NHK記事を見たら受信料発生? 正確に報じられていない放送法改正案の中身

先日、ネット配信をNHKの必須業務とし、スマホ視聴者にも負担を求めることができる放送法改正案が国会に提出されました。従来、NHKの受信料の契約義務はテレビを持っている世帯に限られていましたが、テレビを持っていなくてもスマホを持っているだけで、あるいは、NHKのサイトにアクセスしただけで受信料が発生してしまうのではないかと、注目されつつあります。

そうした情報に対して、あくまでアプリやID取得が条件であると打ち消すようなファクトチェック記事なども出ています。

実際はどうなのか。改正案を読んでみると、こうした記事も正確とは言えないことがわかりました。総務省が公開している「法案概要」は非常に内容が薄く、これだけ見ていても法案の中身はわかりません。

放送法改正案をきちんと読んで解説した記事もなく、誤解が広まっていく可能性がありそうです。そこで、総務省やNHKに取材し、多くの人が気になっているであろう「受信料」制度を中心に、法改正のポイントと今後の注目点を解説しました。

NHK記事を見たら受信料発生? 正確に報じられていない放送法改正案の中身

NHK記事を見たら受信料発生? 正確に報じられていない放送法改正案の中身© theLetter

NHKの稲葉会長(2024年3月14日、衆議院総務委員会)

* * *

(この後の主な内容)

・報道されている内容

・「法案概要」だけではわからない改正案のポイント

・受信料をめぐるファクトチェック記事の問題点

・今後の注目点:NHKサイトにアクセスすれば受信料発生?

報道されている内容

放送法改正案が提出されたのは3月1日です。「ネット配信がNHKの必須業務になる」ということを中心に報じられていますが、「受信料」について、各メディアはどう報じていたでしょうか。

まずは、当事者のNHKから。

(以下引用)

費用負担については、受信料を支払っている人は、追加の負担なく利用できるとする一方、スマートフォンやパソコンなどを持っているだけでは負担の対象としないとしています。

そのうえで公平負担の観点から、インターネットを通じてサービスが受けられる環境にあり、例えばアプリのダウンロードやIDの取得などを行って、配信を受け始めた人を対象にするとしています。8000本の研修動画が定額受け放題

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(以上引用)

NHK・2024年3月1日

読売、朝日、毎日、日経の各紙はそれぞれこう伝えています。

(以下引用)

テレビを持たない視聴者がスマートフォンなどでネット配信番組の受信を希望すれば、受信契約を結ぶ義務が生じる

(以上引用)

読売新聞・2024年3月1日

(以下引用)

ネット視聴は、受信料を支払っている世帯に新たな負担は生じないが、支払っていない場合は新たな受信契約が必要になる

(以上引用)

朝日新聞・2024年3月1日

(以下引用)

放送法は、テレビを持たずにスマホなどからNHK番組を視聴したい場合、受信料の支払いを求める。スマホを持っているだけでは支払い義務は発生しない。既に受信料を支払っていれば追加負担なく、ネットからも視聴できる。

(以上引用)

毎日新聞・2024年3月1日(共同通信配信)

(以下引用)

受信料を払う世帯はネットで視聴する際に追加の負担を求めない。一方で、受信料を払わずにネット配信を望む人には新たな受信契約を求めるアプリのダウンロードやIDの入力などで認証する見込みだ。スマートフォンやパソコンなどを保有するだけで契約を求めることはない。

(以上引用)

日経新聞・2024年3月1日

こうした一連の記事を読むと、「スマホを持っているだけでは受信料は発生しない」「受信料が発生するのはアプリのダウンロードやID取得が条件」と読めます。

しかし、改正案をきちんと読み込むと、いずれの説明も「言葉足らず」で、「大事なこと」の説明が抜け落ちています。どういうことなのか、順を追って説明していきます。

「法案概要」だけではわからない改正案のポイント

政府が提出した放送法改正案は、衆議院サイトに公開されています。

まず最も重要な点をいうと、①NHKの「必須業務」にネット配信業務が加わる②テレビなど「受信設備」を持っていない人でもネット配信コンテンツを受信する人は受信契約を結ぶ必要がある、ということです。

