檜木さんは佐々木広告社の業務部に席をおく、二十才でちょっと小太りのかわいい女性だった。その檜木さんが突然会社に来なくなってしまったのだ。僕は若い奴だから後でひょっこり現れるんだろうと気にもとめずにいた。
「八木さん、八木さん、ピックニュースですよ」
根掘部長の部下の新藤君が意味ありげの顔付きで僕の名前を呼んでいた。
「いま、太田さんから聞いたんですけど、檜木さん何で来ないか知ってますか?。何か社長に強姦されたみたいなんですよ。」
僕は「そんなバカな」、と思いながらも話の続きを聞いていた。
「檜木さんがいつものように、仕事が終わってアパートに帰ろうと、ゆっくり歩いていたところに、どこかで見覚えのある車がついて来て、声をかけられて、振り向いてみたら、社長だったんだって。で、一人暮らしをしてるんだったら、夕飯ごちそうするから一緒に食おう、みたいなこと言われたいんだって。それで、檜木さん、嫌だったけど、逆らうと社長が怒り出すからしょうがなくついていったんだって。それで、行った先が仙塩街道のラブホテル街の中にあるうちのスボンサーの焼き肉・西山。ダサイでしょ。それで、しょうがなく食べていたんだって。そんときも、こいつは普段どうしているとか、いろいろチェックが入って太変だったんだって。
なんとか、夕飯も終わって帰ることになって車に乗り込んだら、いきなり猛スピードでラブホテルに直行たってさ。信じられます。ひでえ、会社に入っちまったなあ。」
僕は驚いてたずねた。
「それって本当なの?。」
「太田さんの所に夜電話か来て、何時間も泣きながらしゃべっていたんだって。」
なんだそれ。バッカじゃないの。僕は心底そう思った。どうりで、最近社長の顔を見てないと思ったら、こんなことがあったのか。全く、ひでえなあ。
それから2週間ほど経ち、檜木さんが会社に来た。朝、すぐ社長室に呼ばれ、何やら1時間くらい話していた。檜木さんが社長室から出て来た。それからすぐ、社長は大松副部長を呼び付け、二人で出掛けていった。檜木さんは今日限りで退職するそうである。僕は事の真偽を確かめるべく、檜木さんの所に向かった。
「大変だったねぇ。」
と声をかけ、にこやかにその場を繕った。しばらく雑談をしていた。
その中で、やはり、その話は事実だったこと、慰謝料を支払ってもらったこと、社長が社長の奥さんと一緒にに土下座をして頭を下げたこと、これからどうしていいのか分からないことなど、仕事のやる気がなくなりそうなことばかり聞かされた。
最後に彼女はこういった。
「こんな社長のいる会社にいたって、いいことないから早く辞めたほうがいいわよ。」
僕はありかたくその言葉を受け取った。
それから数カ月、社内ではひそひそと、この話題が続いていた。