資生堂が、日本事業を統括する資生堂ジャパンにおいて、1500名もの希望退職者の募集を行うと発表した。2022年末時点の日本事業の全従業員は11185人。13%もの人員削減を断行することになる。資生堂は人材配置適正化や生産性向上を目的としての、コスト削減目標金額を、2024年で30億円、2025年においては70億円に設定している。さらなる人員削減も視野に入っているという。世界に誇る日本の老舗化粧品メーカーに何が起こっているのか?
シャンプーなどパーソナルケア事業売却も効果が薄く
2023年12月期は前期比8.8%の減収だった。営業利益に至っては4割も減少している。業績好調だった2019年12月期の営業利益は1138億円。現在はその1/4以下だ。資生堂が苦戦している様子は、本業で稼ぐ力を見る営業利益率の推移によく出ている。2019年12月期の営業利益率は10.1%だった。その後、コロナ禍で1%台まで低迷するも、2021年12月期に再び10.0%に急回復する。
このとき資生堂は、大胆な経営合理化を進めていた。
その最たる例が「ツバキ(TSUBAKI)」、「ウーノ(uno)」などのパーソナルケア事業の売却だ。2021年にヨーロッパの投資ファンド、CVCキャピタル・パートナーズに1600億円で事業譲渡した。
その他にも、化粧品ブランド「ベアミネラル(bareMinerals)」、「バクサム(BUXOM)」、「ローラ メルシエ(Laura Mercier)」をアメリカの投資ファンドに770億円で売却した。「ドルチェ&ガッバーナ(Dolce&Gabbana)」のグローバルライセンス契約も解消している。
その甲斐あってコスト削減効果が生まれた上、アメリカとヨーロッパでの増収が寄与したことも相まって営業利益率は高まった。しかし、すぐに稼ぐ力が削がれてしまう。主戦場である日本と中国がなかなか回復しないのだ。
中国人観光客の爆買い消失が痛手
資生堂は日本で1/4、中国で1/4を稼ぐという収益構造をしている。
日本の売上高は、2019年12月期が4515億円だった。2023年12月期は2599億円である。「ツバキ(TSUBAKI)」などのパーソナルケア事業の2019年12月期の売上高は、1055億円だ。事業譲渡の影響を加味しても、1000億円近く戻っていないことになる。
国内の主要な販売チャネルの一つは百貨店の化粧品売場だ。資生堂の日本の売上高が戻らない理由は、全国百貨店化粧品売上の推移を見るとわかりやすい。百貨店化粧品売上は2018年に550億円を超え、2019年は600億円に近づいたものの、コロナ禍で350億円まで急減した。
結局のところ、メーカーにとってうれしい得意客の大半は、百貨店で買い物をするアジア圏の海外観光客だったのである。しかも、中核にいたのは中国人観光客だ。
2019年12月の中国人観光客は71万人で、全海外観光客の3割を占めていた。それが2023年12月は31万人で全体の1割にまで縮小している。しかも、今の中国人観光客は、爆買いに象徴された強い消費意欲が消滅している。景気の冷え込みが影響しているのだ。
百貨店による手厚いサービスは人気が下火に
いまや日本人の8割はドラッグストアで化粧品を購入している。NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューションは、全国18~69歳を対象として化粧品についての調査を行っている(「化粧品購入行動に関する調査結果」)。それによると、2022年にドラッグストアで化粧品を購入する人の割合は83.9%。3年前もこの比率は変わっていない。
一方、百貨店は4.5ポイント低下して20.7%となった。コロナ禍以降、日本人もデパートの化粧品売場からは遠ざかっているのだ。
Amazonや楽天などのECモールサイトは好調だ。9.1ポイント上昇して33.0%となっている。
百貨店の化粧品販売は、専門のアドバイザーが提案するコンサルティング型の販売方式だ。それが定価でも売れた理由であり、資生堂は販売員の質の向上に力を入れてきた。しかし、現在は棚に陳列するだけのドラッグストアやECモールが主要な販売チャネルとなっている。こうなると、コストパフォーマンスが重視され、従来の提案型のビジネスモデルが通用しない。
資生堂の人員削減は、旧来型の化粧品販売の方法が転換点を迎えたことを物語っている。
中国の国産メーカーが存在感を発揮する時代に
中国もさえない。
資生堂の2019年12月期、中国の売上高は2162億円。2023年12月期は2479億円だ。コロナ前比で14.7%増と勢いがないのだ。
ジェトロによると、中国の化粧品市場は2023年が5169億元。2019年比で21.5%増加している。資生堂は市場拡大ペースに乗り切れていない。化粧品の最大手といえばフランスのロレアルだが、中国では肌質が似た日本の化粧品の支持が高かった。しかも、資生堂のような日本の大手メーカーは高品質で安全性が高く、清潔なイメージが醸成されていた。
2019年1月の資生堂の中国の店頭売上が前年同月比20%超で成長するなど、かつては勢いがあった。
資生堂はいまの中国のビジネスが不調な要因として、ALPS処理水の海洋放出後の日本製品買い控えを挙げている。この説明だと短期的な影響のように見えるが、様相はもっと複雑で深刻だ。法整備が進んで、中国国内のメーカーのシェアが拡大しているのである。
ジェトロによると、中国の化粧品関連の新規企業数は2018年が140万社、2020年は281万社、2021年には440万社となった。
2023年1-11月の中国化粧品輸入額は、日本が前年同期間比17.2%の減少。フランスは4.2%、イギリスは35.5%、アメリカは21.9%それぞれ減少している。
中国政府は2021年1月に「化粧品監督管理条例」を施行。化粧品成分と製品、製造、広告、サプライチェーンなどに関する明確な要件を規定した。規定を設けて国産ブランドの標準化を図ったのだ。
しかも、中国側は外国メーカーに対し、原料の全成分を登録するよう求めているという。企業秘密が丸裸にされてしまうのだ。
資生堂に勝算があるとしたら
ただし、資生堂には勝算がある。富裕層に向けた付加価値の高い商品の強化だ。
中国の景気は冷え込みが顕著で、化粧品市場の拡大は緩やかになると予想される。その中で、安定的に利益創出ができる構造を構築しようとしているのだ。拡大路線から安定利益へと路線を大きく変更した。
中国国内の化粧品メーカーと過度な競争を行なうと、価格プロモーションに頼らざるを得なくなる。シェア拡大に目を奪われて、利益率が低下するのは日本のメーカーにありがちな罠だ。資生堂は経営改革を機に次なる成長ステージに移行しようとしている。
日本においても、ECの強化やドラッグストアの自由体験型モデルへの転換など、タッチポイントを増やす取り組みを行なっている。生まれ変わる資生堂からは成長が期待できるだろう。
取材・文/不破聡