NHKの全ての放送番組をネット上でも配信すること、しかも放送と同時に配信し、かつ総務省が決めた期限まで視聴できるようにすることが必須となります(改正法20条1項3号・4号)。番組関連コンテンツの配信も必須となります(同5号)。これらを「必要的配信業務」と呼んでいます。

しかも、ここが重要なのですが、「必要的配信業務」、すなわち、放送番組や番組関連コンテンツのネット配信はアプリとブラウザ上の配信の両方が必須化されています(20条の3第8項)。必ず全てアプリだけでなくウェブサイト上でも配信しなければならないことになっているのです。総務省の担当者(放送政策課)にも確認しました。ちなみに、アプリは無償提供が義務付けられ、いわゆる課金アプリは認められていません(20条の3第7項)。

その上で、受信契約の締結義務は、従来のテレビ等を持っている人に加えて、地上波の放送番組(総合・Eテレ)やその関連コンテンツのネット配信について「受信を開始した者」が対象となります(64条1項2号)。番組を視聴しなくても、NHKサイトのコンテンツを読んだだけで該当することになります。NHKの理事も「ニュースの動画や記事を提供する報道サイト」を閲覧した人も受信契約の対象になる方向だと説明しています(朝日新聞)。

NHK記事を見たら受信料発生? 正確に報じられていない放送法改正案の中身

NHK記事を見たら受信料発生? 正確に報じられていない放送法改正案の中身© theLetter

筆者作成

受信料をめぐるファクトチェック記事の問題点

この放送法改正案をめぐって、「NHKのリンクをクリックすると受信料が発生する恐れ」というまとめサイトの投稿があり、日本ファクトチェックセンター(JFC)が「誤り」とするファクトチェック記事を発表しました。

X投稿で「放送法改正案ではアプリのダウンロードやID入力などで配信を受け始めた人に受信契約を求めることになる見込みです」と書いています。

Twitter Embed

ファクトチェック記事の本文でも、放送法改正案について次のように書いています。

(以下引用)

具体的には、スマホやパソコンを所有していてアプリをダウンロードしたりIDを取得したりして配信を受け始めた人に受信契約を求める内容となっている(NHK、日経新聞、朝日新聞)。

(以上引用)

JFC・2024年3月14日

しかし、放送法改正案に受信契約の条件として「アプリのダウンロードやID入力など」といった具体的なことは一切書かれていません

受信契約の対象者について定めた改正法案の条文は、こうなっています。

(以下引用)

第六十四条第一項を次のように改める。

次の各号のいずれかに該当する者は、認可契約条項で定めるところにより、協会と受信契約を締結しなければならない。驚きの発表、岡藤の新天地

Tutuniko驚きの発表、岡藤の新天地

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一 特定受信設備を設置した者

二 特定必要的配信の受信を開始した者

(以上引用)

放送法改正案

「特定受信設備を設置した者」は従来の「テレビ等を持っている人」のことです。新たに加わった「特定必要的配信の受信を開始した者」です。「特定必要的配信」とは「(地上波の)放送番組・番組関連コンテンツのネット配信」のことで、その「受信を開始した者」が対象になるわけですが、「受信を開始した」の定義は法律上どこにも書かれていません(総務省の担当者にも確認済)

先ほど見たように、アプリだけでなくウェブサイト配信が必須化されるので、ブラウザだけでNHKの放送番組・関連コンテンツも見れるようになります。視聴・閲覧するのにアプリは必須ではないのです。

そうすると、サイトの番組関連コンテンツにアクセスしただけで、受信契約の対象になるということなのでしょうか。

この点、改正法案では、NHK側は「受信を開始しようとする者に対して通信端末機器の操作を求める措置その他の特定必要的配信の受信を目的としない者が誤ってその受信を開始することを防止するための措置」を求めています(20条の3第9項)。

