「TSMC」熊本第1工場
“黒船”の来港は日本の衰退を意味するのか、それとも――。 2月24日、台湾の半導体メーカー「TSMC」の熊本第1工場の開所式が行われた。 【マンガ】外国人が初めて出来立てサクサクのとんかつを食べてみた 世界的な半導体ファンドリーである同社の国内初となる工場の開所に、地元・熊本は“半導体バブル”に沸いている。2024年内の量産開始を目指す同工場では、経済波及効果が20兆円規模にも上る見込みだという。 そしてTSMCは同じ熊本県内にて、ソニーグループ、トヨタ自動車による出資のもと、第2工場の建設を進めており、2024年末には建設を開始し、2027年中の稼働を計画。政府はTSMCへの全面的な支援を表明している。 黒船の来港に喜ぶ熊本だが、TSMCの進出に“ジャパン・アズ・ナンバーワン”、“技術大国”として名を馳せた日本の凋落ぶりも指摘する声も少なくない。国際的な半導体の技術競争に遅れを取り、海外企業の誘致を喜ぶ、という構造に半導体戦略の敗北を感じたという人も決して少なくはないだろう。
日本の賃金の安さ
さらに問題になっているのは半導体だけではない。TSMCの一件でより浮き彫りになったのが日本の賃金の安さである。 TSMCの掲げる求人を参考にすると大卒の初任給は28万円で、TSMC関連のアルバイトは時給1900円になることもあるそう。熊本県の最低賃金が時給898円となっているため、その倍額にもなる賃金を得られるケースも実現するということだ。 日本の賃金は失われた30年という歳月のなか、長引く経済の停滞とデフレにより、ほとんど上がらなかったのは周知のとおり。一方で、他国は賃金がみるみる上昇したところが多く、相対的に日本の“安さ”が露呈していると言える。
先進国のなかで低い人件費
2022年度のOECD(経済協力開発機構)のデータによれば、OECD加盟国の平均賃金は5万3416ドルだが、日本は4万1509ドルと2割近く下の水準となっている。各国比較では、アメリカが7万7463ドル、ドイツが5万8940ドル、イギリスが5万3895ドルで欧米に離されており、加えて韓国の4万8922ドルにも負け損じているという結果に。この状況を鑑みるに、日本の人件費は先進国のなかで低くなっているのが現実なのだ。 海外企業からすれば、人件費を抑えられるとなればコスト削減にもつながるため、積極的に日本へ工場進出する動機になり得る。 相対的に賃金が安くなっているため、TSMC進出の裏側には、あえて乱暴な言い方をするが「日本人は安いカネで働かせられる」、そういった思惑があった可能性もなきにしもあらずだろう。
いまの日本は“進出”しやすい
経営戦略コンサルタントで百年コンサルティング代表取締役の鈴木貴博氏は、「日本への進出を今がチャンスだと考えている海外の企業、投資家は多い」と語る(以下、「」内は鈴木氏のコメント)。 「経済が停滞しているとはいえ、日本は仮にも技術大国でしたから人材の層の厚みがありますし、工場などの移転先としては検討しやすい。そしてもとの教育基板もしっかりしており、かつ勤務態度が真面目な人が多いことから、他国と比べても設備投資しやすい条件が揃っているんです。 それに今回、TSMCが熊本に工場を構えたのは、そもそも九州が半導体製造の拠点だったからという背景もあります。九州は半導体製造に必要な良質な水が豊富、かつ空港などの輸送の整備が進んでおり、かねてから半導体の工場が設置されていたので、TSMCも新たに工場を設立しやすかったんでしょう。 現在は円安も重なりまして、円ベースの人件費が安くなる傾向にあります。日本は実質賃金が上がっていないことからも、業績のよい海外企業にとっては、日本人は自国の人材よりも低めの賃金で雇いやすく、かなり割安だと言える状況ができています。昔は東南アジアの安い労働力を頼りに工場を展開していた海外企業も、日本を次なるターゲットに据えている可能性は高いです」 自国よりも人件費を安くできる海外に進出するという戦略は、かつてバブルが崩壊した当時、日本企業が海外に工場を作っていた流れと同じ。しかし、まさか日本が進出される側になろうとは、90年代当時の日本人は想像もしていなかったのではないだろうか。 記事後編は「台湾メーカー『TSMC』の工場が熊本に誕生、“海外企業の日本進出”にみられる驚きの変化」から。