金の振り子、曽田退社、渡りに船だ・・・

  「八木君、ちょっと!」と呼びだされ、僕は社長室へと向かった。もちろん呼んでいるのはあの社長である。ここのところ僕は社長のお気に入りとなって、くだらないことでしょっちゅう呼ばれては、本当にくだらない話しに付き合わなければならなかった。はっきりいって、うんざりしていた。しかし、今日の話の内容はちょっと込み入った話のようだ。
  「曽田が今日の朝、退職願いを出してきてな。お前、何か思い当たることはないか。千田部長に聞いても全然分からないっていってるんだけど。」
 僕は驚いていた。せっかく仕事も少し覚えてきたときなのに。でも、大体は察しはついていた。それはきっとTハウスの件であろう。だがしかし、この話は社長にいうべきものではないであろう。原因は社長にあるのだから・・・。僕は少し間をおいて口を開いた。
  「わたしには分かりません。突発的なんじゃないですか。それと、わたしは曽田とはあまり仲が良くないんで、プライベートとかはわかりません。」
 僕はこう言ってこの場を逃れたかった。しかし話は意外な方向に展開していった。それは、野又の事だった。さすがに社長といえども彼女には肝を煮やしていたようだった。日増しに茶色くなる髪の毛、濃い化粧、ハデな洋服、男に媚びるしゃべり方、どれを取っても日中の会社員とは程遠いものであったが、そんな彼女を面接して採用したのは誰だったんだっけ。
 社長の話では、取引先からもクレームがきているから何とかしたい、ということなのだが、はっきり言えばクビにしたいんだけどどう思う、というものだった。
  「いゃぁ、そうですか。そうは言ったって入社させたんだから、最後まで面倒を見るべきですよ。部長から正式に注意をしてもらって、しばらくは様子を見るべきです。」
 僕はこう言ってこの場を逃れたかった。社長の性格上ここでなにか言ってしまうと、いざという場合に「八木君がそう言っていたから。」とかいって責任を他入になすり付ける事がしばしばだったので、いつも結論を言わないような注意していたのであった。
 そのときである。社長は自分の机からなにか小さな包みと社員名簿を取り出してきて、目の前のテーブルの上に置いたのであった。僕はなにかよく分からなかったが、社長の行動に目を見張っていた。社長はその小さな包みの中から金製の振り子を取り出し、おもむろに社員名簿のうえでダウンジングを始めたのだった。
  「こいつは大丈夫だ。ほら見てみろ。」
 社長はそう言いながら社員名簿の名前のうえでその小さな振り子を振り読けた。
  「ちょっと見てみろ。こいつとこいつは俺を恨んでいる。わかんねぇか、お前。振り子が逆回転してる。ほら、よくみてみろ。」
 僕はしょうがなく言っていることに返事をしていた。何を言っていても返事はひとつであった。
  「はい、そうですねぇ。」
  「ほら言った通りだ、野又と吹雪は俺のことを恨んでいる。こいつらには気をつけないとな。」
 社長が言うにはこの二人の名前の上だけ、振り子の回転が逆になる、ということだが僕にはどう見ても、この二人の名前の上でだけわざと回転を逆にしている様にしか見えなかった。それはどうしてかと言うと、社長のひじの動きがこの二人の名前の上だけ変に動いているのである。そうまでしてこの二人を辞めさせたいのかと馬鹿らしくなった。僕は表向きは話を合わせるように努めた。
  「本当ですね。この二人の上だけ回転が逆になりますね。不思議だぁ。」
 社長は得意そうな顔付きになった。
  「このことは誰にも言うな。二人だけの話だぞ。」
 僕はもうどうでもよくなってきた。考えてみるとテレビの心霊特別番組などで、それらしき人がやっているのを見た記憶がある程度のダウンジングを、それも五十過ぎのおじさんが真顔でやっているのである。僕はこのとき、近い将来この会社を退社することを確信した。
 翌日、僕はまた社長室に呼ばれた。
 「八木君。渡りに船とはこういうことを言うんだ。よく聞け。野又が今日退職願いを出したんだ。お前の言うとおりだ。黙っていれば辞めるんだなぁ。」
 社長は上機嫌だった。
  「そうですかぁ。」
 僕は社長室を退室した。そして、あの言動に思いのほか腹が立った。
 「渡りに船?。そんなこと、言っていいことと悪いことがあるのを知らねぇのか、あの馬鹿オヤジは!!!。」
 心のなかでこう叫んでいた。今まで生きてきて、こんな馬鹿な奴は初めてである。このころから僕は仕事をする意欲がほとんど無くなっていった。

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