つまり、閲覧するつもりがないのに、意図せず受信してしまっただけで受信契約の対象になることにならないよう、何らかの「誤操作・誤受信防止措置」をとってください、ということは書かれています。ですが、どういう仕組みが必要かは法律で明記しておらず、NHKの判断・裁量に委ねられているということです(総務省の担当者に確認済)。

たとえば、サイトにアクセスするとポップアップ表示で「この先はクリックすると受信とみなします」という表示が出て、ワンクリックしたら「受信開始の意思表示」とみなす仕組みも、あり得ない話ではないでしょう。「アプリやIDの取得」は明確な「受信開始」の意思表示とみなせるでしょうが、誤受信防止措置が「アプリやIDの取得」でなければならないなどと、法改正案は全く言っていないのです。

NHKの記事には「例えばアプリのダウンロードやIDの取得などを行って」と書かれていますが、注意深く読めばわかるように「例えば・・・など」というのは「例示」の意味です(後述するように、NHKも例示だと回答)。

他に「アプリ・ID」に言及したのは日経新聞だけで、「…などで認証する見込みだ」という表現ですが、法律上「認証システム」が求められているわけではないので、この段階で「見込み」というのは言い過ぎではないかと考えられます。

いずれにせよ、JFCのファクトチェック記事の「スマホやパソコンを所有していてアプリをダウンロードしたりIDを取得したりして配信を受け始めた人に受信契約を求める内容となっている」という記述は、法案に書いてもないことを言っており、誤解を与える非常に不正確な文章でしょう。JFCが言及している総務省の「法案概要」だけ見ていては、この法案の中身はわからないのです。

JFCの記事には、このようにも書かれています。

(以下引用)

日本ファクトチェックセンター(JFC)がNHKに問い合わせたところ「NHKの記事などのリンクをクリックするだけで受信料が発生することはありません」と拡散した言説を否定した。

(以上引用)

前出JFCの記事より

これを読んでまず感じたのが、「NHKが、まだ改正法案の成立が確定しておらず、条文上もNHKに委ねている事柄について、将来の手足を縛るような断定的な回答をするだろうか」でした。

念のため、NHKに問い合わせてみました。

まず、NHKは、先ほどの記事について「『アプリのダウンロードやIDの取得など』は例示と理解しております」と回答しました。やはり「例示」に過ぎないということでした。

また「ブラウザを用いて『特定必要的配信の受信を開始した』方も受信契約の締結義務の対象になり得ると理解しております」との認識を示しました。これも先ほど解説したとおり、法律上そうなっているということの確認です。

JFCの記事の該当箇所については「現行の放送法の下では、NHKの記事などのリンクをクリックするだけで受信料が発生することはありません」との回答でした。

JFCの記事は、NHKが改正後の将来についてコメントしたかのように読めますが、NHKによると、このコメントは「現行の放送法の下で」の話であって、改正後の将来の話ではないということになります。現行法ではテレビ等放送を受信できる設備を設置している人に限られるので「クリックだけで受信料は発生しない」という当たり前のことを答えたにすぎません。

そしてNHKは「改正法が施行された場合のサービスの具体的な提供方法については決まっておりません」とも明言しました。法律上「誤って受信を開始することを防止する措置」が義務付けられていることを踏まえて検討するとのことですが、それが何かは明らかにしませんでした。

なお、必須化される「番組関連コンテンツの配信」については「『報道サイト』でニュース記事などを提供することも含めて検討を進めています」とのことでした。放送と同じ内容のテキスト記事がNHKのサイトで配信されることになるとみられます。

いずれにせよ、まだこの改正法案は審議中で、可決、成立したわけでもありません。仮に成立したとしても、受信契約の条件であるネット配信の「受信を開始した」の定義は明示されずNHKの判断に委ねられていますし、誤受信防止を含めた具体的な仕組みは現時点で何も決まっていないのです。

この防止措置として、NHKの理事が「画面に受信契約を求めるメッセージの表示なども検討している」と説明したという報道もあります(朝日新聞)。

ブラウザ上で「受信意思」を確認できる簡単なクリック動作をもって「受信開始」の起点とする仕組みも、排除されているわけではありません。可能性がないと言い切れないのに、「NHKのリンクをクリックすると受信料が発生する恐れ」は「誤り」だというのはどうかと思います。

今後の注目点:NHKサイトにアクセスすれば受信料発生?

