東日本大震災の復旧・復興事業として宮城県が整備する防潮堤267カ所のうち、気仙沼市内3カ所の完成の見通しが立たない。工事の遅れで復興予算が打ち切られ、一般事業に移行したためだ。「100年後の命を守る」と建設を推し進めた県の約束が宙に浮いた現状に、住民はいら立ちや不安を募らせる。(気仙沼総局・藤井かをり)
コロナ禍の資材高騰や人手不足が遅れに拍車
未完成なのは、大浦・浪板(昨年3月末の進捗(しんちょく)率82%)、魚市場前(同84・8%)、日門(ひかど)(同49%)の3地区の防潮堤。
「売り上げは8割減った。今更どうしようもねえ」。気仙沼市本吉町の日門地区で燃料店を営む熊谷茂さん(73)がため息をつく。
熊谷さんは、国道45号沿いでガソリンスタンド(GS)を経営していた。しかし、防潮堤整備に伴う国道のかさ上げ工事で店舗があった土地を県に提供。GSの営業を休止し、一昨年から背後地のプレハブで主に灯油やガスを販売するようになった。
父親の代から60年続いたGSの収入が途切れ、生活は厳しくなった。隣接する地区の道の駅「大谷海岸」が2021年3月に本格的に営業を再開し、観光客の利用を見込んでいただけにもどかしさが募る。
防潮堤整備が遅れた理由はさまざまだ。地元住民は古里のシンボルである海沿いの景観が失われるとして、砂浜の上に高さ9・8メートルの防潮堤を築く県の当初案に反対した。
何度も議論を重ね、建設位置を内陸にずらしてかさ上げした国道と一体化させる計画に変更。JR気仙沼線の復旧方針の策定や、地権者との交渉が難航したことも響いた。
最終合意は19年7月と、県内で最も遅かった。その後も新型コロナウイルスの影響による資材高騰や人手不足が遅れに拍車をかけた。県からは復興予算の執行期限である22年度末までに工事を終わらせると説明を受けていたが、現実は大きく違った。
県が昨秋開いた説明会で、財源がなく完成の見通しが立たないことを正式に知らされた。「工事に協力するために土地を提供したのに、予算がないから完成しないというのはルール違反だ」。熊谷さんは憤りをあらわにする。
未執行分10.8億円は国に返還…財源確保のめど立たず
3地区の防潮堤建設は復興予算に位置付けられる「農山漁村地域整備交付金」を活用して進められた。制度上可能な事業費繰り越しを2回行い、2022年度末で予算執行期限を迎えた。未執行の事業費約10億8000万円は国に返還されたため、23年度からは新たな予算確保が必要になった。
全国に振り分けられる国の一般予算の一部を充てる形になり、完成に必要な額をいつの時点で確保できるかは不透明。本来、復旧復興事業はほぼ全額国費で賄われるが、県が2分の1を負担する必要も生じた。
事業要件も足かせとなった。3地区は震災前は防潮堤がなく、被災施設の原型復旧を目的とする「災害復旧事業」が当てはまらなかった。震災前も防潮堤があった別の場所は災害復旧事業が該当し、国の方針に基づき23年度も財源が確保されている。
日門地区振興会の会長を務めた大原忠次さん(69)は「震災前の状況がどうであれ、住民の安全を守る趣旨は同じはず。地元が納得して復興へ進むには時間が必要だ」と、期限付きの事業に疑問を呈する。
県は昨秋、各地区で説明会を開き、工事の遅れを陳謝した。背後地で暮らす住民からは「今津波が来たら命を守れない」「政治力で解決するしかない」といった切実な声が上がる。
県の復興関係基金(23年度末見込みで約130億円)の活用を望む声もある。しかし、昨年9月の県議会決算特別委員会で県の担当者は「国費負担分まで基金を充当することは、国の方針に沿わない。国費の獲得に力を入れる」などと答弁している。
村井嘉浩知事は先月、報道各社の取材に「早急に完成させることが地域の安心につながる。一番大きな課題だと思っている」と述べたものの、財源の問題には言及しなかった。