今再注目の「応援消費」、その新しいトレンドとは
「応援消費」とは、2011年3月11日に発生した東日本大震災をきっかけに使われるようになった言葉です。甚大な被害を受けた東北3県(宮城県、岩手県、福島県)の名産品を積極的に購入することによって、経済的な支援や風評被害の払拭を目指すムーブメントが起こり、売上が義援金として寄付されるチャリティーイベントも数多く開催されました。
その後、生活者の「応援したい!」という気持ちから生まれる消費全般のことを「応援消費」と呼ぶようになりました。
昨今この「応援消費」に再び注目が集まっているのは、言うまでもなく新型コロナウイルスの感染拡大による影響です。緊急事態宣言や営業自粛要請により、飲食業界や観光業界、さらにはそこに商品供給をしていた生産者などが大きな経済的損失を被っており、それを消費によって応援しようという気運が高まっています。
コロナ禍での「応援消費」の特徴といえるのが、応援のベクトルが自分自身にも向いている点です。自身が直接的な経済損失を受けていなくても、旅行や外食の機会が激減したり、人に会うことができず孤独感を抱いたりと何かしらのストレスを抱えている中で、「困っている誰かを消費で応援する」ことに加えて、「自分へのささやかなご褒美にもしたい」という新しい「応援消費」の形が生まれています。
たとえば、山梨県南アルプス市にあるさくらんぼ農園「徳農園」。90歳の女性が経営する農園は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で観光バスの運行が中止となり、さくらんぼ狩りの実施が困難な状況に追い込まれてしまいました。
そこでネット販売を始める決断をし、さらにお孫さんの提案でTwitterアカウントの運用も開始したところ、43年間農園を守ってきた経営者の思いや、祖母を労わる孫の気持ちが綴られた投稿が大きな反響を呼び、1パック1,000円を超える高級品にも関わらず商品発送が追い付かないほどの注文が殺到しました。
購入者はさくらんぼ農園を応援しながら、自分へのご褒美として自宅で高級フルーツを味わえるという、まさに新しい「応援消費」の象徴ともいえる現象でした。
女性マーケティングにおいては購入欲求を刺激しながらも平行して「購入の言い訳=正当な理由」を与えるアプローチが有効ですが、「応援消費」は消費しながらも誰かを応援することができるという点で、非常に女性の購買行動に合致した消費スタイルといえます。
クラウドファンディングのようなツールも普及してきたことで、今後はトレンドではなく定番化していくことが予想されます。
応援消費の応援対象は「集団」から「個人」へ
「応援消費」のもう1つの新しいトレンドが、その応援対象の変化にあります。女性の応援消費を分析する上でSNSの存在は欠かせませんが、SNSにより個人のパーソナリティがよりダイレクトに伝わるようになりました。これにより、これまでの応援対象が「企業」「ブランド」「チーム」「地域」といった「集団」であったのに対し、今ではその対象が「個人」へと変化しています。
先ほど例に出したさくらんぼ農園も、経営者やそのお孫さんという存在と、そのパーソナリティがSNSによって伝わったことで応援消費が生まれました。
このような、個人が見知らぬ「個人」を応援するという現象は、AKB48が「総選挙」や「会いに行けるアイドル」といった斬新なコンセプトで一世を風靡したことから火が付いたトレンドといえます。その象徴として「自分が特に応援している、推しているメンバー」を指す「推しメン」という言葉が誕生し、2011年の新語・流行語大賞にもノミネートされました。
AKB48はメンバー個々のパーソナリティを詳しく紹介しつつ、その成長プロセスを見せることで「個人」への共感と興味を喚起し「推しメン」現象を生み出しましたが、今新たな手法で女性たちの熱狂的な「推しゴコロ」を生んでいるのが「Nizi Project」 です。
「虹プロ」のヒットに見る「推しゴコロ」の生み出し方
