されるのが、植物由来のSAF。20年の全世界の製造量は6・3万キロ・リットルだが、国連の国際民間航空機関(ICAO)は、50年の需要量は、6億5000万キロ・リットルに達すると見込む。
原料となる廃食油の需要も伸びている。全国油脂事業協同組合連合会(全油連)によると、国内の飲食店など事業所から回収される廃食油38万トンのうち、大半は家畜の飼料に再利用されていたが、近年はSAFの製造工場がある国への輸出が急増。21年度は約12万トンで15年度の4倍に達し、21年夏まで1キロ・グラムあたり46円ほどだった取引価格は1年足らずで120円台に跳ね上がった。
政府は30年までに国内航空会社が使う燃料の1割(170万キロ・リットル)をSAFにする目標を掲げている。堺市では国内初の大規模製造プラントが建設中で、来年の供給開始を目指す。全油連の塩見正人事務局長は「SAFの安定供給には、廃食油の確保が欠かせない」と話す。
回収自治体3割
そこで注目されているのが、年間10万トン排出される家庭の廃食油だ。ほとんどは凝固剤で固めて可燃ごみとして出されるなどしており、回収は1割ほどにとどまる。
京都市や神奈川県藤沢市など、一般ごみと同じように回収拠点を設けたり、戸別に回収したりする自治体はある。東京都は23年度から、廃食油を回収する都内の区市町村に対し、回収経費を最大200万円補助する取り組みを始めた。
しかし、世帯ごとの回収は手間が多いため、環境省によると、分別回収する自治体は546(21年度)と全国の3割程度だという。SAFに詳しい運輸総合研究所の小御門和馬研究員は、「家庭から出る廃食油は回収率を上げる余地がある。少しでも原料を確保し、SAFを輸入に頼らない態勢作りが必要だ」と指摘する。
フランス、近距離の飛行禁止
海外では、航空機の利用への規制が厳しさを増している。
国土交通省などによると、フランスは昨年5月、くじで選ばれた国民150人でつくる気候市民会議の提案などを受け、高速鉄道で2時間半以内に移動できる航空路線の運航を禁止する法律を施行した。
シンガポールは今年2月、SAF税の導入を発表。2026年からシンガポール発の航空便の運賃に上乗せし、税収はSAF購入に充てる。欧州連合(EU)は昨年4月、EU域内の空港で使用する燃料について、SAFの割合を25年に2%、30年に6%、50年に70%とすることで合意した。