多くの人が気にしていることは「テレビを持っていない人も受信料をとられるのか」「スマホをもっているだけで受信料をとられるのか」ということでしょう。

まず、確認しておきたいことは、現行法のもとでも、スマホをもっているだけで(番組を視聴しているかどうかにかかわらず)、受信契約の締結義務が生じる場合があるということです。具体的には、「NHKの放送が受信可能な携帯電話・スマートフォン、カーナビ、あるいはパソコン」「NHKのワンセグ放送が受信できる機器」を持っている人です(あくまで「放送」が受信できるチューナー等が入っているかどうかで、ニュースサイトにアクセスできるだけではこの条件を満たしません)。

放送法改正案の記事などでよく「スマホを持っているだけでは発生しない」という表現をみかけますが、これは「スマホを持っているだけではNHKの放送を受信できるとは限らないから、それだけでは発生するとは限らない」という意味であって、放送を受信できるチューナー等がついていれば「受信設備を設置している」と解釈され、法律上の受信契約の締結義務が生じる、というのが「NHKの見解」です(こちらも参照)。

政府も「ワンセグ付き携帯電話やワンセグ付きカーナビゲーション」は「受信設備」に該当するという趣旨の見解を示したことがあります(2020年2月10日答弁書)。ただ、私は、法律の文言の「設置」は通常、物理的に固定した状態を意味するので、ワンセグ付き携帯・スマホを所持しているだけで「設置」というのは無理があるように思いますが(あくまで私見)。

では、今後、今回の放送法改正案がそのまま修正されずに通った場合は、どうなるのか。

それは先ほど言ったように「具体的な仕組み」は未確定ですが、現段階ではっきり言えるのは、アプリかブラウザ(ウェブサイト)かにかかわらず、NHKの放送番組、もしくは、番組関連コンテンツ(記事など)を、意思をもって閲覧を開始した人は、法律上、受信契約の締結義務の対象になる、ということです。

NHK記事を見たら受信料発生? 正確に報じられていない放送法改正案の中身

NHK記事を見たら受信料発生? 正確に報じられていない放送法改正案の中身© theLetter

筆者作成(法律上の用語ではなく、わかりやすく表記しています)

NHK記事を見たら受信料発生? 正確に報じられていない放送法改正案の中身

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(注)NHKは何らかの誤受信防止措置をとることが義務付けられている

今後の焦点は、ここまで読んでいいただければお分かりかと思いますが、「誤受信防止措置」がどういうものになるのか、ユーザーがどういうアクションをとれば「受信を開始した」とみなされるのか、でしょう。それは法案が成立した後でないと、明らかにならない可能性もあります。

最終的に「ID取得」がその措置になる可能性ももちろんあります。ただ、IDを取得してログインしていないとNHKのニュース記事に全くアクセスできないとしてよいのか、それで「公共メディア」として果たしてよいのかという問題があります。

NHKは災害情報をはじめ非常に公共性の高い重要な情報を放送・配信しています。テレビを持っている人がチャンネルをあわせるだけで視聴できるように、テレビ以外の端末でもIDなしで視聴、閲覧できるようにしておくべきとも思えます。

いずれにせよ、今後の国会審議で、もう少し具体的なことが明らかにされる可能性があります。法案が修正される可能性もないわけではありません。今後の展開を注視しつつ、新たな情報があれば、続報する予定です。

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