SBIホールディングスと台湾の力晶積成電子製造(PSMC)が提携を解消し、宮城県大衡村への半導体工場進出が事実上白紙となり、県内の自治体関係者や経済関係者の間では30日、落胆や困惑が広がった。SBIが新たな提携先を探しながら、県内で半導体関連事業を展開する方針を示したため、実現に期待する声も上がった。
「住民は落胆」
大衡村の小川ひろみ村長は村役場で報道陣の取材に応じ「(半導体工場は)投資額が大きく、地域活性化につながる期待があった。住民は落胆している」と残念がった。SBIが半導体関連事業の継続を示したことには「優良な用地がある村内で、ぜひやってもらいたい」とアピールした。
9月に公表された基準地価で、大衡村の住宅地は前年比3・2%上昇した。仙台市内の不動産業者は「賃貸系の企業が需要を狙っていた。工場進出を織り込んだ大衡村の地価は、見直されるだろう」と話した。
仙台市は関連産業の集積を目指し、世界的な研究実績のある台湾・陽明交通大に8月、職員1人を派遣した。郡和子市長は30日の市議会9月定例会で「大変残念。今後の動向を把握しつつ、関連産業の振興を着実に進めたい」と述べた。研究開発拠点の誘致や企業との協業は続けるとした。
東北経済連合会の増子次郎会長は突然の提携解消に関し「驚きとともに大変残念に思う。(SBIの)今後の展開を引き続き注視したい」との談話を出した。
関係強化を図る
東経連は9月20日、台湾の経済団体「中華民国工商協進会」と経済協力に関する覚書を交わした。担当者は「もともと電子部品や観光など幅広い領域の連携を想定していた」と説明。引き続き、協力関係の強化を図る考えを示した。
半導体工場の建設・運営を担うため、両社が設立したJSMCホールディングスは、仙台市青葉区の仙台銀行ビル内にオフィスを構え、準備を進めていた。
SBIの100%出資で設立され、法人としては今後も存続する。SBIの担当者は「今後も継続する半導体関連の取り組みの中で活用する」と説明した。
SBIと資本業務提携する仙台銀の坂爪敏雄頭取は「SBIグループの半導体事業への期待に変わりはなく、宮城県経済のため引き続き協力していきたい」とコメントした。
<シニアアフェローの目>七十七リサーチ&コンサルティング 田口庸友首席エコノミスト「経済損失は限定的」
SBIと台湾のPSMCが宮城県大衡村で計画した半導体工場は、県内で過去最大規模の企業進出となるはずだった。両社の発表によると、投資総額は約8000億円、雇用は1200人規模が見込まれ、台湾から人材の移住も予定されていた。不動産や観光を含め、地元経済界の期待は高まっていた。
両社は計画を断念する形となったが、本格的な事業は未着手の段階で、設備投資などの大きな動きもなかった。実体経済面での損失は限定的と言える。
SBIは引き続き、提携先を探しながら県内で半導体関連の事業を展開する意向という。東北は既に多くの半導体関連産業が立地し、サプライチェーン(供給網)の構築などの優位性が高いことに変わりはない。東北・宮城の強みを生かし、産業の厚みを増すための政策や企業誘致に期待したい。
PSMCの進出白紙、「富県戦略」の村井県政に打撃 宮城・大衡の半導体工場建設巡り、県庁に激震
9月27日午後6時前。村井嘉浩宮城県知事のスマートフォンに、SBIの北尾吉孝会長兼社長から直接、連絡が入った。
「やむを得ない事情で提携が解消になった。6時の記者発表で明らかになるので見てほしい」。知事は直後、県議や関係市町村の首長らに電話やメールで概要を報告した。
「本当に、何も分からない」。撤退理由を聞いた関係者は、電話越しの知事の声に、普段はない戸惑いと焦りを感じ取ったという。
3日前の24日には、県と、PSMCとSBIの合弁会社JSMCホールディングス、大手ゼネコンの担当者が県庁に集まり打ち合わせをしたばかり。ある県幹部は「今は頭の中が真っ白だ」と漏らす。
計り知れない激震が走る宮城県。就任時から掲げる「県内総生産10兆円」の起爆剤になると期待した村井知事の県政運営にも、暗い影を落とす。
トップセールスが奏功も…
「10本に1本あるかないかのクリーンヒットだ」
村井嘉浩宮城県知事は、台湾の力晶積成電子製造(PSMC)の誘致について、周囲に胸を張ってきた。
知事自らSBIホールディングスの関係者に接触し、台湾のPSMC本社に出向くなどのトップセールスが奏功し、全国31カ所が名乗りを上げた誘致合戦を制した経緯がある。
東京エレクトロン宮城(大和町)やセントラル自動車(現トヨタ自動車東日本、大衡村)に匹敵する大型企業誘致と捉え、講演会やあいさつなどでも度々、話題に上げた。
投資総額9000億円の大規模事業は知事が最重要施策と捉え、県は半導体の受け入れシフトを急速に進めた。
2023年12月に半導体産業振興室を新設。24年度一般会計当初予算には「みやぎシリコンバレー形成支援事業」と名付け計3億2000万円を盛り込んだ。
村井県政に反発高まる可能性
半導体産業に関わる地元人材の育成(1億745万円)、台湾から来る技術者や家族の支援(1430万円)、日本語講座の開設(2200万円)など事業は多岐にわたるが、今後見直しを迫られることになる。
企業誘致を軸に据える経済政策「富県戦略」への影響について、30日に報道各社の取材に応じた知事は「コンスタントに(県民総生産)10兆円を維持できるようになると考えていた。予定が狂ったと言っても過言ではない」と述べた。
開会中の県議会9月定例会は賛否が割れる宿泊税導入に関し、激しい論戦が交わされている。今後、PSMCの撤退も議会で取り上げられ、説明を求められる可能性はある。
5期目の任期満了まで、11月で残り1年となる。仙台医療圏4病院再編構想や宿泊税の導入など村井県政への反発を念頭に、知事を支える与党会派の県議は「今回の白紙は、相当痛い。仮に村井さんが次の知事選に出たくても、このままだと出られるかどうか分からない」と危惧した。
村井知事「夢にも思わず」 未着工で「ダメージ少ない」
SBIホールディングスと台湾・半導体受託生産大手、力晶積成電子製造(PSMC)が宮城県大衡村で計画した工場建設の白紙化について、村井嘉浩知事は30日、県庁で報道各社の取材に応じ「宮城、東北の経済界が期待を寄せていた。このような形になるとは夢にも思わず、残念」と神妙な面持ちで語った。
PSMCとの事業提携を解消したSBIホールディングス社員が同日、県庁を訪れたことも明かした。提携解消の理由に関して「SBIから説明を受けたが、PSMC側の言い分も聞いた上で話したい」と明言を避けた。県はPSMC幹部との面談を調整中という。
半導体工場は未着工。県政への影響を問われ、村井知事は「幸い、具体的にお金は動いていない。ダメージは少ない」と強調した。
SBIは今後、別の半導体関連事業を誘致するとの意向を示している。村井知事は「(具体的な話は)今、全くない」と述べるにとどめた。
海外企業の誘致は引き続き県政の大きなテーマであるとして「今までやってきたことは無駄ではない」と主張。台湾以外の企業にもアプローチする考えを示した。