AMラジオ停波→FM転換相次ぐ、設備更新20億円以上で負担重く Podcast普及でも深夜放送に親しんだ中高年には寂しさ

長い歴史を持つ日本のAMラジオ放送がその幕を閉じようとしています。FM局への転換を図るためで、すでに一部のAM局は試験的に放送を取りやめました。深夜放送や受験勉強のためのラジオ講座など、今の中高年世代の多くは、かつてAM放送に親しんでいました。そのAMラジオがなぜ、停波するのでしょうか。専門記者グループのフロントラインプレスが「AMラジオ放送」をやさしく解説します。

フロントラインプレス

FMだけになり視聴者に不利益は?

「AMラジオ、13社34中継局が放送休止へ 2月1日から順次」

「NBCラジオ佐賀、2月5日からAM休止、FM波に1本化」

「民放AMラジオが消える 2028年をめどに」

 年明けから3月にかけて、こんなニュースが相次いで流れました。「試験的に」という言葉は付いているものの、停波に驚いた人は多いかもしれません。2028年までにAM放送を廃止しFM放送に切り替えるという方向性は数年前に定まっていましたが、いよいよそのときが近づいてきたのです。

 第1弾となる2月1日からの停波組は、アイビーシー岩手放送、茨城放送、南日本放送(鹿児島県)でした。

図:フロントラインプレス作成
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 このあとも停波は続いており、新潟放送、福井放送、山口放送、南海放送(愛媛県)、RKB毎日放送(福岡県)、九州朝日放送(同)、長崎放送、熊本放送もすでに停波したか、4月までに停波します。

 さらに、北陸放送(石川県)と東海ラジオ放送(愛知県)も今年夏にAM放送を休止します。

 これにより、年内に13社・中継局34局でAMラジオの放送が止まります。休止期間はおおむね1年程度で、その間に事業者は「本当にAMラジオを廃止するのか」「FMのみの放送になって聴取者に不利益を与えないか」などを調査することになっています。

 とはいえ、2028年までにAM放送を廃止することは半ば規定路線で、今回の停波も監督官庁である総務省のお墨付きを得て実施されます。

 では、ラジオ事業者はなぜ、AM放送から撤退したいと考えているのでしょうか。最大の理由は運営コストにあります。

設備の維持費、AMはFMの約50倍

 AM(Amplitude Modulation)ラジオ放送は「中波放送」とも呼ばれ、日本では526.5〜1606.5 kHzという周波数を使用しています。AMの特徴は、電波が遠くまで届くということ。電波は山々を回り込んで伝わるため、ラジオ事業者は出力の大きな親局を軸にして各地に中継局を配置しています。

 短所は雑音が多いことや建物内では聴き取りにくいことです。また、送信用設備も大掛かりです。川原や海辺などの平坦な敷地に高さ100メートル程度というアンテナが必要です。

出所:総務省資料
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 一方、FM(Frequency Modulation)ラジオ放送はどんな特徴があるのでしょうか。「超短波放送」とも称されるFMは、建物内でも聴こえやすく、雑音もあまり入りません。そのため「FMの方が音質がいい」「音楽を聴くなら断然FMだ」と言われてきました。ただし、放送の届く範囲は数十キロから100キロ程度にとどまります。

 事業面から見ると、AMとFMの最大の差は設備の維持費用です。老朽化が進むと、送信設備の更新は避けられませんが、AMの場合、巨大なアンテナ設備などがあるため、設備更新費用は親局1局で20億円以上になると総務省は試算しています。これに対し、FM局は4000万円前後。実に50倍ほども違うのです。

AM局全体の売上高、およそ四半世紀で6割減

 日本のAMラジオ放送事業者には、テレビとラジオの兼営が32社、ラジオのみの単営が15社あります。日本民間放送連盟(民放連)の資料によると、AM局全体の売上高は過去最大だった1991年の2040億円をピークに下がり続けています。2017年には797億円にまで減少。およそ四半世紀で6割減という凄まじさでした。

(写真:shironagasukujira/イメージマート)

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 一方、ラジオ放送は放送法に定めのある「基幹放送」であり、免許事業です。公共の電波を使って災害時などには重要な情報を流す公的な存在ですから、経営が苦しいからといって、おいそれと放送事業を中止するわけにもいきません。

 総務省もラジオ放送網の寸断を容認することはできません。そのため、民放連と総務省はAM放送から撤退しても聴取者に不利益を与えない方法を検討してきました。その結論が高コストのAM放送を見限り、比較的安価なFM放送に切り替えていくというものです。

 住民に不利益を与えない根拠としては、2014年から本格的に始まっている「ワイドFM」(FM補完放送)の存在があります。

 ワイドFMは都市部や山間部におけるAM放送の難聴対策として始まったもので、AMのカバーエリアに新たなFMの周波数を割り当て、AM放送と同じ番組をFMでも流す試みです。AM事業者のほとんどはこのワイドFMを実施しています。

 2015年以降に製造・販売されたラジオの大半は「ワイドFM対応」とされており、仮にAM放送が止まっても同じ内容を聴取することが可能です。今回の一斉休止では、ワイドFM視聴がスムーズに行われるか、聴取可能なラジオがどこまで行き渡っているかを調べることも目的です。

 災害用として販売されているラジオにはAMしか聴取できない製品もありますから、調査は慎重に行われることになります。

 なお、一連のFM転換にNHKは含まれていません。

音声メディア市場は拡大傾向だが

 日本で初めてのラジオ放送が行われたのは、1925年のことでした。それから99年。日本のラジオを支えてきたAM放送は大きな転換期を迎えたことになります。

 全国のラジオ番組をネットで聴取できるアプリ「radiko」の普及により、テレビのTVerと同様、ラジオも好きな時間に好きな番組を聴けるようになりました。YouTubeで音声を配信しているラジオ局も珍しくありません。日本国内だけでなく、世界のラジオ番組もネットで楽しむことができます。

 受験勉強のラジオ講座や深夜番組を楽しみ、ヒット曲をラジオ番組で覚えた中高年世代には隔世の感がありますが、PodcastやVoicyの浸透に見られるように、音声メディア市場そのものは近年、拡大傾向が続いています。

 そうした事情を考えると、AM放送が廃止になっても、不便や不満を感じる人はそう多くないと思われます。

 しかし、長距離を走るプロのドライバーや深夜の職業に従事している人たちなど、AMラジオに支えられている人は少なくありません。災害時の情報提供をどうするかという問題も含め、今後はさまざまな意見が出てきそうです。

フロントラインプレス
「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年に合同会社を設立し、正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や写真家、研究者ら約30人が参加。調査報道については主に「スローニュース」で、ルポや深掘り記事は主に「Yahoo!ニュース オリジナル特集」で発表。その他、東洋経済オンラインなど国内主要メディアでも記事を発表している。

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