「Nizi Project(通称:虹プロ)」とは、Huluや日本テレビ系列で放送されたオーディション番組で、1万人超の応募者から9人組ガールズグループ「NiziU」が誕生するまでの軌跡を追ったものです。K-POP界でTWICEをはじめとしたトップアーティストを輩出してきたJ.Y.Park氏のプロデュース手法や未来のスター候補者たちに注目が集まり、それぞれを「推し」として宣言する熱量の高いファンが続出しました。
デビューメンバー発表後、6月末に配信されたプレデビューのミニアルバムはヒットチャートを席巻し、AKB48や坂道グループ以降、目立ったヒットが生まれていなかった日本人ガールズグループ界隈に登場した久々の大型新人として、連日メディアに大きく取り上げられています。
既に2020年を代表するヒットコンテンツともいえる「虹プロ」ですが、個人が個人を応援する熱狂的な「推しゴコロ」を生み出した要因は大きく2つあります。
1つ目は、個人のパーソナリティへのフォーカス手法です。J.Y.Park氏が「一人ひとりが特別です」と候補者に言う通り、虹プロでは候補者をアイドルグループの1メンバーではなく、自分の夢に挑む1人の人間として扱います。
目を引く特定のメンバーだけをピックアップするのではなく、1人ひとりにスポットライトを当てそれぞれの個性や魅力を浮き彫りにすることで、視聴者の応援欲求を刺激し「推しゴコロ」を生み出しました。
2つ目は、「成長度合い」「練習態度」という新しい評価基準です。オーディションでは段階的に、各パフォーマンスに個人順位が付けられますが、これはAKB48のようなファンからの人気投票数でもなければ、ダンスや歌の実力だけでもありません。「前回からどれだけ成長したか」が重要な評価基準であり、さらには練習態度やトレーナーからの評判も加味した上で順位が決まるのです。
このように誰かと競わせるのではなく、評価の軸すらも「個人」の中にあるという点が視聴者の関心と共感を生み熱狂的な「推しゴコロ」へとつながったといえます。
番組のオープニング楽曲「Baby I’m Star」に「全部魅せるよ!」という歌詞があるように、回を追うごとに引き出されていく候補者たちのありのままの魅力や自分自身にストイックに向き合う姿勢、他のメンバーと競い合うのではなく互いの成長を認め合い絆が生まれていく様子など、メンバーのパーソナリティをまさに「全部魅せ」している虹プロ。共感力が強い女性の「推しゴコロ」を的確に捉えた、新しい応援消費の1つのモデルケースといえそうです。
企業の「全部魅せ」を実現する「エンプロインフルエンサー」
虹プロの事例からもわかるように、今後の応援消費の源といえる女性の「推しゴコロ」を生むためには、個人のパーソナリティから様々なプロセスまですべてをさらけ出す「全部魅せ」の精神が必要不可欠です。
そして今、企業のマーケティングにおいてこれを実現し成功しているのが「エンプロインフルエンサー」の存在です。エンプロインフルエンサーとは、EmployeeとInfluencerを掛け合わせた言葉で、企業に属しながらSNS上での個人としての影響力を持ち、自社商品やサービスについて発信している人のことを指します。
成功事例として注目されている某化粧品メーカーの広報担当者は、新型コロナウイルスの影響で新作発表会やメディアの撮影が中止に追い込まれ、情報の露出先が失われていく中、自社商品を使ったメイクアップ方法や、ヒットアイテムの開発秘話を自身のTwitterアカウントで発信したところ、フォロワー数が急増し大きな話題となりました。
社員が自社商品をアピールすることは至って自然なことであり、社員だからこそ知っている詳細情報や開発秘話、パーソナリティ溢れる熱量とブランドへの愛が伝わったことで、美容好きユーザーたちの「推しゴコロ」を掴みました。
「応援消費」が定番化していくこれからの時代、女性たちの「推しゴコロ」を捉えるためにはブランド・商品の中にいる「個人」のありのままのパーソナリティにフォーカスしつつ、あらゆる情報やプロセスを臆せずすべてさらけ出す「全部魅せ」のマインドが求められます。言い換えれば包み隠さず「全部魅せ」をできる、誠実なブランド・商品こそがより高い支持を集める時代になっていくともいえるでしょう。